小説「着物でないとっ!」⑮-3
15 和裁士のこころ
「へぇ、あの会長も熱いもの持ってるじゃない」ゆきは会長に対する無礼だった自分を後悔した。
その時、会場の入口付近で観覧していた重厚感のある着物を纏った老人が会場内に入って来た。和裁オリンピックの関係者が慌てているのが会場の全員がすぐ解った。
ゆきは、その老人の顔を思い出してハッとした。それは、昨日のコンクールの競技が始まる前に、美咲と覗こうとした京都展の会場で声をかけた老人であった。老人は応援席のゆきに気づいたようで、軽く会釈をしたかと思うと、ゆきに向かって
「お嬢さん、君が見てもらいたいと言っとったから、見にきましたよ」
「これは、羽根田さま。よくいらして下さいました」会長が老人を出迎える。
「あの人、偉いひとだったんだ」
「加賀で友禅をつくっている羽根田でございます。今日、こちらで和裁士さんのコンクールが行われているということで見学させてもらいに参りました。先ほど、野添会長が今回の優勝、幸さんとおっしゃられましたかね。仕立てに対する気持ちが聞けて、来たかいがございました。」
「お言葉ありがとうございます」
「野添さん、このコンクールはいつもここでやっていらっしゃるのかね?」
「ええ、ただし、時期を今回少し遅くしたので、今回は大京都展と一緒の開催になりました」
「ところでお譲さんは大会には出てないのかな?」
「はい、私はまだ修業中の身で、今回は先生の応援に来ています」
「うちの学校の若松と言います」
「元気のある生徒さんで、指導も大変でしょう?」
「いえ、逆にその元気を私ももらっています」
「野添さん、今回はあの子に和裁コンクールのことを教えてもらったので、覗いてみたが勉強になりました。良ければ、来年は競技しているところも見て見たいので、ぜひ、同じ時期に合わせて開催してみてはどうかの。良ければ協賛してあげても良いぞ」
羽根田は皆の前で野添に提案を行った。会場からどよめきがあがった。
「若松さんや、展示会には入れましたか?」
「いえ、招待状が無いので無理だと言われまして」
「ならば、わしが招待状を渡してあげますから見てから帰りなさい。きっと今後の励みになるでしょうから。それから、この会場にいる方たちも希望されればご招待しますので、ぜひ見て帰ってください」
会場から今度は拍手喝采が沸きあがった。
「みなさん、急にお邪魔して申し訳ありませんでした、日本の着物文化に携わるものとして、これからは反物をつくる者、呉服問屋そして仕立てをされる皆さまが、一緒になって着物文化の発展に協力していかねばなりません。和裁士さんを目指すひとが減ってきているという話も気になっていましたが、今日のみなさんのコンクールを見て私たちが出来ることは協力していきますので、これからも修業に精進するようにお願いいたします」
会場の皆の前で堂々と話をする羽根田を眺めながらゆきは、小声で幸に尋ねた。
「先生、あの方とても偉い方なんでしょうけど、どなたなんですか?」
「幸ちゃん、あの方は加賀友禅の大御所の羽根田泰三先生よ。人間国宝をもらった方よ。いったいどうなっているのよ?」
「え~~~っ!」
「全く、あなたと一緒だと寿命が縮むわね」
「でも、優勝出来て良かったわ。さっそくみんなに連絡入れときましょう」
「はいっ!」
つづく
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