エッセイ#39『響きの格好良さ』

 そのものの実態に関係なく、あらゆる日本語は「響きが格好良い言葉」「響きが格好良くない言葉」「どちらとも言えない言葉」に分類することが出来る。
 例えば四字熟語。一番格好良い四字熟語を尋ねれば、満場一致で「臥薪嘗胆がしんしょうたん」になるだろう。意味も「苦労に耐える」といったような格好良さげな印象である。
 しかしそれとは別に、意味とは関係なく響きだけが格好の良い四字熟語も存在する。「我田引水がでんいんすい」なんかが代表的な例である。意味としては「自分に好都合なように取りはからうこと」と格好悪さ全開であるが、響きだけは格好良い。同様に河岸段丘かがんだんきゅう五言絶句ごごんぜっくなんかも、響きに関しては申し分ない。

 駅名ではどうだろうか。一番格好良い駅といえば、もちろん「五百羅漢ごひゃくらかん」である。これは一般教養と言っても良い。響きも漢字も格好良く、路線名も大雄山だいゆうざん線と三拍子揃った格好良さを持った駅である。
 反対に日本で一番格好良くない駅名は「谷保やほ」である。東京都国立市にあるJR南武線の駅だ。うん……。どうも格好良いとは思えない。漢字を入れ替えた保谷ほうや駅は「どちらとも言えない言葉」なのだが、この違いは何なのだろう。
 ちなみに保谷駅があるのは東京都西東京市東町であり、「東」が3つも使われた面白い住所だ。それに比べて谷保駅の住所は東京都国立市谷保なので、特に面白味もない。

 七五調の言葉は格好良く聞こえがちである。感謝感激雨霰かんしゃかんげきあめあられとか、東京高等裁判所とか。
 しかしよくよく考えてみれば、サイン・コサイン・タンジェントとか、水兵リーベ僕の船とか、ラッキー・クッキー・八代亜紀とか、いつまで経っても覚えている言葉は七五調のケースが多い。きっと日本人の耳に馴染みやすいように作られているのだろう。
 最も格好良い響きの七五調の言葉は「関東上流江戸桜かんとうじょうりゅうえどざくら」だ。関東学園大学 、(京国際大学、) 武大学、通経済大学、 江戸川大学、美林大学をまとめた呼び方で、響きだけでは他のいかなる大学群よりも格好良い。背中に刺青として彫るなら、東京一工よりも関東上流江戸桜である。
 一方で、これ微妙だなぁと思う響きの七五調は「巨人・大鵬たいほう・卵焼き」である。戦後の日本における子供に人気のある3つのものであるが、どうも「卵焼き」が足を引っ張っているように感じられて仕方ない。せっかく「巨人」と「大鵬」で勢いが付いたのに勿体ない。それに卵焼きはスポーツでも人間でもないので、何だか統一感がない。

 こんな風に意味や見た目は気にせず、ただただ響や字面だけで評価してみると、意外なものが上位に上がったりもする。
 そして、谷保駅周辺に住んでいる人、谷保駅が好きな人、谷保駅周辺に好きな人が住んでいる人、谷保という苗字を持つ人、谷保という苗字を持つ人が好きな人、大変申し訳ございませんでした。

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