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本の話|福士加代子のようなランナーになりたい

今週の初めごろは「しばらく走れないな」と思うほどに腰痛が酷かった。その原因は自らにあるから誰にも文句は言えないのだけれど。日曜の朝に1時間ほど走ったにもかかわらず、正午過ぎにスタートを切った都道府県別対抗女子駅伝のTV中継を見たらまた走りたくなって、その日の夕方にランニングシューズを履いて再び街に出た。約四十年前に始まったこの駅伝競走は、今では僕の生まれた街の冬の風物詩としてすっかり定着した感があり、沿道で声援を送ったこともある。とにかく彼女たちが駆け抜けたあとに吹く風がいい。そのことを思い出して気持ちが高ぶった。でも、それはオーバーワークの言い訳にならない。

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腰への負担を避けてスタティックに過ごしていたら、金曜には痛みが治まった。そして、大事をとって軽めのジョグに留めておこうと走り出した土曜の朝。なんだかいつもより走りやすい。ランニング後の疲れも思いのほか感じなかった。自分の走りがすごく良くなった気がして驚いた。意識したのは上半身の力を抜くこと。ただそれだけ。だが、それこそが何日か前の深夜に見たテレビ番組で、昨年現役を退いた福士加代子さんが女性タレントに教えていた楽に走るためのコツだった。クールダウンのストレッチをしているとき、僕は心の中で「すげえな、福士加代子!」と、何度も呟いていた。それは偽らざる気持ちだった。

あらためて「福士加代子」という人物に興味を覚えた僕は、その日の午後には近所の書店で、本人自らが20年以上にわたる競技人生を振り返っているという著書を手に入れていた。なんといってもこの本の面白さは、既出のバイオグラフィが主人公もしくは特定の人物の視点だけで語られることが少なくないのに対し、本書は福士さん自身による現役時代の回顧に加えて、両親や恩師あるいは先輩や後輩といった彼女の身近にいた人々が多くの言葉を寄せているところにある。しかも、本人の飄々とした語り口に対し、その才能に畏敬の念すら抱いていたのではないかと思わせるほどの周囲の福士加代子評とのギャップがなんとも言えず面白い。でも、僕たちがテレビなどを通じて目にする常に笑顔を絶やさない彼女の姿が「福士加代子」という存在のすべてではないことも、この本を読めばわかる。とりわけ、マラソン初挑戦となった2008年の大阪国際女子マラソンでの衝撃のゴールシーンに至る過程を本人が語っている第3章は、読んでいて胸が苦しかった。

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今朝早くに本編を読み終えた僕は、後輩ランナーたちが福士さんについて語った番外編を残し、ジョギングへと出かけた。留意する点は昨日と同じく上半身の力を抜くこと。振り返れば、これまで丹田・肩甲骨・骨盤の各部を意識するあまり、肩に力が入り過ぎて重心も高かったように思う。そこが少し改善された気がした。その証拠に距離を重ねてもあまり疲れないし、何より走っていて楽しい。「やべぇ、おもしれぇ」と、思わず頬が緩んだ。だからといって「じゃあ、最終目標はフルマラソン!」とはならない。本当にしんどそうな競技だから。でも、人生という名のマラソンにおいては、福士加代子のようなランナーでいたいとは思う。




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