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デジャヴを感じたらまず思い返してほしいこと

いつも通り完全に独り言ですが、以前同じ会話の流れと道路脇に鳥の無惨なご遺体と誰かの長靴が捨てられたのを見ています。

デジャヴを感じてタロットと喋っていると(誰かに相談できるわけでもないものは大抵タロットと喋ってます。こういうこと言える友達がいないのもありますが)「重要なことに気づいているのに目を背けている。それは今やるべきことがあるのに他に目を向けている証拠。だから私は戻している。気がついてることに気がついてない。それに気づいてほしい」

更に深く聞いていくと、今私が学んでいる大学でのことは将来役に立つことであるからそれをしっかり成果を出してから次に行ってほしいこと、つまりは仏教を大学に行って学ぶのは今すべきことではないとのこと。

親と喧嘩になりました。それもまた前回同じことをやりました。親に言い争い中「この会話前もしなかった?」とは聞けませんでした😅

デジャヴを感じたらリゼロのスバルくんみたいに「気づいてることがあるはずなのになにか見えているはずのものを私は見たくなくて否定している。なんだろう?」と改めて考えてみてください。自分と向き合うツールとして、タロットカードやオラクルカードを使うのも有効です。

タロットカードやオラクルカードは、自分を写す鏡でもあります。

私は「今大学でやってることをちゃんと成果を出すまで頑張る。結果主義になりすぎない。過程を大切にすること。成果を1つ出したら次に行く」でした。ソードのナイトが出て軽やかにそして一直線にスピーディーに走り抜けていました。

そっかそっか、そういえばそうか、そうだよな、と。スピリチュアル仲間もいませんし親とは対立だらけですし内の世界に籠りがちですし最近はアニメや小説でいろんな感情や表現を学んでます。でもこれでいいんです。

人のことを比較し続けてしまう自分もいる。でも隣の芝、そんなに青いだろうか?めちゃくちゃ荒れ地を丹念に丁寧に手入れしてやっと青く見せてないだろうか?私がふと見たときが青いだけで本当はせっせと手入して青く見せていないだろうか?本当に私の芝は荒れ地だろうか?

考えられることはたくさんあります。それは小説からも学べるしタロットから気付かされることも、アニメから学ぶこともある。

大学や学校から学ぶことが全てじゃない。小さい画面から学ぶことが全てじゃない。(だからといって行かなくて良いわけじゃない、付き合い方。学校がだめなら他にコミュニティを作ればいい。でも自分に問題があるかどうかも今一度ふかんして考えてみてほしい。陰があるから陽があるように、原因があるから問題がある。それは今気づかなくてもあとから分かるかもしれないし手を変え人を変え起こるかもしれない。疑って見てほしい。自分に問題がないかを。)

人生すなわち修行です。

あと仏教大学、学費どこに吸い取られてるのかわからないくらい高すぎな?

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