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佇まい

これは、曾祖母のものであった。
この佇まいが好きである。
余計な装飾がない。
釉薬の具合も。

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武家の一人娘で婿をとった曾祖母は、ひとり息子を大事に育てた。
祖父は、曾祖母が他界したあと、着物と帯を一組だけそっと大事にとっていた。
祖父が他界した後、初めて出てきたそれは、渋い色味の着物であった。
祖父が大事にしていたからには、曾祖母に似合っていた普段の恰好だったのだろう。

父はよく、戦時中に東京から疎開していた古い家の話をしていた。
なんでも、後継ぎである長男の兄からで、自分は全て後回しであり、悔しい思いをしたが、やさしい兄が大好きだったと。

祖母は、浅草育ちの自由奔放な人で、父にとっては母親らしくない人だった。
曾祖母は、嫁といえずに、縁が遠い人には、
「東京に遊学に出していた親戚」と言ったことがあるという。

そんなわけで父は、女中のヤエちゃんが、自分にとって姉のような大事な存在だったのだ、と言っていた。
ヤエちゃんは、東京へ戻るときに一緒ではなかった。
ずっと、現地でヤエちゃんを探してもらっていたらしいが、会うことは出来なかったようだ。
ヤエちゃんは、質素な曾祖母と、お洒落が趣味で派手な嫁である祖母を、どう観察していたのだろう。

生前の父は、曾祖母に言葉の間違いを直されたことをよく覚えている、と言っていた。
写真で見る限り、きりりとした姿の曾祖母である。
派手な装いはしない印象である。

簡素でごてごてした感じがない。
私も、そういったものが好きだ。
なるべく削ぎ落としてしまいたい。

着物は似合わない私だけれども、シンプルなワンピースにブローチが一つだけ。
もしくは、白、黒、グレー、紺の服のどれかにパールかダイヤのピアスだけ。
そういうのが好きなのは、生きているときには会えなかったけれども、私の血の中に生きている曾祖母の影響なのかな、と考えたりする。

そして、たまに出して眺めてみる。
この黒と、この質感を。
しばらく眺めていると、すっと落ち着くような気がするのだ。


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