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小説「オレンジ色のガーベラ」第8話

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第8話

「こんにちは。お世話になります。よろしくお願いいたします」
 そう言いながらオフィスのドアを鈴木正子が入ってきた。真也も一緒だ。

「中川先生、よろしくお願いいたします」
 礼儀正しく深々と頭を下げた。

「お二人ともよくいらっしゃいました。ありがとうございます。さぁ、お掛けになってください。お茶を淹れましょう」 
 二人並んでソファに座る。

「外は暑かったでしょ?今日は水出しの緑茶です。氷は入っていませんが、美味しいですよ」

 真也はグラスを手に取り、緑の液体をごくっと飲む。お茶独特の香りと共に、濃い何かが喉へと落ちていく。

「このお茶ってカテキンが強い氣がするんですよ。カテキンは抗酸化作用があって、免疫力アップになるんですよね!」

 嬉しそうにちひろは話す。

「美味しいですね。そういえば家であまりお茶を飲まないです」

「今は外から入って来られたばかりなので、冷たいのをお出ししましたが、ずっと室内にいるわたしは熱いお茶ばかり飲んでいるんですよ。そのほうが身体が冷えなくて」

「いいですね。お茶。わたしも家で飲みます」

「お茶は農薬を使っているものが多いですから、わたしは無農薬の緑茶を取り寄せているんです。自分の健康は自分で守らないと」

「え、お茶にも農薬が使われているんですか。知らなかった……」

「お茶、果物、お米。このあたりは農薬たくさん使われていますから。注意が必要ですね」

「そうですか。全く氣にしていなかったです……」

 反省しきりの正子とは対称的に、真也は涼しい顔で緑茶を堪能していた。

「さて、落ち着いたところで、今日のカウンセリングを始めましょう。今回はお母さん正子さんと真也さんは別々に行います。お母さんはこちらのお部屋へ。真也さん、少し待っていてください」

 正子はちひろに従って隣の部屋へと向かった。

 正子には、数枚の紙を用意していた。
「正子さん、こちらにお掛けください。そして、今日は真也さんとは別に取り組んでいただきたいことがあります。
 それは、自分の気持ちを書き出す、ということです。 
 あ、ちょっと待ってください。少し肩に力が入っていますね。ほんの少し時間ください」

 ちひろは棚にあったアロマオイルを手に取った。

「このオイルの香り、いかがですか?」

「あぁ、気持ちいいです」

「ティーツリーはご存知ですか?リラックス効果のある香りなんです」

 ちひろはティーツリーのオイルを正子の両手に垂らして擦るように伝えた。正子は両方の手のひらを擦って、それからその手を嗅いだ。

「うわ~、癒やされる〜」

「どうでしょう?肩の力が抜けましたか?」

「ありがとうございます。こういうオフィスに来るのって、すごく緊張していたんです。わたしが来ていいのかな?息子を連れてきてよかったのかなって。でも、香りを嗅いだら、そんな不安は吹っ飛びました。
 先生、ありがとうございます!」

 正子は正直だ。目尻に皺を寄せながら、嬉しげに語った。

「さて、本題です。タイトルは『なぜ真也君は薬を飲む病気になったのか』です。
 中身は頭に思いついたことをつれづれと書いてください。論理的なことじゃなくていいです。思い浮かんだまま文字にしてください。わたしに提出する必要もありません。ただ、書くだけです。
 時間は、そうですね。30分にしましょう。30分後にこちらへ迎えに伺います。
 なにかご質問ありますか?」

「えっと。頭に浮かんだままでいいんですか?文法とか伝えやすい文章とか……」

「誰に見せるものではないので、おかしな文章だな、というのでも構わないです。出てくる言葉をそのまま書いてください。どうしても氣になる場所は校正してください。よろしいですか?」

「はい!やってみます」

 早速、正子は紙に向かって書き始めようとしていた。ちひろは安心してその場を離れた。


 1人残された真也は、オフィスを見渡していた。
 事務仕事するためのデスクと、この応接セット。入口のそばには大きな観葉植物の鉢がある。そして、母が消えたドアと隣には書架が並んでいる。

 真也は立って、たくさんの本の前に立った。精神医学関係、心理学、脳科学、コーチング、氣功、靈氣、スピリチュアル系の本もある。
 断薬で有名な先生の本もたくさん並んでいる。そして、この世の支配しているであろう人達についての本も……。
 中川先生は色んなことを知っていそうだ。

「真也さん、もし読みたい本があったら貸すわよ。ただ、貸し出しノートに書いて、返却してね」

 まるで図書室だ。なんとなく氣にいった。

「先生の本、貸してください。実はまだ読んだことなくて……」

「それなら、プレゼントするわ。クライアントになってくださったお礼に」

「いえ、とんでもないです。それなら買います。買わせてください」

「あら、嬉しい!買ってくださるの?それならカウンセリング料のお支払いの際にお母さまに相談させてね。真也さんがご購入されたいとおっしゃいますが、いかがしますか、ってね」

「それなら母も払ってくれると思います。嬉しいなぁ」

「真也さん、あなた、薬飲んでないでしょ?」
 ちひろは、いきなり核心をついた。

「あれ?バレちゃっていましたか!母さんと医者の目はごまかせたのになぁ」

「わたし自身が長年薬飲んできたから分かるのよ。飲んでるか飲んでないか、感覚で分かる」

「そこまで言われたら、正直に言います。はい、飲んでないです」

「やっぱり。どうして飲まなかったの?」

「最初は飲んだんですよ。3回かな?エビリファイを。でも、あの薬やばいですよ。精神的におかしくなってきちゃって。落ち込むし、死にたくなるし。飲み続けたら、俺、自殺しちゃいそうだなって」

 この子はやっぱり賢い。自分の感覚に忠実だ。

 いくらおかしいと思っても、親や医者の言うことを聞かなければならないと信じ込んでいれば、なかなかやめられないものだ。

「精神病を治すための薬で精神的におかしくなるってありえないでしょ?止めてから、色々調べましたよ、薬のこと」

 ちひろは黙ってうなずきながら聴いていた。

「やっぱりおかしいですよ。精神病院とか心療内科って。内科みたいに数値で異常が分かるわけでもないし。あれって医者の主観でしょ?」

 鋭い指摘だ。真也は更に続ける。

「別に母さんを悲しませたくないし、医者ともバトルしたくない。だから、大人しく飲んでいる振りしていたんですよ。そもそも、その薬飲むな、って言われたし」

「誰に?」

「死んだじいちゃんが」

「いつ?」

「病院で薬もらったとき」

「おじいさんはいつ亡くなったの?」

「えっと、3年前かな?すごく僕のことを可愛がってくれていたんですよね」

 わたしは絶句した。亡くなったおじいさんと話しができるのか。

「じいちゃんに聞くとなんでも教えてくれるんですよ。まぁ、さすがにネットで調べたほうが早いこともあるけど。じいちゃんにお願いすると、結構願いが叶うんですよ。だから、じいちゃんが大好きなんです、今もね」

 これが靈が見える聞こえる、ということなのか。みずほのTwitterの意味がやっと分かった。

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