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小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第4話-④

第四話 存続協議会 その1

 

 沼太町長の横田はずっと沼太町で働いてきた。三年前に他の職員の勧めで町長に立候補し初めての選挙で当選を果たした。四十年近く役場で働いてきたこともあり、沼太町の住民のほとんどが、もはや鉄道を必要としていないことを把握していた。

 しかし、深河市にある高校まで通う学生は少なくなく、また今後運転免許証を返納していくだろう高齢者のことを考えれば、やはり鉄道を廃線してしまうことが町の将来に遺恨を残してしまうかもしれない。とは言え、鉄道に未練があっても町の貴重な予算を鉄道会社に寄付をして良いという合意はどの自治体もとれていなかった。

 会社側も自治体の予算的な事情をある程度把握していた。そのため、市または町が予算を鉄道存続のために提供できるかについては期待もしていなかった。そして、予想通りに列席する首長の誰一人として、その手が上がることはなかった。

「皆様のご意志を確認させて頂きました。我々も瑠萌線を守りきらずに申し訳ありません。不本意ではありますが、瑠萌線については……」

 裁判官が判決を告げるように、担当者がその言葉を発しようとした、まさにその時であった。会議室の両開きのドアが勢いよく開かれ、作業着姿の男が部屋に入るなり、各長が並ぶ机の方を向いて叫んだ。

「みなさん、少し待ってください!」

 いつもの穏やかな表情は想像もできないほど必死の形相をした雄二であった。


               *


「えっ、おやじが会議に怒鳴りこんだって本当だったの?」

多くの人から聞いてはいたが、おとなしい親父がそのような大胆な行動を取ったことが信じられなかった。本人の口から聞いても、まだピンとこない。

「怒鳴りこんだって誰から聞いた?」

「いや、誰って……」

吉田さんがすまなさそうに小声で親父に伝える。

「すいません。それ、私のお母さんが石井君にそう話したんです。お父さんが会議場に血相をかえて怒鳴りこんだって」

「怒鳴りこんだんじゃなく、会議がすでに始まっていたから途中でドアを開けるしかなかったんだよ。確かに、ちょっと焦ってたから勢いよくドアを開けてしまったのは少しまずかったとは思ったけどな」

親父はその時のことを思い出しているのか、妙に照れている。

「で、どうなったの?」

僕と吉田さんは、親父の話を聞き漏らすまいとさらに耳を傾ける。

「はいはい、急かさなくても話しますよ。全部ね」


第5話へつづく

鉄道会社と沿線自治体の存続交渉は佳境に突入していきます。リアルなタッチで描写されたお互いの本音の交渉をぜひ読んでください。


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