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人生で一番しんどい日々の話。

こんにちは!20代社会人のwakaです。

人生で、本当に、これでもかってくらいしんどい日々のこと。
思い出したくもないけど、忘れたくもない、というか、忘れたほうがいいけど、完全に忘れる前にどこかに置いておきたい、みたいな備忘録。


今年度から入った職場で、ある先輩にパワハラに近い、いや、パワハラかな。
そういった行為を4か月ほどされていて、毎日涙を流しながら、それでも職場に行き、周りには笑顔を振りまき、でも心は死んでゆく。。。
こんな日々でした。

その日々のきっかけは、私の仕事での失敗。
その失敗について、何でそうなったの?どう対応するの?そもそもあなたの仕事の仕方って・・・と、どんどん詰められ、前日まで風邪を引いていて、病み上がりで声ガラガラの状態で、必死に脳みそ回転させて謝った。
でも、自分でも不確かなところ、あいまいなところがあって、(今思えばそれが気に食わない、信用できないに繋がったのかな・・・)
すごい形相で、すごい勢いで攻めてくる上司に対して、うまく伝えられなか
った。

そこからは地獄の日々。

同じチームメンバー8人の前で謝罪。(めっちゃ屈辱的だった・・・)
管理者を含め、仕事の見直し。
私だけ、逐一仕事内容を管理者に報告したり、周りは誰も書いていない日報を書いたりすることに。
ここまでは、失敗したのは私だし、本当に反省して同じことはしないようにしようって心に誓っていたから、(屈辱的なこともたくさんあったけど)信頼を取り戻すべく頑張らなきゃ!って気持ちでした。

でも、そこからの毎日は、話しかけても無視か明らかに不機嫌な態度を取り、にらみつけられることもしばしば。
私の仕事に対して何かとケチをつけてきては、それをチーム全体の場で報告され、どんどん肩身が狭くなっていった。
今までやってきた仕事や経験についても全否定するような言葉、精神を傷つける言葉、心無い言葉をたくさん言われた。プライベートのことにも口を出された。

朝から怒鳴るように怒られた日。
動悸が止まらなくて、ロッカーで一人泣いた。
そのあと違う先輩(めっちゃ優しい温かい方)の元へ物を取りに行かなければいけなくて、力を振り絞って歩いたけど、目が回って、フラフラして、うまく歩けなかった。
先輩のところへ行ったとたん力が抜けて、椅子にへなりこんで、手の震えが止まらない。涙も止まらない。でも仕事しなきゃ、立つ、立てない。
こんな私を見て先輩は、すごく心配して「何があったの!?」って聞いてくれた。
でも、「何でもないです、大丈夫です」って言っちゃった。何があったのかを言う元気もなくて、心配もかけたくない、上司を悪者にしたら私がまた怒られる、なんて思って。
(今思えば、その状況で何でもないわけないし、うまく頼れない自分がつくづく情けない!!!)

もう無理だ!ってなった私は、管理者に相談した。
管理者も、何人もの職員から「あれは、パワハラでは?」という声を聞いていたらしく、私の話を聞いてくれ、上司に指導を入れた。
すると、その上司はなんと逆キレ!!!
ぶち切れて職場を出ていった!!!(笑)

その態度に、管理者もキレ!そこから上司と管理者の冷戦がはじまる。
管理者は私の話を聞いてくれたり、上司に怒られた日はフォローに入ってくれた。それでも上司へ直接指導を入れることはできず、ただただ状況が悪化していく一方。
私は、チームの仕事にほぼ入れず、個人プレーの毎日。
仕事が全然もらえない、罪悪感ばかり募る。
弱音を吐きたいけど、「お前仕事ないのに、何言うてるうん」って思われそうで、周りの目が怖くて、気丈に振舞って、帰り道泣いてた。
仕事したい!輪に入りたい!普通に会話したい!
そんな当たり前のことができない毎日が3か月続いた。

そのころには、生理も来なくて、日曜の夜は仕事が怖くて涙が止まらない、家族と電話するだけで涙が出てくる、休みの日にどこか行く気分にならない、上司と同じ空間にいるだけで常に緊張して、顔が見れない。カレンダーを一日一日つぶし、今日が無事終わったことへの安心と明日への恐怖でねむる。
セルフうつ診断をやると、「あなたは重度のうつ状態のおそれがあります。すぐに病院で受診しましょう」って。
いやいや!私が!?そんなわけない!小中高、学校大好き!仕事も大好き!心の病気なんて、無縁です!
だからこそ、「これはなに!?どうしたらいいの?」ともがいてた。

転機だったのは、前にお世話になっていた先輩と話したこと。
距離があってオンラインだったけど、その先輩に、仕事の悩みを全て打ち明けた。
「それ、もう限界じゃない?そこにいて何が得られるの?今までのあなたじゃない、表情も、考え方も。そんな環境からは早く離れたほうがいい」
そう言ってくれた。
ホッとしたし、うれしかったけど、離れるなんて無理、仕事しなきゃいけないし、現実的じゃない!って思った。
「熱が40度出れば、風邪だってわかるでしょう。でも、心の病気は見えずらいの、誰かに気付いてもらわない限り、自分じゃわからないこともある。だから、一度病院に行った方がいい」
たしかにとも思った。心が完全に壊れてしまってからでは遅いかもしれない。

と思った次の日、私は全身にぶつぶつができて、蕁麻疹を発症した(笑)
朝起きてベッドが沈むんじゃないかって思うほど体が重くて、立ち上がれなくて、母に電話した。
「いいから、今日は休みなさい~!」って朝の支度をしながらバタバタしている母に言われ、泣きながら休むことを決意。

休んだ日に精神科を受診すると、適応障害と診断。
適応障害っていうのは、確実なストレスとなる根源があり、それの影響で心身に影響が出ている状態のことを指すらしく、それが「死にたい」とか「起き上がれない」というほど重症なのがうつ病らしい。
(そういうの自分には関係ないって本当にそう思っていた)

私は、その上司が完全にストレスの根源なので、対処としてはそのストレスとなっている上司と離れること。部署移動とか人事配置を変える、または休職、退職とかになる。
部署移動しても、その人に会わないことはないので現実的ではなかった。医者は、可能なら休職したほうがいいというので、判断能力が鈍っていた私は、言われるがまま「そうします」と言って診断書をもらい、休職になった。

そこからどうなったのか、あんまり記憶がないけど、
状況を知っていた管理者はすぐに受諾してくれ、仲の良かった先輩たちが連絡をくれて、励ましてくれた泣
でも日中はベッドから出られず、ずっと一人で泣く。お腹もすかないし、運動したい気持ちにもならない。でも夜は、仕事終わった先輩たちが少し顔を出してくれて、少し笑顔になれた。
その間、仕事が気になって仕方なかったけど、
私をここまで追いやった人たちのことなんて気にするな!って思って、連絡も一切取らず、連絡先もブロックした(笑)

少しずつ回復しているなって思うのは、
この記事を書いていても涙が出てこないこと。
泣いてばっかりいた自分が弱くて嫌いだった。
やられっぱなし、言われっぱなし。言われたことを受け入れちゃって、しっかり傷ついて(笑)もっと強くなりたい、そう思った。

今でも上司は普通に仕事をしている。今まで何人も同じような目にあわせているらしい、でも管理者もそのまま働かせている。
私も同僚も訴えているのに、全然声が届かない。
管理者も動いていると言っているけど、状況は一向に変わらない。
テレビで取り上げられている訴訟はほんの一部で、まだ水面下にこういう現実がゴロゴロ転がっている。
いつ、どこで自分がそういう被害にあうかわからない。怖いな。

でも、この日々は、つらいこともたくさんあったけど、
うれしいこともあったんだ。
それはまた別でかこーっと。

備忘録、長くなっちゃった!!
ごめんなさい!







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