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ことばとあるく、ゆっくりと。

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最近の記事

何の不満もないのに私は引っ越す。

青空を眺めながら飲むコーヒーは最高だ。 何の不満もないのに 私は引っ越す。 清々しい緑。 快晴の下 物想いにふけることのできるカフェの窓際の席。 街に近く何処へでも行ける場所。 静かで陽の光が差し込む部屋。 私はこの場所から旅立つ。 なぜなら そのときが来たから 理由はそれだけだ。

    • 気付く旅

      気付く旅 気付く旅なのだと思う これは、気付く旅 私は持っていると 全て持っていると 夢が叶っていると 願いが叶っていると。 私はまことにおおくのことを願い おおくのことを叶えてきた 私はまことにカラフルな夢を描き カラフルに叶えてきた それに 気づいていないだけだったと気づいた。 それは まことにショッキングだった。 私がどれほどのものを持っていて どれほどの愛を受信していたのか どれほど交換してきたのか バカみたいに ショックを受けた

      • ひとつひとつ

        ひとつひとつ 私の中から ひとつ 抜け落ちて ひとつ なくなって ひとつ みえなくなって ひとつ かんじなく なって ひとつひとつ まるで私がいなくなるよう ひとつひとつ 私の外から ひとつ 拾って ひとつ うけとって ひとつ みえるようになって ひとつ あたらしいのを かんじて ひとつひとつ 私が生まれている

        • 表現の二層。

          私の表現は詩的、内省的なものであるべきだ。 大衆化してはならない。 そうするともはや私の表現ではなくなる。 大衆の波に飲み込まれるのを防ぐ防波堤がひつよう。 それは実際に大衆の前に出ないこと、なのかもしれない。 最中—生み出している時は騒音が入らないように 安全領域のなかで浮いていたいのだ。ぷかぷかと。 自由に泳いでいたいのだ。 (誰にもそんな時間がひつようだ。) その表現を出す場所までもが表現なのだけれど、 その場所に出たとたん、 自由に泳いでいた私ではなく 自由に泳がせた

        何の不満もないのに私は引っ越す。

          しあわせについて Ⅰ

          しあわせについて I 私たちはしあわせだったことに気づいた。 私たちは経験を体験していた。 人生とは、時間を経験に変えること だれかがそう言っていた。 私たちは 時間を経験に変えてきた。 だれもが、きっとそうである。 この世界に生まれてきて 何をするべきなのか、何をしようかな、 考えて生きてきた。 そして、今もそう生きている。 私たちが生まれてきたとき そして今この瞬間にいたるまで 振り返ってみると 私たちは数え切れないほど 多くのことを体験し

          しあわせについて Ⅰ

          空のうつりかわりをみていた

          空のうつりかわりをみていた だれかにまかせておけ うつくしい写真をとるのも きれいな映像をとるのも 澄み渡るおんがくをつくるのも ほんとうにうつくしい色が 目のまえにあるの だから なにもいるはずがなかった 空の うつりかわりをみていた こころがうごいている それをかんじずに なにもいらない そらのいろ あわいはなやかな さびしげな いきているいろを

          空のうつりかわりをみていた

          わたしたちは奥行きを発見する。

          人間の耳は、空気の「音」を聴いています。 木々のさざめき、虫の声、川のせせらぎ、大小さまざまな鳥たちの会話... わたしたちは空気の音を、瞬時に聴きとっているのです。 その場所は 川が流れているのか、空気が澄んでいるのか、どんな日が差しているのか、どのくらいの気温なのか、どんな匂いがするのか... わたしたちはそこにある奥行きを発見し、流れている空気を感じ、想像しています。 ですから、その音が作られた音なのか自然の音なのかも、ほんとうは知っています。 「なんとなく」

          わたしたちは奥行きを発見する。

          朝 起きたら

          朝 起きたら かるく伸びをし、起き上がり すぐにカーテンをあけ、窓をあけ トイレをし、水を一杯飲みほし 服を着替え 自然のなかに散歩に出かける 自然の音を聴き 自然のなかを感じる 呼吸をする音を聴き からだを感じる 自然とつながる 自分とつながる 生きものとつながる 地球とつながる

          朝 起きたら

          いい

          3ヶ月もたったのにまだ治っていなくてもいい 憎んでもいい 地獄に落ちればいいのにと思うほどムカついてもいい 何もできなくてもいい 進んでいなくてもいい 健常者にならなくてもいい 弱くてもいい 生きているだけでもいい 焦らなくてもいい 時間がどれだけかかってもいい ゆっくりゆっくり生きればいい なにかを成し遂げようとしなくていい 特別な存在にならなくていい ちゃんと生きなくていい ただ生きていてもいい ただなにかを感じて生きているだけでもいい 期

          悲しみについて

          悲しみについて 私たちは悲しみについて より日常的な温度で話すことができるだろう。 悲しみと、もっと友好的になることができるだろう。     悲しみはだれもが日々のなかで感じる感情である。 しかし、悲しみについて話したがらない。 または、悲しみをひけらかす。     悲しみは、人生の中で観るひとつの景色であり 私たちが人間であることの証明書のような存在でもあると思う。 悦びを、より悦びたらしめてくれ 芸術のような繊細さを私たちの人生に与える。 悲しみについての話を あ

          悲しみについて

          その気づきは わたしをはずかしくさせました。

          じつは「あなたたちにはわからない」と かなしかったことがあります。 わたしはあなたたちとおなじ だけの量を得られなかった。それを補おうとした。補いたかった。 でもその気持ちはしられること がなかったのです。 そのときに「あなたたちにはわからない わたしのきもち」がある、うまれてい るのだと気づきました。それと同時に「わたしはこのように、こんなにも、物質にこだわっているの だ」「物の量のひとしさ、平等であることにこだわっているのだ」と気づいたのです。 その気づきは わたしをは

          その気づきは わたしをはずかしくさせました。

          愛は言葉に乗る、そしてどこまでも行く

          私は涙していた。 これが愛なのかと 「愛はひつような人に与える」これが正解なのかもしれない。心がふるえている。 だれにでも与えていいわけじゃない。 愛を与える人を分かって、与える... 「授ける」ような感覚に近いのかもしれない。 愛を与えられた人は、 力を授けられたような感覚になる。 愛はすがたを変え、その人のパワーとなるのだ。 それを、そんな感覚を感じた。 こんなにもシンプルな言葉なのに、なぜ、こんなにも心をうたれたのか、不思議にかんじるくらい だ。 おそら

          愛は言葉に乗る、そしてどこまでも行く

          隣に座った人のコーヒーの香りが心地よかった。

          隣に座った人のコーヒーの香りが 心地よかった。 だれかしらない他人と 一緒にきもちのいい丘で 初日を眺めた。1月1日の太陽を浴びた。 関わっていないのに関わっている、 そのつながりを感じる。 私たちはいつもだれかとつながって生きている。 だれかの胸の中にいて、だれかが胸の中に存在している。 私たちはいつも目に見えないつながりのなかで、 包まれて生きている。

          隣に座った人のコーヒーの香りが心地よかった。