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日記・エッセイ

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日々の日記、または過去のエッセイ。
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2023年1月の記事一覧

エッセイ#42『宇都宮市』

 少し前に、栃木県は宇都宮へ小旅行をしてきた。私はおよそ1ヶ月前に同県の小山市へ足を運んだが、今回も目的は同じである。映画『四畳半タイムマシン・ブルース』を鑑賞するべく、重い腰を上げたのだ。  わざわざ2ヶ月続けて栃木の映画館まで行くのには理由がある。『四畳半タイムマシン・ブルース』の来場者特典は、作者の森見登美彦氏が書き下ろした短編小説である。これが1週目と2週目でそれぞれ別の作品が配られるのだが、両方を手に入れるために映画館を回っていたのだ。もちろん東京近郊の映画館でも配

エッセイ#41『同姓同名』

 佐藤雅彦氏の『考えの整頓』には「もう一人の佐藤雅彦」というエッセイが収録されている。自分と同姓同名に人が街にいて、それがきっかけとなり面白い勘違いが起こる、といった内容だ。  その作中には次のような文が登場する。  私の本名はやや特殊であり、同じ字を書く人にも同じ読み方たをする人にも出会ったことがない。それどころか下の名前に関しては、現実でもフィクションでもほぼ見掛けたことがない。「ほぼ」というのも、一度だけとあるドラマに私と同じ名前を持つ赤ちゃんが登場したのだ。その時の

エッセイ#40『ほんとにあった夢十夜③』

 こんな夢を見た。  私はなぜかラジオブースにいた。どうやら朝のラジオ番組の生放送らしく、ブース内には朝特有のゆったりとした空気が漂っていた。  この空間において、私の立場はラジオパーソナリティでもゲストでも、はたまた放送作家でもない。ただただそこにいるだけで、動くことも話すことも出来なかった。こんな不自然な状況なのに、目が覚めるまでは夢だと気付かないのは一生涯の謎である。  私の隣には日替わりのゲストが座っていた。そこにいたのは、某女性アイドルの”I”である。彼女は私と同

エッセイ#39『響きの格好良さ』

 そのものの実態に関係なく、あらゆる日本語は「響きが格好良い言葉」「響きが格好良くない言葉」「どちらとも言えない言葉」に分類することが出来る。  例えば四字熟語。一番格好良い四字熟語を尋ねれば、満場一致で「臥薪嘗胆」になるだろう。意味も「苦労に耐える」といったような格好良さげな印象である。  しかしそれとは別に、意味とは関係なく響きだけが格好の良い四字熟語も存在する。「我田引水」なんかが代表的な例である。意味としては「自分に好都合なように取りはからうこと」と格好悪さ全開である

エッセイ#38『ご長寿』

 皆さんは「きんさんぎんさん」をご存知だろうか。正直なところ私はこの2人のことを、そこまでよく知らない。  と言うのも、「きんさん」こと成田きんさんは平成12年の1月に、「ぎんさん」こと蟹江ぎんさんは平成13年の2月に天寿を全うしている。筆者は平成13年の3月生まれなので、2人が生きていた時代を生きていないのだ。  そのため私にとっての「きんさんぎんさん」はテレビの中だけの存在であり、狩野英孝や山西淳よりも遠い存在である。狩野英孝と山西惇は、生で見たことがあるからだ。ちなみに

エッセイ#37『古本屋の思い出-後篇-』

店長 私のアルバイト史上最大の転機が訪れたのは、大学4年の初夏のことである。これまで店長を務めていた船橋さんが、職場を移動することになったのだ。  いつも通り漫画の棚入れ作業をしていると、80円コーナーの本の何冊かが背表紙を上に向けた状態で置かれていた。また誰かがイタズラをしたか、本が独りでに動き始めたのだろうと思い、元の状態の戻すと、全く面識のない男性に声を掛けられた。  「おーい、それ戻しちゃ駄目だよ~」  そう言ったのは「エリアマネージャー」を名乗る人物で、スマホのよ

エッセイ#36『接続』

 最近買い換えたイヤフォンに対して、私は妙な懐かしさを覚えている。買い換えてから数日が経った今日、その正体にようやく気が付いた。  私が買ったワイヤレスイヤフォンは左右の耳がコードで繫がった、首に掛けるタイプのものである。ボタンを長押しするとスマホとBluetoothで接続される、至ってシンプルな作りのイヤフォンだ。  一体これのどこに懐かしさを感じていたのか。その理由は、イヤフォンの接続音に隠されている。ボタンを長押しするとまず初めに起動音が鳴り、その数秒後にスマホとの接

エッセイ#35『古本屋の思い出-中篇-』

きっと本は生きている 1年程アルバイトを続けてわかったこと、それは「本は独りでに動く」ということだ。  皆さんも書店や古本屋で経験したことがあるのではないだろうか。本棚に並べられた本の上部の隙間に、その売場とは関係のない本が横たわっていたり。平積みされた本の上に、数ブロック隣の本が置かれていたり。それはきっと、本が勝手に動いたことが原因だろう。  一度、私はこんなことを考えた。お客さんが一度手に取った本を、やっぱりいらないからと別のコーナーの本棚に置いたのではないか、と。しか

エッセイ#34『古本屋の思い出-前篇-』

まえがき 本日をもって古本屋のアルバイトを辞めた。初出勤は大学1年生の夏のことだったので、もうかれこれ3年半の月日が経過したことになる。  始めた理由は本が好きだからでも、家から近いからでも、時給が良いからでもない。ただただ人との会話が苦手だからだ。居酒屋やコンビニは「見知らぬ相手との会話」が必ず発生する上に、何だか業務内容も大変そうだ。私には絶対に務まらない。「人との会話が少なさそう」を条件に求人サイトを見ていたところ、目に留まったのが古本屋のアルバイト募集だった。  先程

エッセイ#33『陛』

 日課のネットサーフィンをしていると、とある画像ほ発見した。それは小学生の子供を持つ母親(?)が、自分の子供が漢字ドリルに書いた面白い文章に対してツッコミを入れる、Twitterなどでよく見る画像だった。  しかし私はその写真を見るなり、自分の記憶を疑った。添付されていた画像に写る漢字ドリルに書かれていた漢字は、「天皇陛下」などと言うときに使う「陛」の字だったのだ。  そんな字、小学校で習ったっけ?小学校の漢字だったら全て書けるつもりになっていたが、正直「陛」は漢字の雰囲気を

エッセイ#32『20円のボールペン』

 だいたい1ヶ月くらい前に、アルバイト用に20円のボールペンを購入した。よく百均に売っている5本で110円のボールペンのような、キャップが付いているタイプのものではなく、歴としたノック式のボールペンである。私は目を疑ったが、書ければ何でも良かったので、試しに買ってみることにした。  書き心地は、決して良いと言えるものではなかったが、全く書けないということはない。アルバイト先の点検表にサインをしたり、メモを取ったりする程度には充分役に立つ。凄い。凄いが、怖さの方が若干勝っている

エッセイ#31『保存の法則』

 最近、ちょっとした不運に見舞われ続けている。  卒論の参考文献を探しに、遠く離れた街の図書館へ行けば休館日。その帰りにマクドナルドへ寄れば長蛇の列。マイナンバーカートの申請をすれば、顔写真の余白が少なくてやり直し。デパートのトイレでコートを着たら、袖を抜けた手が壁に当たって怒っている人みたいになるし。舞台のチケットを取ろうと思えば、アクセスが集中しすぎてサイトを開けくことも出来ず。やっと繫がったと思えば、予定枚数終了の表示。イヤホンは壊れるし、手袋は友人の車に忘れる。  

エッセイ#30『校章と組章』

 中学生の時、私は科学部の所属しており、毎放課後は旧校舎の理科室に屯していた。入部したてでまだ友達もほとんどいなかった時、よく話しかけてくれたのはT先輩である。若い頃の鳥肌実を、縦に小さく横の大きくした感じの見た目だ。  「ねえねえ君、これ回るんだよ。」そう言ってT先輩が取り出したのは、学ランの襟に付いた「組章」である。回るとは一体どういうことか。しばらく話を聞いてもよくわからなかったので、先輩は実際に回して見せてくれた。  ここで簡単に組章の説明をすると、学ランの襟に空いた

エッセイ#29『石油ストーブ』

 毎年この季節になると、中学生時代の係を思い出す。  私の母校には、生物係や刑事係の他にも国語係や数学係のような教科係があり、クラスの全員が何らかの係に属するような仕組みになっていた。このシステムは学期毎に一新され、長期休暇明け最初の週には必ず係決めのホームルームが催される。私は毎年3学期には、ここに所属しようと決めていた係があった。  その係とは、「給油係」だ。なんだかガソリンスタンドみたいな名前だが、この場合の油は「灯油」のことである。つまり給油係とは、冬季限定で教室に設