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【ピリカ文庫】 月 【ショートショート】

#ピリカ文庫

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ 

 窓の外の地球は、やっぱり青かった。涙を青とするならば、こんな色であってほしい。
 私のお家はどの辺だったかしら?

🌙

 私の育った石造りのお家にはハーブガーデンがあって、歩くとローズマリーの香りがしたわ。
 お庭を出た小径(こみち)の先に、大きなヒマラヤ杉が聳えているの。そのヒマラヤ杉のてっぺんにのぼるお月さまが大好きだった。

 月を背に、コウモリ達が群れ飛ぶ夜の入口。
 何かこの世のものではないヒンヤリとした空気が漂い、風が揺する葉ずれの音にも振り向いてしまう。
 お家から脱け出してきた黒猫のスピカが、私の脚に頭をグンと押しつける。大丈夫、どこへ行っても私たちは一緒だから。

🌙

 ほら、スピカ、窓の外をご覧。あそこが私たちの惑星(ほし)よ。大事に育てたハーブもヒマラヤ杉も、あなたの大好きなネコジャラシさえ今は水の中。全部沈んでしまったわ。
 
 誰が悪いの? 誰も責められないの?

🌙

 お月さまの満ち欠けを眺めるのが好きだった。
 月はスピカの瞳のよう。
 驚いたときの、まんまる満月の目。寝込みを邪魔されて、恨めしそうにシッポをパタパタさせるときの半月の目。そして、小さなおでこを下から上へ撫でてやると、あなたの目はうっとり…三日月みたいになったわね。

🌙

 スピカ、今夜は三日月よ!
 住めなくなった私たちの地球。あんなに青いのに。
 これからは月を眺めることもできなくなる。だって、私たちに分け与えられた次の住み処は、“月”なんですもの。私たちは月の一部になるのよ!

 どうしよう…うさぎさん達は仲良くしてくれるかしら?蟹さんは、大きなハサミで「ようこそ」って手招きしてくれる?

 さあ、スピカ、心の準備は良くて?
 今夜は三日月。船の扉が開いたら、「いち・にの・さん」で三日月のお腹へ思いきりジャンプよ!

🌙

🌓

🌝

「おじょうさま、おじょうさま、起きてください。そろそろ出発しませんと」
 ハッと目を覚ます。
 どうやら窓辺にもたれて外を眺めているうちに、眠ってしまったようだ。一緒に起きた黒猫のスピカが、膝からピョンと飛び降りた。

「おじょうさま、お父上とお母上はすでに乗船されました。荷物も積み終えてございます」
「リカルド、おまえは?」
 執事のリカルドは微笑みながら首を振った。
「わたくしはもう、じゅうぶんでございます。」
 ナーオ…ナーオ…
 足元で、スピカが私を見上げ鳴いている。
「さ、お別れでございます」
 そう言ってリカルドは私を抱えるように船へと誘(いざな)った。

🌙

 窓の外には、白く発光する月。ぐんぐん遠ざかり、手を振るリカルドも小さな点になってゆく。とうとう月の住み処からも追われてしまった。
 船の窓に張りつきながら、さまざまな思い出と後悔が通りすぎるのを俯瞰(ふかん)する。


 私たちはあと何回過ちをおかすのだろう。
 リカルドはなぜ、一緒に船に乗らなかったのだろう。

 スピカのおでこをそっと撫でる。
 スピカの目は、一瞬、三日月のように細くなったが、そのあとしばらくは、半月の目で窓の外をじぃっと見つめていた。


~ fin ~


最後まで読んでいただき、ありがとうございました🌛

月のクレーターの模様が、国によって違うものに見えるそうで、本文では、日本でおなじみの月うさぎと、南ヨーロッパで言われている蟹を登場させました。
他には、“ワニ”、“ライオン”、“髪の長い女性”、“本を読むおばあさん”などに見立てる国もあるそうです。

この物語は、🌟ピリカさん企画の【ピリカ文庫】に寄せて、いただいたお題の『月』をテーマに書いたお話です。
また、原田真二さんの『タイム・トラベル』という歌をスピッツがカバーしたものを聴きながら書きました🌏 

🌝Tsuyoさんの美しい月の絵を、みんなのフォトギャラリーより見出し画像に使わせていただきました!ありがとうございました😊←絵ではなく、お写真だったと判明!すみません💦✨あまりの幻想的な美しさに、驚いております!💓

 


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