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小説「着物でないとっ!」⑮-4(最終回)

エピローグ


今日もあさい和裁の今日一日の作業が終わろうとしている。

「えっ、それ本当?」

一階で電話番をしていた諸田が二階まで足早に上がってくる。

「ゆきちゃん? ゆきちゃんは?」

「どうしたんですか? 姉さん」

作業をしていた和子が諸田に尋ねる。

「もう、こんな時にゆきちゃん、どこ行ったの?」

「何があったの?」

「今、美咲ちゃんから電話があって、今入学希望者が来たって! しかもふたりよ、ふたり!」

「えっ、本当?」

「ゆきちゃんなら、出かけたよ」利枝が諸田に答える。

「こんな一大事に、いったいどこ行ったの?」

「トニーさんに、おつかい頼むのに、商店街の知り合いを紹介するって一緒に出て行ったけど」

 

流れの速い関門海峡は交通の難所であるが、今日も数多くの外国船が通過していく。自転車を降りたゆきがトニーに話しかける。

「ここは私が一番好きな場所なのよ」

「キモチイイデス」

「そうでしょ。夏には花火大会もあって両岸から花火があがるのよ」

「ココハユキセンセモ スキナバショデスカ?」

「もちろんよ。あなたもきっとこの町を好きになるわよ」

ゆきは海を振り返った。そこには、真っ赤な夕陽に照らされた関門橋が真っ赤に色づいていた。

 

ゆきはポケットから手紙を取り出した。今朝届いたベトナムからの国際便である。


拝啓  若松ゆきさま
 幸先生の和裁オリンピック優勝おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。また、今回の件では、門司和裁の皆様にご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんでした。私は、またベトナムに戻り現地のひとたちと衣類の工場設立のために働いています。
 こちらで着物を作っている人たちは、皆自分がつくった着物が日本や世界に送られて、多くの人に愛されていることに誇りを持って働いています。日本の和裁技術に比べれば、まだまだなのですがみんな真面目なので腕も上がっていくと思います。ゆきちゃんも機会があれば一度工場を見に来たら良いと思います。工場で教えてくれとは頼みませんので安心して来てください。  

ベトナムには呉服屋と和裁士という関係もないので、仕事のやり方も日本とは随分違いますよ。そのため、工場で働いている人は自分の収入をあげるために勉強もするし、たくさんの注文もこなします。日本で和裁士を目指す人が減っているのは事実だし、大切な着物の仕立てを残すためにも海外で希望するひとに教えてもらいたいとも今でも思っています。
 小倉のゆきちゃんたちのお店、こっそり外から見ていました。若い女性が楽しそうに針で縫うことを楽しんでいるのを見て安心しました。ゆきちゃんたちの頑張りがいつか報われる日が必ず来ることを願ってます。幸先生にはいつか日を改めて非礼をお詫びしたいと思っていますが、とりあえずはゆきちゃんから伝えてください。

ベトナムハノイより 老松正男

 

「松さん、私頑張るから」

思えば、老松が門司和裁に来たことがゆきたちを動かすきっかけとなったことに不思議な縁を感じざるを得なかった。

「ユキ ナイテルノデスカ?」

「えっ?泣いてなんかないよ」

「ウソ レターミテナイテタネ。ウソイケナイネ」

「うるさいなあ。それよりもう学校に戻らないと。あなたも先生に丸袖教えてもらうんでしょ!」

「ハイ、ワタシユキセンセイ モットオシエマス」

「教えてもらいますでしょ! 日本語もちゃんと勉強しなさいよ!来週からは和裁くらぶも手伝ってもらうからね」と言って夕暮れの港を自転車のペダルを強く漕ぎだすゆきであった。

 

終  

 

 

 

 

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