8年目・・・・

「先見の明を持つこと。」

自分の職業は会議通訳なのだが、会議通訳には大まかに分けて一般の会社に所属する通訳者(正社員、契約社員、派遣社員など)と、フリーランスで仕事を受ける通訳者がいる。その他に通訳派遣会社の社員になっている通訳者もいるが、それはここでは触れないでおく。

通訳になりたい人達はだいたい「フリーランス」になりたがる。
フリーランスだと、受けた仕事のためだけに現場(会場)へ行くだけなので、毎日通勤する必要がない。それでいて、レベルにもよるが、半日で2万~10万円くらいは稼げるのだ。

私も「フリーランス」の時代が結構長かった。朝たった30分の通訳で2万円の報酬をもらうなど、結構美味しい思いもした。だが、そんな美味しい仕事は毎日は来ない場合がほとんどだ。他の業種のフリーランス(自営業)と同じく、季節により、または時期により、受注数は一定ではない。営業活動もせねばならない。

さて、通訳者は時にチームを組んで仕事をする。ある時、60歳代の通訳者とパートナーになった時期があった。私から見れば「先輩」に当たるその方たち。胸を借りて勉強させていただく気持ちで臨んだのだが、そこで見たものは『度忘れ』『訳が即座に出てこない』など、加齢による脳内CPUの劣化であった。加えて、目まぐるしく変わるビジネスやテクノロジーに着いていくための勉強を行っていないことによる明らかな「知識不足」。

中にはあまりにも通訳のパフォーマンスが悪く、業務半ばで「君、もう帰っていいよ」と言われた通訳者も見た。金を払っている側はシビアなのは当たり前だが、私は恐怖を覚えた。

自分もいずれは年を取る。脳内CPUが劣化するとパフォーマンスが出せなくなる。一旦離れたお客様から再度依頼されることはない・・・・

そんなことを、諸先輩がたを見ていて思った私は、フリーランスなんかとっとと辞めて何が何でも正社員になりたい!と思うようになった。

毎日の通勤なんか、仕事が無くて収入が途絶える恐怖に比べたら屁でもない。金融資産も親の財産も皆無な独身女にとって一番恐ろしいのは「収入が途絶えること」だった。(今は再婚して夫がいる身であるが、前夫と死別してから20年間は独り身だった。)

それに、高齢の母がいる。フリーランスの場合、母にもしものことがあったら仕事を断ったりしなくてはならなくなる。貯金ゼロ、国民年金しか収入がない高齢母を支えるためにも、絶対自分は正社員にならねばと思った。

そこで、とにかくどこでもいいから正社員で雇ってくれるところを探した。
今の会社は紹介予定派遣で正社員となったのだが、必ずしも自分の望んだ業界の会社ではなかった。むしろ苦手な業界だった。だが、四の五の言っていられない。とにかく正社員としての地位を獲得しなければ!

そんな風にして入社し今月で8年目となった。

先見の明があったのかどうかはわからないが、コロナ禍でもうちの会社の業界は大きく影響を受けなかったため仕事はなくならず、ありがたい事に毎年昇給している。

フリーランスを続けていたらこのコロナ禍でどうなっていただろうか・・・考えただけでも恐ろしい。

フリーランスという聞こえの良い働き方を諦め正社員にシフトしたこと、そして苦手な業界の会社でもとにかく雇ってくれるところに飛び込んだこと、今考えると「不本意なことを敢えてやることで結果オーライになる」こともあるのだと、改めて実感する婆ちゃん57歳の春であった。

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