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ウサギ小屋  短編小説(3897文字)


これはどうも、橋本先生、さあ中へどうぞ。いまお茶を入れますから、そこにお掛けになって下さい。いやどうもこの所いいお天気がつづきますな。子供たちもすくすくと育って、よろしいことです。はい。私ですか、いやいやずっと独り身を通してきたもんで、あんな元気のいい孫が欲しいもんですよ。ええ、橋本先生のような息子がいてくれたら、そりゃあまあ。ははは、さあどうぞお茶を。それで話っていうのは、はあ例のあれですか。これで二回目ですからね。私がぼんくらなせいですみません。いやそうですよ、夜は私しかいないんです。この小学校を守るのが仕事なんですから。私を責めてるんじゃない、いやそう言ってくれると、はい本当に申し訳ありません。しかし酷いことをする奴がいるもんですね。まったく。死体ですか、はあ東の花壇の側に埋めてやりました。一回目は鍵をこじ開けられて、今度は金網を切られて、まったく面目ありません。それでなんですか、警報機をつける。そりゃいい考えで、まだ決まってないんだけど、はあ左様で。こんな年寄りだけでは心もとないですからね。そういう意味じゃないって、先生は優しい方ですね。だから子供たちにも人望が厚い。いえお世辞じゃございませんよ。本当ですから。そのお茶おいしいでしょ、静岡の親戚から送ってもらうんですよ。警報機ですか、ええ来週に、はあそうですか。二度ある事は三度あるって言いますからね。しかしウサギを刺し殺して何が楽しいんですかね、そうですよ、そうです。子供たちがあんなに可愛がって、毎週当番が決まっていて、ウサギの糞を掃除して、藁を入替え、にんじんを洗って、そりゃあ熱心なもんです。小さな手で一所懸命に。それをあんなぼろ雑巾のようにずたずたにしやがって、畜生捕まえたらただじゃおかねえ、こう見えても軍隊で身体を鍛えてましたからね。ええ中国の方へ、こうして生きて帰って、この学校で用務員をやって、橋本先生と知り合ったのも何かの縁ですよ。いやあこの学校はいい先生ばかりで。だから良い子が育つんです。私は子供たちが、鯉のぼりの歌をうたうのが好きでね。ああ今日もいい天気だ。はあわかりました、そういうことで。わざわざどうもすみませんでした。二度とあってはならない、ええそのとおりです。協力します、もちろんです。子供たちのためです。どうも、はいありがとうございます。

どうもあの橋本っていう奴は苦手だな。いつもこっちの頭が低くなっちまう。それもこれもあいつが軍隊時代の上官に似ているからだ。あの野郎えばりやがって、嫌な野郎だった。俺ばかり苛めやがってくそ、田舎の猿が。俺の音痴を知ってて、わざと皆の前で何度も歌わせて笑いやがった畜生。でも支那人と戦っている時は勇ましいとこなんか全然ありゃしない、震えてやがったタマなし野郎だ。だからぺえぺえすることなんかなかったんだ、あんな奴。警報機をつけるだって、俺を年寄りだと思って馬鹿にしやがって、みんなで馬鹿にしてるんだ。静岡にだって親戚はいるんだ。もう何十年も帰ってないけど。
ああなつかしいなあ、トヨちゃん。今頃どこで何をしてるのかな。小学校の先生になりたいって言ってたけど。べっぴんだったから、すぐ嫁に行ったかもしれない。トヨちゃん、レモン色のワンピースが似合ってるよ。あらやだ義雄さんたら、お世辞がうまいんだから。トヨちゃん、学校の先生なんかより、映画スターになったほうがいいよ。いやお世辞なんかじゃないさ。くくく、恥ずかしがって頬を赤くして、誰もいないこんなとこで、俺と二人っきりで、やっぱり俺に惚れてたんだな。隠したってだめさ。なあ、あっびっくりしたな。高野先生じゃないですか。さっきからそこにいた、いえ全然気づきませんで、もう惚けてきたんですな私も。何か楽しいことがあったのかって? にやにやして幸せそうな顔を、私がですか。この歳になって楽しいことなんかありゃしませんよ。ええ、いい人をみつけたらって、そりゃ先生みたいな人だったらいつでも。親子ほど歳が違うって、いやあ孫ぐらい歳が離れてますって。これからデートですか先生。そんなご謙遜を、いい人がいたら紹介してくれって、よく言いますねえもう。はいはいどうもそれじゃ、お疲れさまでした。

きれいな先生だ。高野先生は。トヨちゃんそっくりだ。清楚で色が白くて、理知的でおしとやか。レモン色のワンピースが良く似合う。綺麗なまっすぐな脚。細い腰。それでいて出るところは出ていて、やることはやっていて、むちむちの、畜生。あのおっぱいを誰かに吸わしてるんだ。何がいい人がいたら紹介してくださいだ。今時生娘でもあるまい。年寄りだと思って、小馬鹿にしてるんだ。もう立たないと思ってなめてるんだ。セクハラだ。俺だってまだまだ、刀の切れ味は劣ってないぞ。突撃ススメー。おやチャイムが鳴ってる。もう下校時間か。子供たちが帰っていくぞ。さようならさようなら、はい気をつけて帰るんだよ。さようなら。このくらいの歳が一番かわいいなあ、まだ汚れてない子供たち。この子たちは澄みきった小川のせせらぎを飛ぶ赤とんぼだ。夕やーけ こやけーの 赤とんぼーと。子供はいいなあ、俺もなんで嫁を貰わなかったのか。あんなちっちゃいのにお父さんお父さんて来られたら堪らないよ、かわいくてさ。もう俺はおじいちゃんか。孫でもいいや、一人くらい血のつながったのがいれば。もっとましな仕事をしてるのに。昼間は小鳥のような子供たちが,ぴーちくぱーちく、きれいな女の先生もいてにぎやかだけど、夜はいつも一人ぼっちだ。なんか一杯やりたくなってきたな。ちょっと早いけど少しぐらいいいだろ。いいよいいに決まってるさ。年寄りはみんな苦労してんだ。それを最近の若いもんときたら、目上の者に対する敬意を忘れやがって。馬鹿者が。ぜんたーいススメ。止まれ番号、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。四番前へ出ろ、貴様の名は。橋本であります。教員の橋本か、貴様の顔が気に食わん、ぶん殴る。ぼかん、どすどす。どうだ思い知ったか橋本め。先生、先生と言われて調子にのるんじゃねえ、この若造。ふーすっきりした。なんか一杯飲んだら少し眠くなってきた。


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おや、もう夜中じゃないか。鍵の点検もしてないぞ。まあ気にするこたあない。どれよっこらしょと。見回りにでも行くか、懐中電灯と鍵を持って、そうだ誰かに襲われでもしたときの用心にドライバーも持って行こう。泥棒がいたらこれでぶすりだ。夜の学校は誰もいなくて涼しいな。よし裸足で廊下を歩こう。ぺたぺたぺた。ああ足の裏がひんやりとして気持ちがいい。よし、窓は全部閉まっていると。あとはウサギ小屋だ。悪い奴がいたらお仕置きしてやる。大好きなウサギちゃん。元気にしてるかい。子供たちがきれいにお掃除したからね。さてと、ウサギ小屋はと、ここだ。よしよしウサちゃん待ってなさい。ちょっと狭いけど中に入るよ。ほーらほーら怖がらないでおじちゃんですよ。こっちにおいで。ふさふさして柔らかいな、こうして抱いてると赤ん坊みたいだ。はいにんじんだよ、食べなさい。おいしいかい。おや餌が干からびてるな、古いんじゃないか。よく見るとうんちが沢山残ってるじゃないか。ちゃんと掃除してないんだよ、まったく。最近の子供たちは。どういう教育を受けてるんだ。だめじゃないか。わかってるの。ほらにんじんばっかり食べてないで、言うことを聞いてるのかい。ちゃんと掃除をしなさいって言ってるんだよ。昨日も言ったでしょ。また同じことを言わせるの。おいおいごめん、強く抱きすぎたんだね。痛かったかい。よしよし。かわいねえ、耳がこんな長くて、くりくりお目目。怯えなくていいんだよ。びくびくして、どうしたんだい。ちゃんと掃除をしないのがいけないんだ。それをびくびくして。なんで言うことを聞けないの。こんな大きな耳があるのに。うんちが壁にこびりついて汚いでしょ、見えないの。お掃除しなさいって言ってるんだよ。だったらこんな目、ドライバーで潰してやる。刺してやる。どうだ、こん畜生、痛いか痛いか。逃げようとしたな、お仕置きだよ、今度は背中にぶすりだ。これでもかこれでもか。どうだまだわからないか。イテテ、噛みつきやがったなこの野郎。この耳をひきちぎってやる。ざまあみろ。死んだか。次はお前だ、その黒と白の混ざったお前だよ。待て、捕まえた。逃げやがってこの。これでもかどうだ。なんかぬるぬるしてるな。ひひひ、ちょっとかわいいと思っていい気になりやがって。でもかわいいな。心臓がドキドキしてるぞ。お父さんだよ。いい子にしなさい。よしよし、首をボキリとあれ死んじゃった。さてと次は誰かな。お前だ。目が合ったお前だよ。一番きれいな子だ。いい気になるなよ。こうして耳を持って、足で踏んづけて、あれま皮がべろんと剥がれちゃった。ほれ、今度はどうだ。あれま中身がけつの穴から飛び出たよ。まだ生きてやがる畜生。これでもかどうだ。死ね死ね。死んだな。お前らの死体を見て、また子供たちがピーピー泣くぞ。ざまあみろ。ふー、少し疲れたな。この小屋の中で休もう。よっこらしょ。藁の匂いと糞の匂いが混じって、なんか懐かしい気分になるな。はー気持ちがいい。また明日になれば子供たちがやってくる。子供はいいなあ。みんなに可愛がられて。ずるいよ、なんで俺だけこんな目に合わなきゃならないんだ。畜生畜生、子供なんかいなくなればいいんだ。そういや、ウサギ小屋がなんとか言ってたな。まあいいや、今日はここで寝よう。おやすみなさい、お母さん。

平成7年8月



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眠れない夜に

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