小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第6話-③
・第六話 存続協議会 その三
「すいません。議論については、こちらで考えた前提条件をひとつひとつ北海道鉄道の方そして知事に確認しながら進めたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、わかりました。答えられる範囲でお答えします」鈴井が回答を返す。北海道鉄道からもしぶしぶ了解をもらう。
「まず、北海道鉄道さんにお尋ねしますが、鉄道の経営における費用の支出は固定費と変動費に区別されると思います。そして、鉄道事業の支出としては固定費が占める率が高いと考えているのですが、それで間違いないでしょうか?」
「ええ、鉄道の場合は線路や駅などの施設、そして車両のメンテナンスが必要で、その保守費に一定の費用が必要になります。あとはその保守要員や運転士などの人件費がかかりますので、固定費の割合は高いと言って良いと思います。」
「工場のような生産業とは違うということですよね、……ということはですね。現在と同程度かそれを上回る収入が確保できれば鉄道会社の経営は可能ということでしょうか?」
「はい、数字上ではですね」
ここで雄二は、いったん視線を替えモニターに映る鈴井に話しかける。
「鈴井知事、すいません。北海道の人口は現在五百三十万人と考えていますが、合ってますでしょうか?」
「あ、はい。間違いないです。統計上は五百三十八万人で構いません」
「次に北海道鉄道さんにお尋ねしますが、現在の鉄道事業の収入、いわゆる純粋な切符の売り上げの額というのはいくらになるのでしょうか?」
「純収入ということで考えるなら、現在は約八百億円程度かと思います」
「ここからがこちらの提案の内容になりますが、考え方が間違っている場合は指摘くださるようにお願いいたします」
雄二の提案がさらに核心に近づいていく。
「今、世の中では音楽とか映画の配信サービスでサブスクリプションを採用している業界が増えています。いわゆるひと月いくらで聞き放題、見放題ってやつですね」
雄二はそこまで言うと、一呼吸おいて提案の主題について言い放つ。
「そこで提案なのですが鉄道についても『会員制度による年間乗り放題』に出来ないかということをご提案申し上げます」
「年間乗り放題」という、その大げさな言葉に会社関係者のみならず会議室全体がざわざわとする。
「乗り放題というのは『十八歳の青春切符』とかのことでしょうか?」
「いえ、一日単位の乗り放題切符とかではなくて、年会費を支払うことで北海道鉄道の路線が一年中乗り放題という設定で考えてみたんですが……」
「そういうのものは考えたことがありませんので、実現は難しいように思いますが」
「何故です?」
「いや、列車の運賃というのは国鉄時代から制度として決まっていますし、現在設定している割安な特別切符も基本的にはその運賃制度を元に設定していますので……」
「今まで無かったから考えられないということですか?」
「ええ」
「すいません、勝手な考え方をして申し訳ないんですが、北海道鉄道さんの鉄道収入を八百億円としたときに、北海道の全人口五百三十万人で割ればひとりあたり約一万五千円くらいです。確かに利用できる対象年齢として考えるのであれば、幼少者や高齢者は会員対象から除かないといけません。そのため、感覚的で申し訳ありませんがとりあえず対象を全道の五分の一と想定し、百万人と考えます。この人口で収入を割り戻せばひとりあたりの会員費は年間で八万円強となります。ひと月あたりで考えれば六千五百円くらいです」
「ひと月、六千五百円で乗り放題にするということですか? そんなバカげた話があるかっ……」
「ええ、北海道の路線全てに乗れるという設定です」
雄二はひるまずに話を強硬に進める。
「ええ、私もこの提案を考えている時は、自分は馬鹿なのかという気にも確かになりました。でも、逆に考えれば北海道の鉄道が現在それほどの利用しかされていないということにもなります。そして先ほど確認させていただいたように鉄道経営の支出において固定費の割合が高いということであれば、収入を切符の売り上げではなく、会員費として徴収すれば良いのではないかというふうに考えたのです」
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?