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美しき狂気。 建築のメティエダール 「ホテル川久」 / 和歌山②

こんにちは。
今回和歌山に来た目的が「ホテル川久」。初めてここに泊まった時から30年近く経ってもなお心揺さぶられる場所。

ホテル川久


南紀白浜の温泉街に突如現れる別天地。道を曲がると目に飛び込んでくる圧倒的な量感。雑多な温泉街、日常のその先にそびえ立つこの「違和感」に泣けてくる。

大阪船場の商人である河内屋久兵衛が興した旅館「河久」が「ホテル川久」の前身。
昭和の初めに新婚旅行で泊りに来た安間千之(やすまかつじ)さんが河久を気に入り、当時のお金で500円分を支度金として置いていったそうです。その後、戦争や地震の被害にあい、オーナーが安間さんに交代した時が1949年。河久から川久へ。

川久が巨費を投じて生まれ変わったのは約30年前。
1989年、世界中から夢に魅せられた一流の技術を持つ職人が集結し、「世界の数奇屋」を作る壮大なプロジェクトが始動。参加条件は、世界のどこにもないオリジナリティを追求すること。それだけだった。

通常、大規模施工はゼネコンへ一任しますが、全ての作業を各業界の一流の創り手たちにオーナー自らが依頼。素晴らしい!
お坊さんとして12年間修行されていた安間会長、娘さんであるマダム・ホリ、そして設計を担当した建築家 永田祐三氏の3人が中心となりプロジェクトが進められました。

「瑠璃青磚廠」の瑠璃瓦


外壁には中国の紫禁城にのみ使用を許された瑠璃瓦。皇帝以外使うことを許されなかった色「老中黄」です。紫禁城の瓦を焼き続けてきた窯「瑠璃青磚廠」が、国外に老中黄を使って47万枚もの瓦を焼いたのは永い歴史上初のことでした。

川久のマーク入り瑠璃瓦。

この瓦を焼いてもらうのに21回も中国に赴いたそうです。凄い熱量!

左官職人 久住 章


淡路島出身の左官職人 久住 章 が手掛けた全長45mの土佐漆喰の庇。塗り継が出来ないように50人がかりで1日で仕上げたという。

建築家 永田祐三 


建築家 永田祐三 デザイン、金箔職人 ロベール・ゴアールが仕上げたエンブレム。

彫刻家 バリー・フラナガン


時々夢に出てくるのは、彫刻家 バリー・フラナガンのうさぎ。

夢の中でいつも私はうさぎに乗ってる。うさぎの声は低く優しい。

煉瓦匠 高山彦八郎


煉瓦匠 高山彦八郎彦十郎親子によって積まれた煉瓦は、イギリスのIbstock社製。

金箔名工 ロベール・ゴアール


世界一の金箔名工 ロベール・ゴアール が手掛けたロビーの天井。

ドイツ製の5cmの正方形金箔が手作業で貼り付けられ、22.5金の純度は陽に当たる時に最も美しく輝くように計算されています。

イタリアのモザイク集団


イタリアのフリウリ地方のモザイク集団が、手作業で床に埋め込んだローマンモザイクタイル。

左官職人 久住 章 がドイツで習得した「シュトックマルモ」技法で仕上げた柱。これは大理石が採れないドイツ、オーストリアで発達した技法なんだそう。

古代エジプトをイメージしたという柱は、触るとじんわりとした暖かさが伝わってきました。

天井から太いワイヤーで吊り下げられた螺旋階段は

2階からのアプローチが美しい。

建築家 永田祐三 手掛けた透かし天井。彫られているように見えるところは茶色で塗られているというトリッキーな天井。

建築のメティエダール 。
世界の超一流の職人たちの技術と強烈な情熱が創りあげた桃源郷。
「情熱なんてもんじゃなく狂気よ」とマダム・ホリは仰っているそう。

狂気。自分が想像した世界を現実に引っ張ってくる力。自らをその次元まで引き上げる持続力。私はここに惹かれて続けているんだろうな。

30年前は会員制のホテルだった川久。私の身分じゃ泊まれない、と諦めていた時にJTBを通して宿泊可能なことを知り小躍りした。

今でも大切にしている1992年発行の『SD』

見た瞬間心が震えた。
様々な国の様々な様式を集めたのに、そこに在るのは不思議で美しい統一感だった。こんな美しい軸を持っている方って…と考えてた。マダム・ホリだったんですね。

当時は送迎用のダイムラーとリンカーンがズラリと並び、庭にはファラベラがいた。

急遽和歌山行きを決めたのでお部屋が取れず、今回は1階と2階が見学できる「川久ミュージアム」で入館。でもやっぱり物足りなくて…昔を知ってる方からお話を伺いたくて…お願いしたら、当時から働いているスタッフの方にお目にかかることが出来ました。嬉しい!

筒のような建物が大浴場「紫符」。なぜか川久で思い出すのがこのお風呂なんです。

この庭に小さな馬たちがいたのよね。

浴槽が高野槇に壁面が陶板貼り。陶板には安間会長が書いた詩文が焼き付けられています。
リニューアルしたところも多々あるそうですが、このお風呂は現在もそのままだそう。良かったー

「裏はご覧になりましたか」と連れて行って下さったのが裏庭。「ええっ裏って海でしたよね???」「埋め立てたんです。ここにヘリポートを作ろうという計画があったんですよ。」

芝生の部分が埋め立て地。昔はズドンと海だった。

初めて間近で見る裏の顔。圧倒的存在感。意思とは関係なく勝手に涙が溢れた。

一度だけでは視界も心にも収まりきらない、職人たちが考え抜き、理想を追い求めた数々の遺産がそこにはある。

ホテル川久

携わった方々の顔のレリーフが付いていたり、と計画書で決まったこと以外にもアドリブやユーモアを効かせた技が散りばめられています。

好きなのはガタガタとした、折り重なるようなシルエット。

どこにもない異国。
ドリスもスター・ウォーズも、惹かれるものは懐かしくも違う世界の香りを纏っている。(記事「『DRESSING A GALAXY』スター・ウォーズの衣装〜混ぜ合わせの美④」)

様々な文化、伝統、生地を融合させたユニークなスタイルは、プリクエルのコスチュームデザインすべての基準を設定することになった。あれは、洗練され、堂々とし、見覚えがあるにもかかわらず、私たちとは違う世界の衣装だった。

ジョージ・ルーカス
Dries Van Noten Fall 2015

すべては日本から始まったと感じていて。私の中には遠い昔に日本から世界に散らばり、また日本に戻ってきた一族の血が入っているのだろうか。だから様々な地域の文化が織り込まれているキメラ的なものに惹きつけられるのかも。
シュメール、エジプト、シルクロードにチベット。ピンポイントで刺さるところが辿ってきた道なのかもしれない。(記事「出雲王国へ / 島根① 14/47」)

オーナーズコレクション。清時代の骨董。

ホテル川久はどこにもない異国。狂おしいほどの情熱が創りあげた異界。

夢を謳うことのできないプロジェクトは時代を超えて存在理由を示すことはできない。少なくとも人の心を震わすことができない。ホテル川久の建設過程は21世紀の楽園伝説を形づくろうとするドラマティックでロマンティックな物語だった。

ホテル川久

見た途端にわーっと心が動くこと、じんわりとしたものがこみ上げてくること、嬉しい気持ちに満たされること=感動。それは言葉になる前の魂の震え。

お話を伺ったスタッフの方の言葉が響きました。
「川久のことになりますとずっと喋っていられます。ここに30年おりますけど、こんな素晴らしい場で働けるということが日々嬉しいんです。毎日いても飽きませんね。」

狂気と化した情熱が宿る建物は、そこに触れる者に「誇り」を与えてくれる。働く人にも訪れる人にも。

角を曲がった途端にニュッとしたなんともいえない量感に圧倒される瞬間が好きだ。ズルリと異界に引きずり込まれる最高に心地良い気持ち悪さを感じる為に、この「日常からのアプローチ」は残して欲しいと思う。

出会った瞬間、涙が溢れた建築物は今までに3つ。バルセロナのサグラダ ファミリア、モスクワの聖ワシリー寺院、そしてここホテル川久。
最高をありがとう。また異界に来ます。

ホテル川久
和歌山県西牟婁郡白浜町3745
TEL:0739-42-3322


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