【短編小説】コロナ後の世界

このコラムは2021年の夏に行った、早稲田哲学カフェメンバーによるコラム企画の際にFacebookに投稿したものです。こちらはメンバーのあきひとによるコラム。ぜひお楽しみください♪

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「2028年5月21日、この日はきっと人類史に残る歴史的な1日となるでしょう。2020年、世界が新型コロナウイルスの脅威に晒されて9年という時間が過ぎました。我々人類はこのウイルスによって実に多くのものを失い、また多くの素晴らしい人々を失いました。これはこの先どれだけの時間が経っても取り戻すことができないものであり、また絶対に忘れてはいけないことです。しかし人類は強かった。どんな風雨にさらされても、私たちはその度に荒れた地面から立ち上がり、ついに先月、世界からこの忌まわしきウイルスを根絶することに成功しました。今日という日を迎えるために大小の犠牲を払った全ての人々に心より感謝と敬愛を持って、ここに新型コロナウイルスの根絶、「人類の勝利」を宣言します。」


世界保健機関の大会議場は大きな歓声に包まれた。僕はテレビの左角に表示された時間を確認した。18:31。僕は財布と携帯をポケットに入れて家を出た。


渋谷の街中にはマスクを外した若者が、街を内側から破裂させんばかりに溢れていた。視界に映る無数の白い顔は少し僕の気分を悪くさせた。約束の居酒屋に入ると、高校時代の懐かしい顔ぶれが揃っていた。一番の親友だった男は僕の体を抱擁し、空いていたグラスになみなみのビールを注いだ。会は非常に盛り上がり、0時になると一人二人と人々は帰っていった。


「なあ、来週の日曜、またこのメンバーで集まろうぜ。」
かつての親友は僕ともう一人の男に向かって言った。
「そうだね。今から予定空けとくよ。また友達とこうして集まれる日が来るなんて思わなかったから、今日はすごく楽しかったよ。」
僕はそれを心から思っていた。9年という歳月を経て、僕は再び何の心配も気後れも持たずに深夜の街に繰り出し、友人と酒を飲むことができたのだ。今人々は仕事を取り戻し、画面やマスクを隔てずに愛する人と笑い合い、慢性的な死の予感からも解放された。再び当たり前の日常が戻ってきたのだ。自分の求めと求めるという行為の間に隙間が存在しない日常。ワイドショーの知識人はこの9年間を、21世紀という細長い白紙にこびりついた汚点であると表現した。その汚点を過ぎれば、またかつてと同じ真っ白な紙の上に好きな色で好きな絵を描いていけばいいのだと。でも僕はどうしてもそれを信じることができなかった。人々は9年前と同じ笑顔で笑っている。しかしその肉体の中は、9年前とは全く異なる組成を持った機関が音もなく運動しているように思われた。表象が何を見せようとも、その向こう側では確実に何かのスイッチが変わってしまったのだ。それは不幸であるとか幸福であるとか、そういうこととは違う、また別の意味性を包含したものであった。


僕にはこの先の9年や、あるいは1週間がどういった景色を僕の前に展開していくのか、何一つ予想することができない。でも結局はこの新たな匂いと質感を持った大気に僕の体は順応していくのだろう。僕はこの9年で失われた人たちのことを思った。その中には無数の僕自身をも見つけることができた。彼らの幻影は僕の目の前をゆらゆらと揺れ、次第に遠ざかっていった。僕は新たな夜明けの薄明かりの中で、消えゆく彼らの姿を、いつまでも見続けていた。


あきひと

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