小説「北の街に春風が吹く~ある町の鉄道存廃の話~」第6話-④

・第六話 存続協議会 その三


 この発言で雄二の真意に気付いた各自治体の首長の表情が変わる。モニター越しの鈴井についても、それは同じであった。瑠萌市の大西だけは事前にこの提案の内容を聞いているので比較的落ち着いて雄二の話を聞いていた。しかし、会場がざわざわする様を見ているうちに再び気持ちが昂るのを抑えきれなかった。事実、この考え方を知らされた時に、未来への光が射したように感じ、協議会への復帰の気持ちを固めたのだ。

「その会員費で列車を乗り放題にするということですか?」

「ええ、列車という乗り物についても教えて欲しいのですが、一車両の定員というのは決まっているのでしょうか?」

「いえ、定員というのはあるのですが現状では上限はありません」

「そうですよね。鉄道の不思議なところだと思っているのですが、座席と吊り革の数には限りがあって、車両の外部にも定員数が書かれていますが、現実としては通勤時など乗客が入るだけ乗れるというのが私たちの感覚です」

「それで……、何が言われたいんでしょうか?」この段階になっても会社側からは後ろ向きな発言がされる。少し苛立っているように思える。

「いや、感情を害したのなら申し訳ありません。でも、私たちは今までになかったような、全く新しい鉄道の料金制度を用いることでローカル地方の鉄道を維持する方法を提案させていただきたいのです」

 雄二の声が一段と大きく強くなる。出席者もその発言に興奮している。

「国鉄が民営化された時に、三島の鉄道会社は相当の赤字が見込まれていたことに対し、経営支援基金が準備されました。当初はその運用益でトントンの状態であったと認識しています、その運用利率が下がり当初の収入が確保できなくなり今の現状になっているかと察します」

「だからどうだと言うんだ。私たちだってその運用益にばかり頼っていたわけじゃない。出来ることについてはずっとやってきたんだ」

 雄二はその声を真摯な態度で聞いた。まるで鉄道会社の人間の叫びにも聞こえたからだ。

「北海道鉄道の努力を我々はそして我々以外の道民も十分理解しています。三島の中でも北海道の人口は少なく、そして札幌に一局集中している。そのような状況でローカル線ごとの収支を判断すれば、赤字になるだろうということは容易に推測できます。そして高速道路網の延伸によりそれは加速された」

「俺たちだって、こんなに道路網が拡張されるとは想定もしていなかった。鉄道の経営を良くしろと言われる一方で、道路はどんどん造られる。俺たち、鉄道会社の人間がこの三十年どんな気持ちで過ごしてきたかは理解出来るでしょう!」

「違います。聞いてください。何度もお伝えしますが、私たちは鉄道会社の味方です。提案の本当の目的は、今赤字のローカル線を会社の弱点ではなく、すばらしい宝に変えたいということです」

 これまでの協議会である意味敵対してきた関係が払拭できないことを雄二は歯痒く感じる。

「例えば、ここ沼太町の人が札幌まで家族で出かけるとします。今現在、札幌までの列車賃は四千七百円。往復したらほとんど一万円です。家族四人だったら、四万円となり大きな出費で家族連れで気軽に乗れるとは言えない。自動車を持っている家庭であれば、よほどの理由が無ければ自家用車を利用していると思います。逆に都市部の人が地方に出かける場合も一緒で、鉄道運賃が必要なうえに駅からの観光地までのアクセスも考えなければならない。泊まりの旅行であれば手荷物のことを考えれば車で出かけた方が都合が良いことばかりです」

 会議室の面々はずっと鉄道の利用促進を考えてきたため、この自動車と列車利用の痛いほど理解している。

「鉄道の運賃制度は国鉄から継承したものあり、我々だって極力値上げをしないようにやってきたんだ」

雄二は鉄道会社に問いかけたい核心に踏み込む。

「客観的に考えてみたいのですが、鉄道の発足時には自動車は走っていませんでした。ところが、今では自家用車やトラックが普及し、北海道では無料の高速道路網も整備が進みました。鉄道を囲む環境が大きく変わっているのに、いまだに運賃は変えることもなく距離に比例して高くなる『距離制』をとり続けている。このことが鉄道が衰退した一因ではないかと思うのですがどう思われるでしょうか?」

雄二の言葉にさらに熱がこもる。

「もしも鉄道を乗り放題にすれば、地方から札幌や朝日川のような都市部に列車で買い物や遊びに出かけたいと思う人は増えるはずです。逆に地方の観光地に行くために鉄道パスを使って出かける人も同様です。つまり人口密度の少ない地区でも収入を上げれるということです。そして、そのためには地方部にも線路がないといけない。身近に駅が無い地区の人が会員にはなってくれないからです。そこにローカル線の意義が出て来ます」

その言葉は説得力のある内容であった。しかし、鉄道事業の根幹であう運賃の制度のことに言及されたためか。北海道鉄道会社の出席者は焦りを隠せずに回答が感情的になる。

「そんなこと……、列車がいくら大量輸送機関だと言って、誰でも乗り放題にしたら札幌近郊なんか通勤時間帯に混雑して列車に乗れない人が出てくるじゃないか」

「確かにそういう線区や時間帯があると思います」

「そんな鉄道では安全は保てない。安全は鉄道事業者の使命であるんだ」

「確かに、鉄道会社としては安全だけは確保しなければならない。それは大前提だと思います。でもですね。それは今の設備が現状の鉄道に合わせた規模でしかないからではないですか? 国鉄当時のはホームの数や長さはもっとあったはずです」

「不要な固定資産は減らさないといけなかった事情があったのは知ってるでしょう」

「確かに今の設備や列車本数のまま、乗り放題にしたら、区間や時間帯でパンクする場合があるのではないかとも思います。でも、乗客が増えるのであれば設備を拡大していくことは、どこの業界でもやっていることです」

「一度、撤去した設備をまた造れというのか?」

「何度もお伝えしますが、私たちは鉄道会社の味方になりたいのです。でも、このままの鉄道には未来はありません。先ほど言ったとおりにローカルな路線を弱点ではなく、広いネットワークという長所、宝に変えたいのです。このことはみなさんの方がいつも考えていらっしゃるかと思います。しかし、もしかするとみなさんは過去からのルールや制度に縛られているのではないかとも感じます。私たちはみなさんに新しい鉄道を一から創ってもらいたいんです。そういう鉄道に対して私たちは資金援助をしたいんです。どうか鉄道会社のみなさんにその点だけは分かってもらいたいんです」

 気がつくと雄二の眼には涙が浮かんでいる。今までの協議会では地元の同意も得られずに鉄道会社からの資金の支援要請に応えられずに沈黙を続けるだけであった。 

つづく


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