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有名な東ドイツ・ジョークとは?/伸井太一・鎌田タベア著『笑え! ドイツ民主共和国』試し読み第2回

先週に試し読みを配信した、伸井太一・鎌田タベア著『笑え! ドイツ民主共和国』。
 
今回は、本の特徴と構成に迫ります。


前回の記事をまだ読んでいない方は、下からどうぞ。


早速、試し読みのスタートです!


■本書の特徴と構成 東独の笑いは届くのか?

本書の目的は、第一に東ドイツ・ジョークを愉しみながら、その真髄に触れてもらうことだ。ドイツのジョークといえば、「世界一薄い本、それはドイツ・ジョークの2000年間の歴史」だとも揶揄される。さらに、ドイツの作家でノーベル文学賞受賞者のハインリヒ・ベルは、イギリス在住のポーランド人で小説家の友人に、このように忠告したという。

我々のいるドイツでは、まずジョークは話さないことだね。最初は心のこもった拍手喝采で迎えられるだろうが、その直後、聴衆の誰かが立ちあがって質問するんだよ。「で、その話、実際には何がおっしゃりたかったんですか」って 。

 

すでに、このベルの忠告がジョークとしては一級品とも言えるわけだが、実はドイツのジョークには「噛めば噛むほど味が出る」奥深さがある。先述のように、ドイツは「ジョーク大国」なのである。それは本書が証明するだろう。さらに東ドイツ・ジョークは、西欧ジョークとロシアの政治アネクドートの系譜が混ざり合い、歴史的にはナチ・ジョークの影響も強く、きわめて味わい深い。これらが混交した東独ジョークは、読めば読むほど味がにじみ出てくるのである。

ただし、ハッキリと記しておかねばならないこともある。私を含めて、おそらく日本で生まれ育った方が読者の大多数だと想定される。その場合、東独ジョークを読んで大爆笑とはなかなかいかない。しかし本書に収録されたジョークは、ドイツ人であれば「笑う」のである。しかも爆笑に至ることもしばしばだ。やはり笑いの琴線は、文化や言語などの諸条件によって異なっている。だが、私たちはみな、「笑う動物」である。同時に私たちはみな「恐怖」もするし、「泣き」もする。政府の取り締まり対象だった東ドイツ・ジョークには、これらの要素が結晶化している。

さらに過去の笑いを「愛でる」ことで、ジョークから、東ドイツに生きていた「普通の人」の生活や感性を垣間見ることもできる。そこで本書では、ジョークを愛でながら理解するために、複数の視点からジョークに切り込んでいる。

本書の構成を紹介しておこう。まずは、東ドイツの概要や歴史トピックを扱った第1章から、政治家のジョークの第2章へと続く。ここまでで、東ドイツの大まかな情報を得ることができるだろう。その後に、シュタージなど各組織を扱った「お役人ジョーク」、生活上のジョーク、そしてインターナショナル・ジョークへと移っていく。最後にブラック・ジョークを採録した。これは現代的なポリティカル・コレクトネスからすれば問題を含むが、歴史の「史料」としてとくに大きな修正をせずに紹介している。なお、ジョークはそれぞれで独立しているので、各章を前から順に読む必要はなく、ページをパラパラと繰り、好きな箇所から読んでもまったく問題ない。

各章では、原則としてまずは翻訳文を掲載している。直訳というよりは、ジョーク本来の味を損なわないように意訳を施したり、日本語でのリズムも整えたりしてみた。この次にドイツ語の原文が続く。日本で翻訳出版されている「ジョーク本」の多くは、邦訳のみを掲載するケースが多い。しかし本書は、東ベルリン出身でドイツ語ネイティヴの鎌田タベアさんとの共同作業という点を特色としており、ドイツ語原文も掲載する。ドイツ語を少しでも学んだことがある方は、原語もぜひ味わっていただきたいが、本書はドイツ語学習者だけに向けられてはいないので、ここはスルーしてもらっても構わない。この後で、文中に登場するドイツ語の単語や熟語を紹介している。ここは語学習得のためというよりかは、ドイツ語の未修者も愉しめるように「社会主義用語」や「無駄にかっこいい響きのドイツ語の単語」を読み方とともに掲載している。ドイツ語はときに質実で、ときにたおやかな言葉だ。ただ、ジョークには上品とは言えないような言葉が多いので、日常会話の練習になるかどうかと問われれば……。しかし逆に、99%の学習書にはないドイツ語の外連味を味わう貴重な機会となるだろう。

最後に「解説」部分である。ここではジョークの笑いどころを解説している。これは、率直に言ってジョークを破壊する行為だ。ドイツ思想史を研究した宮田光雄は、著書『ナチ・ドイツと言語』で、「ジョークの引き起こす笑いは、(それが政治的なものであれ、非政治的なものであれ)聞き手を驚かせる『不意打ち』の効果から来る」と書く。さらに、ジョークの解説は「すでに爆発してしまった地雷から安全装置をはずすようなもの」だと。ただし、東ドイツ・ジョークは、解説なしでは理解するのが難しいものもある。本書では「違う安全装置」に付けかえて、「もう一周回って」クスッと笑える仕掛けを施したつもりである。

そのほかにも歴史的背景や東ドイツ社会を知るための情報をみっちりと詰め込んだ。つまり、本書は単なるジョーク集ではなく、ジョークを通じた東ドイツの社会史・生活史を描くことを意図している。また、東ドイツ製品なども写真で紹介し、図録的な愉しさも加味した。

ジョーク、つまり冗談とは「戯れの話し」である。これもまた戯れにすぎないが、各ジョークのタイトルは、筆者から東独ジョークに対する敬意を表するためのダジャレなどにしている。加えて、ジョークそのものが、歴史学とくに政治史などからすれば「戯れ」だと考える向きもあろう。なぜなら、発話主も分からないし、それは「笑い」としてその都度、消費されたからだ。しかし、確実に東ドイツの日常生活に笑いはあったのである。ここに秘められた、東ドイツ生活史の「一片の生きた事実」を掬いあげることはできるだろうか。東ドイツに実際に生きた人びとの口の端にのぼり、そこに起きた共感と笑い。戯れ、不条理、非効率、ここに息づく笑いの文化、これらの観点から歴史を眺めてみると違った景色が見えるかもしれない。本書は、「東ドイツを知るための王道」としての歴史記述をいったん緩めつつ、その理解をより豊かにすべく企図された「東ドイツにおける笑いの感情史」の試みなのである。

(本文の7頁につづく)


■本の紹介
・伸井太一/鎌田タベア著『笑え! ドイツ民主共和国〜東ドイツ・ジョークでわかる歴史と日常〜』

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今回は、東ドイツでは爆笑必至!のジョークからはじまり、本書の特徴・構成を紹介してきました。
次回は最終回。
「消えてしまった方」東ドイツが、今どんな関心を集めているかについてのお話です。


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