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1999

1999年というのは不思議で、なぜか特別感がある。ひとつ進むと2000年という新しい節目で、ひとつ戻るとなんでもないような中途半端な年になる。その絶妙な感覚が、きっと自分には特別だったのかもしれない。
1999産まれということに、なぜか誇りを持っている。
ひとつ理由をあげるとすれば1999年という年が様々なコンテンツに使われたり、音楽として消費されたり、映像として消費されたりしているからだろう。
1999年という年には世界の終わりが予言されていたノストラダムスの大予言があり、ノストラダムスの予言が当たると私が産まれてなかったわけだが…そういう蔓延する終末感、陰鬱な空気、何をやってもうまくいかない世の中…そんなムーブメントが巻き起こしたものだったんだと思う。
かくいう私もその90年代に蔓延る陰鬱な世界観から作り出されるカルチャーや音楽を愛している。
そんな超絶サブカル世代なわけだが、やはり生まれながら肌で感じていた空気感というものは今の人生にも直結するわけで。
どうせ終わりが来るのなら、別に何が起こって欲しいわけでもなく、辛いことがあったわけでもなく、ただ静かに、静かに世界と自分が終わって欲しいと常々思いながら生きるのも、多分そういう生まれや好きなコンテンツから摂取した空気感を感じてしまっているからだろう。
そういう世界の終末を待つような人達を世の中では「doomer」と言ったりするらしく、この世代の若者たちはどの世界でも同じことを考えているらしい。

美少女ゲームに忘れられないセリフがある。

「こんなに痛くて苦しいことはもうたくさん」
「それでも、わたしたち……生きていかなくっちゃいけないんだね……」

須磨寺雪緒
天使のいない12月より

当時は須磨寺雪緒の存在がとても衝撃的だった。自殺願望があると言ってきたり、いきなり飛び降りようとしたり、いきなりやめたり、セックス依存のメンヘラだったり…それでも彼女の行動はとても魅力的で、最後のENDも深く自分の心の中に何かを残したのだ。
彼女の言動に惹かれながらも、どこか自分と似たようなところがあると共感していたんだと思う。
自分が突然いなくなっても、それこそ世界が終わろうと誰も自分のことを知らず、自己を確立出来ず、時は進んでしまう…でもどうせいつかは終わりが来る。家族や友人、大切なものも不変で居続けることはない。そんな虚しさと幻想と虚構に立ちながら自分を持って生きるなどしんどいことこの上ない。
静かに自分が終わって欲しい。でも変わって欲しくはない。死ぬのも怖い。変わるのも怖い。いつか終わるなら、今死を選んでもいいのではないか?大切な人と一緒に飛び降りれば2人でこの世界じゃないところに行けるのではないか?もう、どうせなら世界ごと終わってくれたら楽なんじゃないか?
人間とは矛盾と常に板挟みに生きる生き物で、彼女の欲求や願いは純粋なものだったのだ。
そんな彼女が、絞り出して言ったようなこのセリフは自分の中に深く残っている。
前述した誇りを持っている理由も勿論当てはまるとは思うが、もうひとつ、考えられる理由として…1999年に誇りを持つことは苦しいことが沢山あるようなこの世の中で、自分を保っているための保険であり、心を保つひとつのプライドなのかもしれない。
どうしようもない人生を、終わりを待ちながらとぼとぼ歩いている。痛くて苦しいことがあっても、生きていかなくちゃいけないのだ。

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