「短編小説」コスパに狂った女
私は昔からコスパを重視する人間だった。
学生時代、時給980円の飲食店で働いていた時はそれ相応の働きしかしなかった。
時給980円だと1分あたり、16.333円。
バイト先は忙しかったが時給は特別高くない。
だからこそ時給に見合った働きをしていた。
それは社会人になった今も変わらない。
オフィスで派遣事務の仕事をしているが、これまた時給制である。
もちろん忙しい時は思いっきり働くが、働き過ぎたと感じた日はゆっくりする時間も作ってバランスを取っている。
また、プライベートでもコスパを意識することが多い。
例えば、飲食店に行った時。
カフェの場合。
カフェで1500円程度のパンケーキを注文した時は、30分〜40分程度は店に居座るようにしている。
なぜなら、時給にして約1時間を越す値段である。
約1時間掛けて得たものを15分程度で平らげるのは勿体無い気がするのだ。
もちろん、何もせず店に居座ると迷惑だから時間をかけてパンケーキを食べる。
味わって食べるパンケーキ。
側から見ればグルメ雑誌の覆面調査員に見えるだろうか。
とにかく、コスパを意識して、お金に見合った過ごし方をするのだ。
その逆のパターンもある。
ラーメン屋で食事する場合。
行きつけのお店は人気の行列店である。
味はもちろんのこと、値段も700円と安い。
それ故大繁盛している。
ここでもゆっくり食べたいが、ラーメン屋は回転率が大事だということは承知している。
低価格で美味しいラーメンを提供してくれる店。
赤字を覚悟して切り盛りしていることが伝わってくる。
この場合、ラーメンを食べ終えたらそそくさと店を出るようにしている。
700円でコスパが良いラーメンだったらそれで満足なのである。
そんなこんなで日々私はコスパを意識して行動している。
そんな日々を送っていたある日、コスパを意識する私にとって、とあるピンチが訪れた。
それは、美容院に行った時のこと。
シャンプーとカットで5000円で、安くはない美容院である。
店内を見ると、珍しく鏡がないタイプの美容院である。
完成後の姿を最後に見てときめいて欲しいという理由でこういう作りになっているらしい。
伸び切ったロングヘアの髪を切ってミディアムボブにしてもらうことにした。
美容師はチョキチョキと手際よくハサミを入れていく。
そして完成したのが切り始めて30分後である。思ったより早い。
美容師に合わせ鏡で完成した髪型を見せられ、席を立とうとしたその時。
「待て!」コスパを重視する自分が待ったをかけた。
30分で5000円はかなり高い。
せめてもの1時間はかけて欲しい。
とはいえ、あと30分どうやって伸ばすか。
再び髪を切ってもらって時間を稼ぐしかない。
そう考えた私は、美容師にもう少し髪を切って欲しいと注文をつけた。
手際の良い美容師は再びハサミを入れていく。
とりあえず2センチ切ってもらった。
時計を見ると残り時間は20分。
また時間を稼ごうとさらに2センチ切ってもらうことにした。
残り時間は15分。
切っては残り時間を確認するということを繰り返し、ようやく散髪し始めてから1時間が経過した。
コスパを重視する私は、これで満足だった。
しかし、美容師に合わせ鏡で見せられた瞬間顔が青ざめる。
耳の高さまで切られているではないか。
まるでサザエさんに出てくるワカメちゃんである。
鏡のない美容院は完成してからしか髪型を確認することができないのを忘れていた。
コスパを重視するあまり、そのことは頭になかった。
「お会計5000円になります」
美容師のその声で我に帰った。
5000円で短髪なら割にあってるか、、、、
そう思えた瞬間が、私がコスパに狂う幕開けとなった。
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