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UNTITLED REVIEW|訳者で本を選ぶ

以前から韓国文学というジャンルが気になってはいたものの、書店の新刊コーナーで面陳列されていたこの短編集を手に取る決断に至らしめたのはあくまでも本書のタイトルだった。

それは三連休を直前に控えた金曜日の午後に起きたいくつかの事件が僕の心を曇らせていて、少しでも元のニュートラルな状態に近づけたいと、そのきっかけを求めて日曜の朝に自宅近くの大型書店へと出かけたときの出来事だ。そのタイトルを目にしたとき、僕は心を覆う名状しがたい雲の形を端的に言い表していると思った。

だが、本書にこのタイトルと同じ題名を持つ作品は収録されていない。これまで読んだ短編集はその本に収録されている作品の題名のひとつが短編集のタイトルに選ばれている場合がほとんどだったから最初はちょっと不思議な気持ちがした。だが『訳者あとがき』で、収録された七篇の底に深層海流の如く漂っていたものの正体に気づかされると、このタイトルが妙にしっくりくる。

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冒頭の数ページに目を通しただけで購入を決めたのは、もちろんコンテンツそのものの質が高いからなのは言うまでもない。でも、この本の翻訳を手がけた斎藤真理子さんの訳文に惹かれたことがそれ以上に大きい気がする。

どこをどう気に入ったのかを言葉にするのは難しいが、簡潔に述べるとすれば言葉のチョイスとか文章のリズムとか。そのようなもの。それは雑味のないミネラル・ウォーターを飲む際の喉ごしの如くスッと身体に滲みてゆく感覚に近い。斎藤さんが翻訳を手掛けられた他の小説家の作品にもいくつか少し目を通してみたけど、黙読していて心地よかったので本書以外に別の本を2冊一緒に買ってきた。訳者で本を選ぶ。こういう出会いもあるんだなと新たな発見をした休日の朝だった。とはいえ、心を覆う雲が晴れたわけではないし、本書に課題解決のヒントが隠されていたわけでもない。しかしながら、息を一度ととのえるには十分な時間を与えてくれる一冊だったように思う。


The key to the title




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