エッセイ#30『校章と組章』

 中学生の時、私は科学部の所属しており、毎放課後は旧校舎の理科室にたむろしていた。入部したてでまだ友達もほとんどいなかった時、よく話しかけてくれたのはT先輩である。若い頃の鳥肌実を、縦に小さく横の大きくした感じの見た目だ。
 「ねえねえ君、これ回るんだよ。」そう言ってT先輩が取り出したのは、学ランの襟に付いた「組章」である。回るとは一体どういうことか。しばらく話を聞いてもよくわからなかったので、先輩は実際に回して見せてくれた。
 ここで簡単に組章の説明をすると、学ランの襟に空いた穴に挿すように取り付ける、自分のクラスが記されたバッヂである。これが雄ネジの部分と雌ネジの部分から形成されており、クラスが書かれた方のパーツ(雄ネジ)は、「〇年〇組」の面を天井に向けるとコマのような形になるのだ。先輩はよく、これを指で上手いこと回して遊んでいたらしい。
 なるほど、この飾りはこんな仕組みになっていたのか。そう感心していると、T先輩の実演が始まった。「こうやって、親指と人差し指でつまんで。」と先輩が2本の指を反対の方向に動かすと、組章は勢い良く手から放たれ高速回転を始めた。高速回転した組章はするすると机の端の方まで走り、理科室の流し台の排水溝へと吸い込まれて行った。
 あっ。2人の声は揃った。
 しかし流される寸前に組章は救出され、最悪の事態は免れた。俊敏なT先輩の救出姿は、今でも脳裏に焼き付いている。「危ない危ない。校章じゃなくて良かった。」と先輩は安堵していたが、その後は組章を回す姿を見ていない。試しに校章と組章を回してみたが、校章は軸の部分が短く太いため、ほとんど回らずに明後日の方向に飛んで行ってしまう。本当に校章を回していなくて良かった。

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