5.28 ルアンパバーン、渡し舟

感動の景色を見た。
ひっそりと。

今日は回復とやることやる日ということで
メコン川沿いのwifiのあるカフェに入り浸る。

昨日の熱中症なのか、
2人して泥のように眠り、
今日も涼しい場所以外には行けそうにない。

久しぶりに石鹸で手洗いではなく
洗濯機で洗ってもらった服が
いい香りで幸せに包まれる。

今日も5:30に起きて托鉢に参加する目標は
叶わなかった。起きたのは10時前。
さらにいろいろやっていて、
活動し始めたのは12時ごろだろうか。

ルアンパバーンが京都のような感じで
1番観光地ぽく、大規模な托鉢も有名。
托鉢も観光客がたくさん参加したり
撮影会のようになってしまっているらしい。

ルアンパバーンでは
街の中心地や川沿いは住宅を中国資本や
他の資本が買取り観光客向けの
宿やカフェが並んでおり、
現地の人が住んでいなく、
空洞化が進んでしまっているという。

そして皮肉にも
現地の人が托鉢に参加できない代わりに
観光客が托鉢に参加し、僧侶が貧しい人たちや
こどもたちにお米を分けているという
記事を読んだ。

カフェは清潔感があって
冷房はつけていないも比較的涼しく
メコン川がよく見える。

ここも外国資本によって建てられて
安い賃金で現地の人は働き、
ほとんど大元が持って行っているような
場所なのだろうか。

実情は分からないが2023年の記事で
ラオスの最低賃金が月に
130万から160万キープに
引き上げられる、というのを読んだ。
それでも1か月で1万円ちょっと。
しかも、輸入に頼っているラオスの
インフレとキープ(ラオスの自国通貨)の下落は
止まらないことを考えると、
実質的に賃金はマイナスであるという。

そう思うと素直に景色がキレイで
オシャレで居心地のいいカフェ、
ルアンパバーン最高、とはなれない。
どうすることがいいのかも分からない。

ただ、自分たちが旅をさせてもらっている
国や地域のことをもっともっと
知らなくてはいけないと毎日感じては調べて、
断片的に小さな小さな欠片を拾っていくも、
手応えはない。

それとは別に、
今日はこのカフェに長居させてもらう。
幸い観光のピークではないのでお客さんは
かなり少ない。

飲み物と朝ごはんを頼み、
また飲み物を追加し、
ご飯を追加し、
飲み物を追加し。
そんな感じで過ごさせてもらう。

初めに食べたチキンのお粥は
優しくて温かくて
疲れた体に染み渡っていく。

ちなみにラオスでよく見る
オレンジコーヒーというのを頼んでみると
オレンジジュースが下に6.5割、
ブラックコーヒーが上に3.5割くらいの
色が可愛らしい飲み物が出てきた。

おまけに見た目だけじゃなく
オレンジジュースの酸味と甘みが
ブラックコーヒーの苦味と酸味と
絶妙にマッチして美味しすぎる。
日本でも既にあるのかは分からないが、
ぜひ流行ってほしい。
これが美味しすぎて、2回も頼んだ。

別の飲み物の看板メニューの1つに
Nurasaki Imoというのがあって頼んでみた。
それが紫芋のペーストを牛乳で割った飲み物で
なんで日本語なのか分からなく
沖縄のお土産を食べているような
不思議な感覚だった。

久しぶりに日記を書いたり、
動画を作ったりと、ゆっくりした
振り返る時間がもてて幸せなひとときだった。

外は16時と日が少し落ち着いてきた。
さすがに同じカフェも飽きてきて、
少し気になっていた
川の対岸へ行ってみることに。

渡し舟が出ているらしく、
乗り場に行ってみると、
ほとんど地元の人しかいなかった。

快晴までは行かなくても、青空が広がる。
山とメコン川と青空と少しの街の建物と、
思わず感動的な景色だった。
心が動く、とはこういうことで、
妹とと2人して吸い込まれるように
この景色を眺めていた。

ラオスには、ビアラオだけじゃないぞ、
と言われているような、
圧倒的な美しさを見せてもらったような。
それでも、まだ少しだけ。

対岸は観光客はだれもおらず、
のどかな離島に来たような感覚だった。
船着場の近くに少しお店があり、
あとは山に続く大きな坂道がある。
少しだけ登ったり歩いてみたが、
治安も心配だったので、
すぐに船着場の方へ戻る。
奥にはどんな村や街が広がっていたのか。

誰にも知られたくない、
観光客が押し寄せずずっとこのままで
いてほしい、そんな気持ちになる。

それからしばらく青空のもと、
対岸と山と川を眺めていた。

行ったことはないが、スイスみたい、と
感じるような美しい山と水辺の景色だが、
場所を違う場所に例えるのは
あまりにナンセンスである。
ここは、ラオスなのであり、
わたしたちはルアンパバーンにいて、
この土地の美しさを眺めているのだ。

船着場にはお迎えの原付の人達が集まっていた。
1組、地元の10代のカップルも
原付に一緒にまたがりながら
わたしたちと同じように景色を眺めている。

お母さんとこどもが船からやってきて
お父さんともっと小さい子と合流して
同じ原付に乗って帰る。

3歳くらいの子が、
船着場の屋台のおばあちゃんと
何かたのしそうにしている。
お父さんは串を1本買って、
船に乗り込むと、知り合いなのか
別の乗り合いのおばちゃんとも
何か話している。

日が暮れると危ないので、
渡し舟に乗って反対岸へと戻る。
こちら側の岸でも、しばらく
この景色を眺めていた。

夕方の帰宅ラッシュなのか、
回によっては船が沈みそうなほど
車と原付が乗り込んでいる。

出港もかなり重そうで、
大きな木の棒で全身でテコを使いながら
操縦士のイケオジも、
離岸と着岸を担当している人も
一生懸命に船を離岸させようとしていた。

小さなこどもも乗っていて、
ぼくに任せて!やりたい!やりたい!と
方向が定かではないチェーンを
引っ張ってみたりしている。

日が山に沈んでいくが、
赤くなる側の空は雲で覆われていて、
少し雲が薄いところが
うっすらオレンジになりそうに光っている。
晴れている側の空は、
青空のまま暗くなっていった。

真っ赤な夕焼けではないし、
明日からの宿も予定もないので
調べることが多くさすがに行くことにした。

お腹は空いていなかったが、
後から空くしせっかくならこの
美しい黄昏時をたのしもうと
川辺を歩く。

妹がハッピーアワー、、!と
思い付いたようにでもさすがにと
控えめに主張してくる。
昨日のハッピーアワーのお店も通ったが、
さすがに毎日飲みすぎであるし
贅沢のしすぎである。

値段ではなく、やることも終わらず
先延ばしをして自分たちを甘やかしすぎだ。

今日は飲まずに、と
美味しかった川辺の朝ごはんのお店に
行ってみたら、夜は閉まっていた。

隣の通りかかった
川辺のバーレストランに入る。
ソフトドリンクのシェイクのメニューを見て
どれにしようか考えていたら、
妹が、ちなみに、ちなみに
ロング缶のビールと同じ値段ですって
ことだけ伝えておきます。と言ってくる。

さすがにである。
注文のところにきて、妹は
オーダーをわたしに任せると言ってくる。
ご飯を頼んで、飲み物を頼むとき、
かなり葛藤はあったが、
気が付くとわたしが頼んでいたのは
ビールの方であった。

席に付き、メコン川を眺めながら
氷を入れたグラスで冷たいビアラオを飲むと
涙が出るほど美味しかった。

経口補水液のような、生理食塩水のような、
これこれ、というほど体にぴったりなのである。
ラオスでビアラオを飲みすぎて
血液がビアラオに入れ替わってしまった
からなのかもしれない。

寝不足と熱中症が重なっているのもあり、
今日はさすがに絶対飲まないと
妹と条約を結んでも、
メコン川と山をみると、
全く効力はなく虚しく破棄されてしまう。

真っ暗になるまでには少し時間があり、
雲間から薄少しのオレンジの空とメコン川を
ゆっくりと味わった。

夜になり、川にディナークルーズの
明かりが目立つようになる。

観光客の20代くらいの女子グループが
写真を撮っている。
中の席の人は誕生日なのか、
ケーキのようなものが運ばれてきて、
船頭では伝統的な衣装を着た女性が4.5人
音楽に合わせて踊り始めていた。

宿に帰ると支払いで問題があった。
booking.comでは前払い、返金不可で
クレカ情報も渡っているのに
ボスに確認したら
まだ支払いができていないから
宿で現金で払ってという。

スタッフさんは
英語をほとんど話せなかったので
初めはGoogle翻訳を使って
一生懸命ボスとわたしたちの間に立って
やりとりをしてくれた。

ボスからのわたしたちに見せる用の
英語のチャットを見せてくれたので
そのままやり取りをする。

スタッフの子はボイスメッセージを受け取り
ひたすら金額を提示してくる。
直接電話できるか聞くと
他の国にいる、と翻訳した画面を
スタッフの子が見せてくるだけである。

カードで前払いと言うと、
口座の残高が、といい、
交差の残高を確認して十分にある、
というとカード情報はただの補償だ、
と言われる。

残高のせいなのか補償なのか
どっちが本当なのかよく分からない。
2重払いになる可能性があるから
確認してと連絡をするも返事はこない。

ボイスメッセージをして
宿のスタッフさんが代わりに
いくら、とひたすら言うだけである。
まだ10代に見えるスタッフさんに
あまり迷惑をかけてもなので
ATMでお金を下ろして現金で払うことにした。

予約の支払いのタイミングは
宿によって違く、支払い済なのか
よく分からないのもたまにあるが、
返答がここまで不明瞭で不信感のあるのは
初めてだった。

それも直接ではなく、間接的で
実際に話して間に立たされているのは
まだ若く英語も拙いスタッフである。
海外からきた言葉も通じない
よく分からないゲストと
金銭的な揉め事の矢面に立たされていて、
やり取りするのが申し訳なくなってくる。

別の国や民族の人を利用して
直接反感を買いにくくしていた
植民地支配の歴史を彷彿とさせた。

晴れない気持ちと不安になりながらも
部屋に戻る。booking.comの
支払いをもう一度調べても
明確なものは出てこない。

宿のクチコミを見てみると
全体としての評価点はよかったが、
よく見ると支払いやトラブルの
たくさんの書き込みがあった。
しっかり見てから泊まるべきだと
学びになった。

残った力を振り絞り
手洗いをした洗濯物が
貸切のドミトリーで
扇風機に当たって揺れている。


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