半自動筆記に依る夜想曲(13)-2『揺籠と墓場』-2
『華ヲ召シマセ、華ヲ召シマセ』
彼の遥けき彼方へと過ぎ去った彼の時代は、只陶酔と幻惑だけが、今一度殷賑と絢爛華美な古の王国への門扉を開く。其処では、若人も乙女も、鳥も地生も、樹も華も街並みも全てが、盛りの刻の儘、絶美の極みにだけ存在している。同時に其等、ものみな総てが、陽の老いたる影に包まれ、永遠の黄昏の中で、停まり続けていた。
『華ヲ召シマセ、華ヲ召シマセ』
不意に、私の足許で語り掛けて来る何かが在った。視線を向けると、其処には一羽の白兎が居た。
『華ヲ召シマセ、綺麗ナオ嬢サン、コノ邦デ、タッタ独リノ、生キタ身体ノオ嬢サン』
一言そう告げると、白兎は走り出した。思わず私は、白兎の後を追い駆けて仕舞わ然るを得なかった。誘う様にして時折留まっている白兎を追い駆けた先には、製本工場の立ち並ぶ街区が在った。
其処には、人の姿は無く、紙は何時の間にか印刷され裁断され、そして製本されて仕舞うのであった。
ふと気になって、手近な本を手に取り、捲って見る。其れは伝記だった。
しかし其の本は、一言一行たりとも解するを得ない、しかも一度も見聞きした事の無い革命家達の記録が綴られて居た。判読する事は出来ないが、しかし読む事は出来る其の内容に、何時しか私は涙して居た。
読み終わると、今度は別の本を手に取って読み、終わっては亦別の本を手に取る、此れ等を繰り返す…。
本の内容は様々だった。主君と貴婦人への愛に挟まれ、自ら命を絶つ騎士、最愛の妻を冥府より取り戻そうとし、叶わぬ故に自ら竪琴と成り果てた詩人、聖地を目指して旅立つが、結局は奴隷として売られて行く少年達、己の美の世界の為に民を犠牲にし、其の民に弑された王、国を護る『聖女』と云われ乍らも、最期には『魔女』として処刑された少女、『麺麭が無ければお菓子を食べれば良いじゃない』と言って断頭台の露と消えた王妃…。
此れ等、此の王国の人々は、己の只一つの信念と主義に於いてのみ統一されて居た。
私は地に手を着き、膝を折って泣いた。涙は、秋の夜にしとど降る雨の様に落ちた。
『華ヲ召シマセ、華ヲ召シマセ』
不意に、白兎は私の胸に何かを付けた。其れは雪白の一輪の薔薇で在ったが、見る間に血紅の宝石の様に輝くのであった。胸の薔薇に気を取られて居ると、気が付けば周りは闇だけが包んでいた。
私自身の姿も薄れてゆく。同時に意識も遠退いてゆく。何も彼も消え入りそうになる間際に、白兎の声が聞こえて来る。
『華ヲ召シマセ、華ヲ召シマセ、今一度咲カス為ニ、今一度描カレン為ニ』
<続>