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フィクサー

家に帰れば私にも恋人──になった記憶は無いけどお互いを居場所とした存在──が居る。関係性に定義なんて無いから相手に関心と若干の執着と、甘酸っぱいどきどき(笑)そして、それ相応の行為があれば恋人と呼んでいいはず。お互い口にした事は無いけれど。帰宅ついでに明太子を買う、職場の先輩に誘われたランチで店内の雰囲気とレビューだけが先走りした店の微妙で無駄に高いパスタより、私の方が美味しいものを作れる気がする。今日なに食べたい?って午前中に送ったLINEを確認しても既読すら着かず返事は無し、昼休憩に返せるだろうが、ってフラストレーションを溜めつつ端末を手荒にベッドに投げた。意図的じゃ無いにしろ後回しにされて居るのが気に食わなくて、でも感情に振り回されたく無いからお風呂掃除と晩御飯の準備、部屋の掃除をして気を紛らわす。怒りなんてものは時間が経てば落ち着くから。そうこうしている内に時間は二十時を少し回ったくらい。定時はとっくに過ぎてる。連絡は、無い。ふ〜〜......と細く息を吐き出して落ち着かせなきゃ今にも壁を殴ってしまいそう。大丈夫、大丈夫。そう頭の中で呟きながら何度も端末の通知欄を確認し、怒りではち切れそうな心臓の音に苛立ちを増幅させるばかり。遅れそうなら連絡するって言ったでしょ、出来ない約束をするな、早く返事しろ、今どこ、返事はやくして、我慢出来ずに震える指で追いLINEと電話。繋がらない電話に痺れを切らし、床と端末がぶつかる鈍い音が響いた。負の感情に脳を奪われて正しい判断も出来ず、余裕ばかり失っていくのが怖くて、冷蔵庫から取り出した酒と薬で視界を濁していく。早く帰ってきて、たすけて、前後不覚になった私を心配して、私のために救急車を呼んで!誰に相談しても理解して貰えない巨悪な不安感と孤独感、不信感ばかりが募って胃や食道を燃やすばかり。現実はもういい、救いなんてない、沈もう、逃げよう。────あれから何時間混濁していただろうか、数分経ってもオブラートに包まれてる様に意識が覚醒しなかったのに聞き覚えのある足音に一瞬で目が冴えるのが分かった。開く前にドアを引き、下手くそな笑顔で「ただいま」とほざくあなたの襟首を掴んで引き込んだ。鍵掛けてないとかもういい。てめえがまず一言目に言うべきなのはごめんなさいだろうが。爆発しそうな位の拍動を重なる心臓に任せて幸薄そうな笑顔を硬い拳で打ち崩す、抵抗したら機嫌を損ねて長引く事を知っているから小さな嗚咽と唸り声を上げながらただ降ってくる拳に耐える姿にもっと腹が立った。夢と現実の狭間みたいなふわふわしたトリップの感覚のまま、歯を噛み締め、痛い痛いと玄関で藻掻くそれを立たせて髪を引っ張り、しね、って、わたしがどんなにふあんだったかしらないくせに、って、煮え滾る感情に従い、泣き叫びながら殴る事しか出来ない。暴力と言う手っ取り早い復讐の方法にすっきりしてくるせいで、恋人に向けてる感情が憎しみなんじゃないかとたまに思うけれど不安になるのも、被害妄想で過呼吸になるのも、結局は全部愛故にだから。大丈夫。あなたに食べてもらいたくて一生懸命作って美味しくできた明太子パスタ、あかちゃんの頬みたいに桃色だったけど時間が経って灰色になった。身体だけじゃなく壁や床を殴ってぼろぼろになった拳は恋人がいつも丁寧に消毒してくれるし、絆創膏で包んでくれるし、飲み込んだ酒と錠剤は嘔吐く度に引き攣れる背中を摩って全部吐かせてくれる。だいすきだから不安になったんだよ。だいすきだから分かってくれなくてつらかったんだよ。ひっどい顔でごめんなさいって泣きながら抱き締めて、ふたりで温いお風呂に入って、抱き合って柔らかいベッドで眠って、お互いを失う夢を見て、夜中に叫んで飛び起きる。苦しい。まともじゃない。こんな執着もうやめにしたい。でもひとりじゃ生きられない。はやく、解放してください、きらわないでください、はやくしあわせになりたい。

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