梅香る南関東をゆく:青梅市 吉野梅郷 その④

画像1 吉野梅郷つづき。ウメ輪紋ウイルス、プラムポックスウイルスで全滅した吉野梅郷のその後を、酎愛零は追う......
画像2 吉野梅郷から完全に梅の木が姿を消したのは2014年のこと。それまで行われていた「吉野梅郷梅祭り」に代わり、跡地に菜の花や玄海つつじなどを植えて「吉野梅郷花祭り」を開催したものの、集客数は昨年の約一割というありさまでした
画像3 けれども、プラムポックスウイルス防除の強化対策が農林水産省より発表になり、強化地域内のアブラムシ駆除の徹底などを行って効果が認められれば、植栽が可能になるともされたのもこの年ですわ
画像4 再植樹への道が示されたと思ったのもつかの間、年度内の植栽許可は下りませんでした
画像5 翌年度、さらに防除を徹底し、今度こそはと臨んだ年に一度の農水省検討会において──吉野梅郷を含む一部地域にて、再植樹が認められたのです。
画像6 2009年から始まった長きにわたるこの問題に終止符を打つ、その第一歩──青梅の民の悲願は、11月の植樹式から、その一歩を踏み出したのです
画像7 苦難の歴史を、つい最近まで歩んでいらしたのですね。かつてはどのような賑わいをみせていたのでしょうか......
画像8 そうこうしているうちに東口?の神社まで下りてまいりました。神社が出入り口なんですの?
画像9 ああ、裏手を通るのですね。さすがに神社の境内を出入り口に組み込んだりはいたしませんでしょう!
画像10 ここが東口ですわね。梅園というよりも、なんだか登山道の雰囲気がございますわ
画像11 さあ、再突入いたしますわよ!体力の続くかぎり歩いて上りますわ!
画像12 白梅の八重、「残雪(ざんせつ)」。たとえお手洗いであってもピントをぼかせば山小屋風味になるものですわね~
画像13 巨岩と深緑。雲間から差し込む光が神秘的ですわ......
画像14 もうこのあたりまで来ると、匂いが完全に「山」なんですよね。たしかにこれならイノシシ出そう
画像15 比較的背の高い「内裏(だいり)」がございましたわ。わたくしの頭上に広がるくらいの高さがあります
画像16 まるで無人のように見えますでしょう?でもでも、じつは中学生くらいの子らが連れだって歩いてくるのをなんども目にしておりまして、地元の民に愛されているのでしょうねえ......と思いましたわ
画像17 GO!脚力ブースト!(歩きながらゼリー飲料で栄養補給しています)
画像18 一時的にスカーンと快晴になりましたわー!気ー持ちいーい!
画像19 ここまで来れば、あとはこの広場を経由して帰るだけですわね
画像20 結局、最後までお天気は変わりやすいままでしたけども......
画像21 旅の最後に、こんな神々しい光を浴びるための布石だったのかもしれませんわね
画像22 10年後、20年後には、この広場にも人だかりができて、新たな梅の林をたんのうしていることでしょう
画像23 「福寿梅(ふくじゅばい)」。今はまだ若木でも、
画像24 蕾は花開き、未来へと思いをつなぎます。未来の大樹の夢を。
画像25 遠征のゴールを祝福するように、紅梅のあでやかな香りが吹き上がってきます
画像26 出迎えてくれたのは「鹿児島紅」でも「紅千鳥」でもなく、「紅牡丹」。ここに来て、初めての梅に出会えるとは!
画像27 あの太鼓橋を渡って、園内路はコンプリートですわ。もう二万歩を超えておりますわ。それよりなにより膝がガクガク
画像28 かつての栄華を偲び、満開の梅が咲き誇る様を幻視しながら、未来の繁栄をお祈りします
画像29 願わくば、梅を愛でられる平和な時代が、何十年も、何百年も、とわに、つづきますように。
画像30 名にしおう吉野梅郷は、梅を愛する人々の手によって、壊滅から不死鳥のごとく甦った梅林でした。10年後、20年後にまたお会いいたしましょう!それではまた、どこかの梅林でお目にかかりましょう。ごきげんよう~

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