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小説 #06 ソルは図書室でグリーンマンと遭遇する。

ゴーストライターのソルが、自身に去来きょらいする記憶を語る。


僕はかつて、図書室でグリーンマンに会った。緑色のふさふさした毛が生えていた。まるでセサミストリートに出てくるクッキーモンスターを緑にしたようなやつだ。グリーンマンとの出会いが、僕の軌道オービットを決定的に変えてしまうことになる。

僕はその日、大学院の図書室で調べものをするところだった。図書室は地下にあり、施設の充実ぶりをアピールするための未来感を発光しているメインの図書館とは全く雰囲気が違って、そっけない場所である。用事のある院生たちが一人で訪れ、淡々と用事を済ませている。そのミニマルな空気が、僕はとても好きだった。

地下とはいえ、敷地の周囲に明り取りの窓が設けてあって、そこから外の光が差し込む。それらの窓は鈍く厚いガラスで、地上では誰かがその窓の上を歩いていることもあるのだ。

だからその図書室は、その窓を境界として、「こちらは地下、向こうは地上」ということを表していた。二つの世界●●●●●があるんだ、とたびたび、自然なやり方で意識させられる、稀有な空間なのだった。そして、そんなふうに意識を向けさせられることを、僕はとても心地よく思っていた。

そのような場所で、僕は、書架のそばに置いてある椅子に、緑色のでかいぬいぐるみのようなモノが座り、足を組んで本を読んでいる光景に出くわした。そいつは、しゃれた黒縁の眼鏡さえかけていた。

僕はもちろん、言葉なく驚いた。そして立ち止まり、こういうふさふさした着ぐるみを着たやつが抜け出してきてるのかな、と思った。新入生歓迎の時期だったし。
で、じっと見ていると、彼は僕に気づいて静かに顔を上げた。

「やあ」
「こんちは」僕も返事をした。

僕はうろたえた。普段の僕はそれなりの猜疑心スケプティシズムを装備していたはずなのに。その時はなぜだか違っていた。

というか、グリーンマン、(のちに彼のことをそう呼ぶようになるのだが・・・)彼が本から目を上げて僕を見た瞬間に、コトリと音がして、僕は小学生の僕へ退行してしまったのだ。

いつもの猜疑心はたちまち退しりぞき、代わりにふくよかなるバージョンの僕、好奇心と有り余る時間とに包まれた、夏休みの子どもの僕が久方ひさかたぶりに出現した。

僕はグリーンマンにインタビューしている。
僕:「どうしてそんな格好をしてるんですか?」
グ:「ぬいぐるみがすきなもので」

グリーンマンはしゃれた黒いセルフレームの眼鏡にちょっと手をやる。顔は映画俳優のマーティン・フリーマンに似ている。眼鏡をかけたぬいぐるみ姿がしっくりとなじんで、なおかつ知的な雰囲気だ。

僕:「学校でみんなになんか言われませんか?」
グ:「あぁ、そういうことはないですよ。都会の人は奇妙なものを見ても驚きません。いちいち驚いたら、みっともないと思ってるんでしょう・・・。それに、猿が歩いているとなれば、警察だか消防だかに通報されるかもしれないけど、僕は普通の人間の大学生なので」

僕:「確かに・・・」ぼくは頷かざるをえなかった。
グ:「僕のような存在がいた方が、世の中がカラフルになる。そう思いませんか?」
グリーンマンは眼鏡の向こうに得意そうな笑顔を浮かべる。

僕:「しかし、ぬいぐるみが好きなら、ぬいぐるみを持って歩くのもいいですよね?」
グ:「あぁ、ぬいぐるみを連れて回るだけじゃ、どうもやわ●●な気がしたんです。どうせなら、極端に突き詰めたかった。それで、自分を●●●ぬいぐるみ化しました。こう考えてみてください。何かが好きなのでそれをコレクションし、自分のそばにたくさん揃えておこうとしますよね。例えば車とか、レコードとか、宝飾品とか、そういうものを集める。もう一つの形は、自らのそれへのぎりぎりの近接を試みる。あまり身近な例ではありませんが、即身仏になるとか、小説を書くとか・・・」

僕:「即身仏になる?小説を書く?とても難しいたとえですね。それらの場合、自己は何に近接しようとしているのでしょう・・・?」

グリーンマンは饒舌じょうぜつだったが、僕もいつの間にか、べらべらと言葉を並べていた。

そういうのは、とても久しぶりだった。ふくよかな小学生であったころの僕は、確かにこんな感じだった。べらべらと言葉を並べるのが好きだった。前後の関係なんか考えずに。こんなふうにも言ってみれる、ということ自体で遊ぶかのように。こんな●●●ふうにも、あんな●●●ふうにも言ってみれる。口に出してみれることを僕ら小学生は言祝ことほいでいたのだ。

僕はグリーンマンともっと話をしたくなった。

「ねえ、これから僕んちに来ない?」グリーンマンが眼鏡越めがねごしに僕を見てそう言った。


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