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放送大学と学位授与機構で情報工学の学位を取る(科目対応表付き)

はじめに

この記事では、放送大学で修得した単位を独立行政法人大学改革支援・学位授与機構に「積み上げ単位」として提出し、2022年8月に同機構から情報工学の学士(厳密は学士(工学)、専攻の区分:情報工学)を取得した際の記録についてまとめています。

執筆者のプロフィールとこれまでの経緯についてはこちらの記事をご覧ください。いわゆる文系SEだと思っていただければ大丈夫です。これまでに何本か記事を書いていますので、この記事では学位授与機構関連の部分に絞ります。

なぜ情報工学の学位が欲しかったのか

放送大学は1学部6コース構成となっており、どのコースを卒業しても(=例えば情報工学っぽい科目だけを取っても哲学っぽい科目だけを取っても)得られる学位は一律「学士(教養)」というものになります。せっかく情報科学・情報工学に全振りした履修をしたのに(教養)では少々寂しいということで、学位授与機構の「積み上げ単位」の制度を活用することにしました。

学位授与機構では、①大学で修得した単位を申請し、②「学習成果レポート」を作成し、③機構が作成する「試験」に合格することで、各専攻区分に細分化された学位を取得できます。すなわち、あなたは情報工学を学士レベルできちんと修得しました、というお墨付きをお国の機関から得ることができるということです。

ITエンジニアとしての業務上、同じ会社に勤めているのであれば、一般に学位を取ったことで直ちに何かが変わることはないと思います。ただし近年は外資系IT企業を中心にコンピュータサイエンスや情報工学の学位を持つことが採用の際の応募要件になっていたり、会社内で特定の技術的な業務につく際に関連する学位を持つことが有利に働いたり、大学院への進学にあたって工学の学位を持っていることが必須だったりといった事案は多数あり、自己満足以上の実質的な意味を持つことも多いでしょう。私もいくつかのシーンで必要となることがあり、学位授与機構への申請を決めました。

学位申請への途

積み上げ単位制度の活用にあたって最重要となる公式の情報は、学位授与機構が毎年発行している「新しい学士への途」にまとまっています。まずはこれを熟読することになります。

制度利用にあたってのポイントはいくつかあり、大まかには
①「基礎資格」の確認
②機構の定める区分に従った単位の修得
③「学修成果レポート」の作成
④機構への申請
⑤小論文試験の受験
の5ステップが必要です。順番に見ていきましょう。

①「基礎資格」の確認

学位授与機構の積み上げ単位制度は誰でも利用できるわけではなく、「基礎資格」と呼ばれる前提を充足している必要があります。もし(私のように)大学を一度でも卒業している場合基本的には問題ありませんが、基礎資格とは別に現に大学の学部正科生(放送大学の全科履修生を含む)として在学していると学位授与機構に申請を出すことができないという縛りが存在します。従って、この制度を利用しようと考える場合、申請タイミングの前に全科履修生ではなくなっておく必要があります(休学はNG、選科履修生を含む科目等履修生はOK、大学院は正科生でもOKだそう)。特に放送大学に全科履修生で再入学し続けているような方は一度転生をやめる必要があるので要注意です。

大学学部在学中は申請資格がない

そもそも大学を中途退学した場合は2年以上在学していないと申請資格がないなどいくつかの条件があります。詳しくは「新しい学士への途」を参照してください。

②機構の定める区分に従った単位の修得

学位授与機構を活用するにあたっての一番の厄介ポイントはここです。積み上げ単位の申請にあたって、専攻の区分(情報工学・哲学など)によって一定の「授業科目の区分」に対応する単位を修得する必要があります。例えば令和4年版の情報工学であればこんな調子です。

専攻の区分「情報工学」の「修得すべき科目」

専門科目については例をいくつか記載してくれていますが、実際のところどの科目がどの区分として認定されるのかは申請してみるまで(というか申請してみてもなお)わからないという致命的な障壁があります。特に放送大学の科目については、別記事(「放送大学マイルストーン」)でも記載しましたが、科目名とその内容が必ずしも一致していない変に凝った科目名が散見されます。例えば「自然言語処理」や「ソフトウェア工学」のように例そのままの科目は良いのですが、「コンピュータの動作と管理」とか「生活環境情報の表現-GIS入門」とかになってくるとどの区分に対応するんだっけ?というのを自力で推測する必要が出てきます。「新しい学士への途」曰く、「『専門科目の例』に示されている授業科目名はあくまでも例であり、例とまったく同一の名称の授業科目を履修しなければならないというものではありません。」ということです。

特に情報工学についてネックになってくるのがB群の「情報工学に関する演習・実験・実習科目」で、科目名の例の記載が一切ありません。「情報工学演習」みたいな科目があればよいのですが放送大学には存在せず、オンライン授業や面接授業で「演習・実験・実習っぽい」科目を履修して充填していく形になります。先人の方々はここだけ帝京大学や北海道情報大学の通信課程で開講されている演習科目を科目等履修生として履修するなど、様々な工夫をされています。

今回私は人柱として、放送大学で開講されている「演習っぽい」オンライン授業と面接授業で申請して無事受理されました。つまり、放送大学一本で情報工学の学位申請に必要な科目が全て揃うと示せた形になります。特にオンライン科目では演習として認められない可能性もあるかと思っていましたが、そうでもなさそうなことがわかりました。記事の最後に私が実際に申請した各区分の科目を掲載します。

ちなみに心理学や教育学など一部の専攻の区分については、科目と区分の対応関係が放送大学の公式ドキュメントとして整理されています(下記リンク内の「放送大学を利用して大学改革支援・学位授与機構で学士の学位取得をめざす方へ」)。これができるなら情報工学も作ってくれないかな・・・?

なお、学位授与機構で授与されうる情報系の学位として、工学(情報工学)のほかに理学(数学・情報系)というのがあるのですが、こちらは合格率がものすごく低い(過去に授与された人が極めてわずか)ので、どうしても理学がいい!というのでなければ避けた方が無難です。

③「学修成果レポート」の作成

学位申請にあたってはただ単位を集めるだけだとダメで、次のステップとして「学修成果レポート」を作成する必要があります(芸術系だと面接でもOKだそうですがここでは割愛します)。一般的な卒業論文相当の位置付けです。

「新しい学士への途」でもレポートの様式や内容について説明がありますが、一般的な卒業論文のフォーマットから逸脱した指定はありません。分量は10-17ページです。「各自が設定したテーマについて,根拠に基づいてあなた自身の考察・意見を論述したものであることが求められます。ただし、調査や実験を必須とするものではありません。また、指導教員の指導のもとに作成されたものである必要はありません。」というコメントが付記されていますので、必ずしも厳密に学術的な体裁を整える必要があるものではない(特に新規性・有効性についてはさほど問われない)ことが伺えます。

「新しい学士への途」内のレポートに関する記述

ただし、放送大学(あるいは他大学)で卒業研究を執筆して学修成果レポートに流用しようとしている方向けのちょっとしたトラップとして、「学修成果のレポートは過去に大学等に提出した卒業論文やレポートと同一、または、ほぼ同一のものであってはいけません。」という指定があります。私の学習成果レポートは卒業研究論文をベースにしたものでしたが、「ほぼ同一」の判定がどのように下されるのかこれまた判然とせず、安全サイドに倒すためにかなりの部分に手を加えました。

後述する小論文試験では、基本的にはここで作成する学修成果レポートの内容について問われることになります。したがって試験で問われることをある程度見越した内容に仕上げることが戦略として有効だと思います。例えば機械学習のレポートを書く際に、自分で十分に理解していないモデルの数学的な詳細を書いたりすると、そこについて試験で突っ込まれて辛いことになる可能性が高いです。一方でレベルを落としすぎてもレポートの水準が不十分として落とされる危険性が高まるので、この辺はトレードオフです。

学修成果レポートに不明瞭な点がないか試験直前まで確認

④機構への申請

単位の修得とレポートの執筆のめどが立ったら、いよいよ学位授与機構に申請します。学位授与機構は①3-4月に申請→6月に試験→8月に合格発表、②9-10月に申請→12月に試験→2月に合格発表、の年2回審査を実施しているので、このいずれかのタイミングで申請を行うことになります。

申請にあたっては単位修得証明書や住民票といった紙媒体の入手が必要なので早めに動くが吉です。修得した単位情報と学修成果レポートは電子申請で送信します。準備ができたら学位審査手数料として32,000円を払い込みます。私は機構のさじ加減で演習単位が全滅する可能性があったので、ドキドキしながら支払いました。

単位情報をひたすら電子申請システムに登録していくわけですが、これが思ったよりめちゃくちゃめんどくさい非常に時間がかかるのでこちらもある程度余裕を持って実施しましょう。

⑤小論文試験の受験

申請が無事受理されたら受験票が届き、東京と大阪の会場で実施される小論文試験(持ち込み不可)を受験することになります。試験そのものは申請した人全員が受けることになるので、この時点では修得単位が認定されたとは限りません。小論文の試験は90分で、先述した通り、基本的には作成した学修成果レポートの内容について問われることになります。

試験会場の学位授与機構本部(多摩学習センターと同じ敷地)

ネット上では合格寄りの場合は学修成果レポートの要約、不合格寄りの場合はその分野の一般的な問題が出題されるといった情報がありましたが真偽不明です。おそらく試験の実質的な合否は学修成果レポートのテーマ設定と執筆の時点でほぼ決まっているといってよいと思います。

最終合否判定

最終的な合否判定は、①単位が区分ごとにそろっていること、②学修成果レポートの内容と小論文試験の答案が要求水準に達していることの両者をもって判定されます。ここで単位不足だった場合のみ、どの区分が何単位不足していたのか教えてくれますが、それでもどの科目が認定されたのかは教えてくれません。

合格の場合は学位記が、不合格の場合は不合格の理由が通知されます。私は合格だったのですが、いきなり佐川急便で学位記が届いたのでびっくりしました。

届いた学位記

ちなみに令和4年4月期の申請で情報工学の学位を申請していたのは4人でした。なかなかレアキャラですね。この制度を利用する人の大半が看護学の学位を目的としていることが分かります。

学位授与機構広報誌より、各区分の申請者数

おわりに

この記事では放送大学と学位授与機構を併用して情報工学の学位を取得するまでをまとめました。学位授与機構の積み上げ単位制度は知名度がいまいちで、Web上にも十分な情報がない中で人柱になりましたが、放送大学一本勝負で情報工学の学位に必要な全単位を充足できるとわかりました。演習科目だけ単発で他大学の科目履修をするより、格段にコストが下がったのではないかと思います。これから後に続く人たちが出てくると嬉しいです。

昨今はIT業界を中心に学び直しだリスキリングだと話題ですが、文系出身者の一つの到達点として、情報工学の学士が現実的に取得可能であることを示せたことには意味があると思っています。ここまで読んでいただきありがとうございました。

付録:申請科目対応表

学位授与機構が定める科目区分と、私が実際に申請した放送大学の科目の対応をここに残します。注意点兼免責事項として、①「新しい学士への途」にある通り、単位の区分認定は「個々に判断」されており、最終的には人によって異なる可能性があるため、ここに掲載した対応は私が申請した際の一例であり、読者の方が申請する際に当該区分に認定されることを保証するものではないこと②意図通りに認定されない可能性があるため各区分に対して多めに申請しているので、ここに掲載した科目のすべてが当該区分として認定されたとは限らないことについてご理解ください。あくまで参考としてであり、最終的にはそれぞれの責任でご判断いただくことになります。

「新しい学士への途」よくある質問の抜粋

一部ええそれも?みたいな科目があると思いますが、各区分の説明や例とにらめっこして少しでもカスってそうな科目はダメもとで強引に算入しています。

専門科目(40 単位以上)

【A群(講義科目)】(30 単位以上)

○情報工学基礎に関する科目(4単位以上)
情報学へのとびら
著作権法
問題解決の数理
計算の科学と手引き
情報理論とデジタル表現
記号論理学

○計算機システムに関する科目(4単位以上)
情報セキュリティと情報倫理
コンピュータの動作と管理
Webのしくみと応用
コンピュータとソフトウェア
アルゴリズムとプログラミング
データ構造とプログラミング
データベース
身近なネットワークサービス

○情報処理に関する科目(4単位以上)
CGと画像合成の基礎
生活環境と情報認知
コンピュータと人間の接点
生活における地理空間情報の活用
デジタル情報の処理と認識
自然言語処理
生理心理学
映像コンテンツの制作技術
データの分析と知識発見
日常生活のデジタルメディア
情報社会のユニバーサルデザイン
知覚・認知心理学
錯覚の科学
博物館情報・メディア論
AIシステムと人・社会との関係
ユーザ調査法
環境の可視化
数値の処理と数値解析
情報デザイン
メディア論

○電気電子・通信・システムに関する科目
通信概論
コンピュータ通信概論

【B群(演習・実験・実習科目)】(6単位以上)

○情報工学に関する演習・実験・実習科目
データサイエンス演習
関係の科学-グラフ理論
情報ネットワーク
感性工学入門
Rで学ぶ確率統計
感性計測入門
Javaプログラミングの基礎
表計算プログラミングの基礎
数理最適化法演習
生活環境情報の表現-GIS入門
C言語基礎演習

※推測ですが演習交じりのオンライン科目は認定される可能性が高そうなので、2022年開講のコンピュータビジョン・コンピュータグラフィクスも履修していれば算入できる可能性が高いと思います(私はタイミング的に2021年度分までしか申請できませんでしたが)。

関連科目(4単位以上)

◇工学の基礎となる科目
社会統計学入門
初歩からの数学
入門線型代数
非ユークリッド幾何と時空
微分方程式
解析入門
線型代数学
数学の歴史
統計学
自然科学はじめの一歩
心理統計法
入門微分積分
初歩からの物理
物理の世界
新しい時代の技術者倫理

◇工学及び周辺技術等に関する科目
技術マネジメントの法システム
進化する情報社会
地域と都市の防災
交通心理学
産業・組織心理学
暮らしに役立つバイオサイエンス
経営情報学入門
技術経営の考え方
都市・建築の環境とエネルギー
色と形を探究する
現代を生きるための化学
人体の構造と機能
運動と健康
音を追究する
はじめての気象学
生物環境の科学
初歩からの宇宙の科学
初歩からの生物学
住まいの環境デザイン
心理学研究法
初歩からの化学
物質・材料工学と社会
学習・言語心理学
比較認知科学

以上です。読者の皆様にとって有益な記事となっていれば幸いです。

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