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<地政学>自ら望んで小国になった国、カナダの地政学を語る

 地政学は最終的には各論に落ち着く傾向がある。国際社会の国の数は一般化するには少ないし、同じ条件の国も存在しないからだ。アメリカやウクライナといった国の地政学についてはさんざん記事にしたから今回はやめておこう。今回は普段注目されない国の意外な側面について注目したいと思う。

 カナダのイメージは基本的に良い。国土は広大で、天然資源には恵まれ、かなり豊かな先進国だ。ユーラシアの喧騒からは遠く離れており、二度の世界大戦の被害は皆無だった。北米大陸に位置しているのでアメリカとの貿易もしやすい。おまけにアメリカと違って治安が良い。このことをとってアメリカの上位互換とする考えもあるだろう。

 そんな平和で安全なカナダだが、実はこの国の地政学的条件は良くない。というより、見方によっては最悪かもしれない。カナダはいつ滅びてもおかしくない地理的構造をしており、そのことを自覚しているが故にむしろ賢明に立ち回ったのである。

 これはカナダの人口分布だ。カナダは世界第二位の面積を誇るが、国土が北にありすぎるため、ほとんどが居住に適さない。人口のほとんどはアメリカとの国境地帯に住んでいる。カナダの実情はアメリカとの国境に張り付いた細長い国であり、お互いとの行き来よりもアメリカとの行き来の方が容易い。

 例えば西岸のバンクーバーはカナダ第三の都市だが、ロッキー山脈を越えてアルバータ州に行くよりも、シアトルに行った方が遥かに近い。山脈を超えたアルバータ州からオンタリオ州までの地域は人口稀薄地帯であり、東部の人口密集地帯まで行くのに何千キロも進まなければならない。オンタリオ州は最大都市のトロントがあるが、これもアメリカに突き出すように存在しており、五大湖の海運に頼っている。その東のケベック州はフランス語地域であり、いつの時代も分離独立運動を起こしていた。もしケベック州が独立すればその東のハリファックスやニューファンドランドは孤立してしまい、アメリカに向かうしかなくなるだろう。

 要するに、カナダという国は細く積まれた積み木のような国であり、アメリカに極端に依存しているということだ。カナダの人口はアメリカの10分の1であり、国力でも圧倒されている。アメリカが仮にほんの僅かでも軍事行動に出れば、カナダという国はあっという間に寸断されてしまう。カナダが現在も存在しているのはアメリカの善意によるものであり、ほんの少しでも軍事的に自立した行動を起こそうものなら即座に葬り去られてしまうだろう。アメリカが小指の先を動かしただけで即座に消滅するというのがカナダの実情なのである。

 カナダはアメリカ独立戦争の後も大英帝国に留まった地域によって構成されている。両者は一度全面戦争に陥っている。1812年の米英戦争でアメリカはカナダに進撃しているが、途中で攻略をあきらめている。この時代、今ほどアメリカは強力ではなく、イギリスは世界最強国だったので、なんとか故国を守ることができた。いまだにこの時の記憶はカナダの国民的誇りになっているそうだ。

 ところがアメリカがどんどん強力になり、北米大陸の地域覇権国になると、カナダは一切アメリカに逆らうことはできなくなった。カナダが北米大陸の独自勢力として振舞ったことはない。メキシコや南部連合とバランシング同盟を結んでアメリカを封じ込めるなんてこともなかった。カナダはひたすらにアメリカに敵意を向けられないようにしていたのだ。軍事的に敵対の意志を一切見せず、おとなしくしていた。カナダにとって幸運だったのは英米が対立関係に陥らなかったことだ。アメリカの北米覇権において最大の脅威は大英帝国だったはずだ。両者が争えば必ずカナダが激戦地になる。

 カナダはひたすら強者にバンドワゴンを続けた。カナダは1867年に自治領になったが、その後もイギリスに忠誠を誓い続けた。いまだにカナダの国家元首は英国王である。カナダは第一次世界大戦に遠隔地にもかかわらず大量の兵士を送り込んで多くの犠牲を出した。世界大戦を一緒に戦ってからは、その対象はアメリカになった。カナダは積極的にアメリカと友好関係を結び、NATOをはじめとした軍事同盟に参加し、朝鮮戦争から対テロ戦争までいろいろな戦争に参戦している。お陰でアメリカVSカナダというと誰もがアイスホッケーを思い浮かべるようになった。

 カナダの経済規模は世界第10位だ。膨大な天然資源と増加し続ける国民のおかげで国力はかなりのものだろう。それにもかかわらず、カナダの生き方はルクセンブルクやタジキスタンのような小国に近い。小国は大国の善意がないと生き残れないことを自覚しているので、むしろ安全だ。大国にケンカを売らないし、誰の脅威にもならないので、敵意を向けられにくい。大国の保護下に喜んで入り、第三国は手が出せなくなる。いやしくも自主独立なんてことは考えない。大国の一部として軍事上経済上のメリットを享受しながら、国家主権を持てることが小国にとっての喜びなのだ。

 小国とは国のサイズというより、生き方の問題なのかもしれない。キューバは人口1000万人で経済的にも中進国だが、中米の独自勢力として存在感を発揮している。イスラエルの人口はさらに少ないが、小国どころか覇権主義国のようにふるまっている。北朝鮮は小国として生きることを拒否するのが国家的アイデンティティなので、核開発や自力更生などでトラブルを引き起こしている。この国がもし中国の保護国として生きることを決めていたら、安全保障上の脅威は半減しただろうし、改革開放ではるかに豊かになっていただろう。これらの国の生きざまはカナダとは大きく異なる。

 賢い小国は特定の大国へのバンドワゴンを徹底することが多く、安全保障上の問題に巻き込まれにくい。例えば旧ソ連諸国のうち、バルト三国は徹底してNATOに歩調を合わせ、ベラルーシは徹底してロシアに歩調を合わせた。小国が生き残るにはそれがベストだと理解していたからだ。むしろ大国のパートナーとして認めてもらえるというのは小国にとって誇りなのである。ところがウクライナは中途半端なサイズだったため、小国になることができず、悲劇的な運命を辿ることになった。

 地政学の興味深いところは、国力の強い国が良い運命を辿るわけではないということだ。ドイツは強力になればなるほど周辺国の敵意を掻き立て、第二次世界大戦で悲惨な最期を遂げることになった。第二次世界大戦に参加した欧州大陸の国で首都が陥落しなかった唯一の国はどう見ても国力が強いとは言えないフィンランドである。小国だから生き残れないということは全くなく、全ては立ち回りと運勢次第なのかもしれない。世界最大の小国であるカナダもその一例なのだ。

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