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放送大学エキスパート「UIUXデザインの基礎」を勝手に作る

はじめに

この記事は、放送大学の科目を活用してUIUXデザインスキルを習得できないか?という観点に立ち、開講されている科目を整理する試みです。

昨今の放送大学は情報系やデータサイエンスの科目拡充に一生懸命なようですが、実はUIUXデザインに関わる科目も(科目名からすこぶる分かり辛いものが多いですが)多く用意されており、うまく使うと思いのほか役立ちそうです。

筆者はとある通信会社でITエンジニア兼UIUXデザイナー(の端くれ)として働いており、2021年に担当プロジェクトがグッドデザイン賞を受賞、2022年には人間中心設計推進機構により「人間中心設計スペシャリスト」に認定されました。これで多少は説得力を持つようになったかな、と思ったのが記事執筆のきっかけです。

以前は放送大学でAI人材になる記事を書いており、これはその続きです。UIUXデザイナーも「デジタル人材(あまり定義がよくわかってませんが)」として取り上げられることがあり、広い意味でモダンなIT人材といえるのかもしれません。

放送大学には科目群履修認証制度の「放送大学エキスパート」というのがあり、ある分野に関連する単位をだいたい20単位修得すると認証状が発行されます。UIUXデザインを対象としたエキスパートは今のところないですが、勝手に作れそうな気がしたのでこの制度に倣って勝手に組み立ててみます

本家の放送大学エキスパートはこちら↓

※UIデザインとUXデザインが別モノであるのは承知の上ですが、その辺を詰め始めると記事の趣旨から外れてくるのでまとめてしまっています。気になる方もいるかもしれませんがご容赦ください。

放送大学のUIUXデザイン的守備範囲

UIUXデザインが非常に幅広い概念なこともあり、放送大学の守備範囲に入っている部分とそうではない部分があります。大学という教育機関の性質上、また通信制大学で演習科目が少ないため、例えばHTMLやJavaScriptを書くような領域は守備範囲外です(面接授業ではポツポツ開講されているようです)。どちらかというとユーザ調査法や情報アーキテクチャのような理論寄りの内容がメインになります。

ここからは放送大学でUIUXデザイン的に役立ちそうな科目を書いていきます。ここでは実在の(?)放送大学エキスパートに倣って、履修の中心となりそうな勝手に必修科目と、UIUXデザインのある分野を深めるにあたって役立ちそうな勝手に選択科目の2つに勝手に分けます。どこまでも勝手です。

以下、科目名が出てきます。各科目の簡単なレビューを以下の記事にまとめていますのでよろしければシラバスと併せてご参照ください。

UIUXデザインの概要をつかむ

勝手に必修科目に勝手に入れたいのが、
・コンピュータと人間の接点
・情報デザイン
・ユーザ調査法
の3科目です。

UIUXデザインをドンピシャで扱っている科目がコンピュータと人間の接点で、基本的にはヒューマンコンピュータインタフェース(HCI)あるいは人間工学の科目ですが、UIUXデザインを考えるにあたって必要性の高い内容がコンパクトによくまとまっていると思います。もはや古典の域に達している第一接面/第二接面の理論やノーマンのアフォーダンス/シグニファイアから始まり、人間の整理特性やUXの概念、人間中心設計の考え方から情報や環境に対する(単なるディスプレイ以外の)UIの事例紹介に至るまで盛りだくさんで、正直これだけでUIUXデザインのエッセンスの相当部分を摂取できます。

コンピュータと人間の接点で扱っている各論は、例えば3章の「認知的特性」は知覚心理学学習・言語心理学、7章の「設計プロセス」はユーザ調査法といった具合に、そこだけ取り出して1科目として成立させた個別科目につながっています。学びを深めていくにあたってのインデックスとして最初に履修するといいと思います。やや余談ですが情報コースの「コンピュータとソフトウェア」のように、放送大学の科目にはこの手のインデックス系科目が存在しており、(特にそういう宣伝の仕方はされていないですが)利用価値が高いです。

コンピュータと人間の接点の次点でUIUXデザインのコアになりそうな科目が情報デザインです。こっちの方がそれっぽい科目名ですが、理論に寄ってるので実務を考慮するとコンピュータと人間の接点の方がハマり度が高いと思います。「情報をデザインする」とはどういうことなのか?という問いに対し、有史以来の歴史を事例ベースで振り返るとともに理論立てていきます。デザインをとりあえず学ぶためのリソースはWeb上でも一般書籍でもいくらでもありますが、大学の講義だけあって定義や理論モデルを出発点にして各論としてのUXデザインやインタラクションデザインに展開していく構成になっており、小手先の技術やツールに留まらない「デザイン」の理解ができると思います。各章の参考文献もいわゆる「古典」から最新のテキストまで豊富に列挙されており、こちらは放送大学の外に飛び出して各領域を深めるためのリファレンスとしても有用です(この科目に限らず、リファレンスとして使うのは放送大学のテキストの活かし方として王道だと思います)。

ユーザ調査法はもともと「情報機器利用者の調査法」という科目で、人間中心設計プロセスの4段階のうち最初と最後にあたる「利用状況の理解と明確化」「要求事項に照らした設計の評価」で実施するユーザ調査を扱います。人間中心設計の根本的な力点がユーザの理解にあることを鑑みれば、この科目も昨今の「デザイン」の中核を占めているといってもいいと思います。個々の章では質問紙法や言語プロトコル法・視線分析法、生理学的測定といったユーザ調査で取りうる方法論を深く掘り下げていく構成で、現場でのガイドとまでは行きませんが実践的な色合いの濃い科目です。

UIUXデザインの各論を掘り下げる

勝手に選択科目として、
・情報社会のユニバーサルデザイン
・日常生活のデジタルメディア
・錯覚の科学
・知覚・認知心理学
・感性工学入門
・生活環境と情報認知
・博物館情報・メディア論
・色と形を探究する
・Webのしくみと応用
・交通心理学
・学習・言語心理学
あたりを勝手に挙げておきます。

情報社会のユニバーサルデザインは文字通りユニバーサルデザイン(とその構成要素であるアクセシビリティ・ユーザビリティ)を扱う科目です。情報提示のアクセシビリティを目指す様々な試みや、情報デバイスの入出力にあたって高齢者や障碍者といったユーザを想定した場合にどのような工夫をすべきかといった論点がまとまっています。

日常生活のデジタルメディアは、デジタルメディアとは何なのか?という概論的なパートとメディアの種類各々の各論的なパートに分かれます。いずれもUIUXデザインの対象がデジタルメディアであることとを考えれば知っておくと有益な内容が多いです。前半ではテクノロジー受容モデル(TAM)やイノベーション普及理論を参照し、ユーザーがデジタルメディアを使うとはどういうことなのか?という問いを整理します。後半のソーシャルメディアのパートでは、メディアのパーソナル化やソーシャルメディアにおける自己呈示・自己開示理論などが出てきます(交流機能を持った何かをデザインするときには留意すべきところだと思っています)。

錯覚の科学は人間の知覚的・認知的錯覚について論じる(心理コースで大人気の)科目ですが、これもUIデザインの観点で有用です。そもそも人間が環境にある情報を認知するにあたって、そのものをありのまま認知するのではなく、中枢たる脳が情報を処理する際に情報の歪曲や補完が当然起こる(無意識的に推論している)ということを理解しておくことは根本的ですが有用で、ボタンの配置一つとってもユーザーに誤った認識を抱かせるものになっていないか、意図しない行動を誘発する設計になっていないかと考える上でこの視点があるとないとでは見え方が大きく変わってきます。

知覚・認知心理学はやや生理学寄り(人体構造など)の話が多くややマニアック感がありますが、知覚量の推定方法や恒常性の理論、記憶保持の仕組み、問題解決の枠組みといった内容を知っていると、UIUX両面でのデザインの根拠になります(例えばユーザーが何かに申し込む際の導線はどのようなステップでどのような画面要素とするべきか?)。昨今ユーザ調査にあたって生理指標を計測してユーザの感性を計測するといったことも行われるようになってきているので、そのあたりが取り上げられていることも価値大です。

ちょっと細かくなってくるのでこれ以降詳細を割愛しますが、
・対象からユーザーが受け取る感性とは何者でどう評価するのか?を扱う感性工学入門
・生活環境情報というちょっと変わった観点から人間とコンピュータの情報処理を扱う生活環境と情報認知
・博物館情報学の立場から来館者=ユーザーへの情報提示を取り上げる博物館情報・メディア論
・文字通り「色と形」を多面的に見つめる色と形を探究する
・より技術寄り&シンプルにWebサイトの見せ方を解説するWebのしくみと応用
・実はリスクテイキング理論や注意理論が部分的に出てくる交通心理学
・いっそ人間をある程度動物的にとらえて行動の変容を観察する学習・言語心理学
などが関連する科目として挙げられると思います。

この他、感性計測や人間中心設計、各種デザインに関する科目が面接授業でちょくちょく開講されているので、履修してみるのもいいかもしれません。

おわりに

ITエンジニアがUIUXデザインに手を出そうとしたときに壁として立ちはだかるのが、意志決定にあたっての「根拠」の欠落だと思います。システム開発の要件定義や設計であれば、「この機能を実現するためには費用対効果の観点からこのアーキテクチャが良い」とか「システム間の整合性を担保するためには非正常系としてこのケースをハンドリングできなければならない」といった具合に(場合による面はありつつも)一定の客観的な根拠を持って意思決定を行い、顧客に提示し同意を得られることが多いと思いますが、デザインの場合「好み」だと思われてなかなか決まらないことがままあります(ありました)。

そんな時、デザインの良し悪しは多くの場合個人の好き嫌いで決まるものではなく(最終的には好き嫌いの場合ももちろんありますが)、根拠になる理論や事例、考え方が様々にあることを知っていれば、自分自身の納得感も他者に対する説得力も大きく変わってきます。放送大学で扱われているような論点は、多くの場合学術的な批判にさらされた結果としてそれなりの説得力を持っており、デザインを考えための根拠となりうる力があります。これを活用しない手はありません。

以上です。ここまで読んでいただいてありがとうございます。ITエンジニア兼UIUXデザイナーの端くれとして、この記事が何かの役立つことを願っています。

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