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Letter to ME

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自分へ贈る日々の備忘録
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中秋の名月

今日は中秋の名月だそうだ。自宅の駐車場に車を止めて、顔をあげるとうす雲がかかった満月と目があった。ほぼ真っ白の、丸い、月だった。液晶の人工的な白さばかり見つめた目に、優しい白さはよく沁みる。

いつか私が傷つけた友人も、今、孤独にさいなまれている恋人も、見ているだろうか。この月を。

携帯で撮影しようと思って、鞄をさぐったのだが、どうもばからしくなってやめた。暗闇でぼんやり光る液晶を見ている、自分

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気配

寒がりの後輩が、長袖のカーディガンを羽織りながら「寒いですね」という。開けた窓から吹き込むのは、湿気てはいるものの、さやかな秋の風だった。朝晩がずいぶん涼しくなったので、これであっけなく夏が終わるのかもしれない、などと話していると、もう一人の後輩が神妙な面持ちで「9月と10月は台風が多いそうですよ」という。なんでも、6月に台風があまり発生しなかったからだそうである。「1年で台風の数の帳尻合わせてこ

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天花粉

恋人と少し遠出をして、海を見てきた。
朝から入ると有料の駐車場は、夕方の時間をこえるといつの間にか無料になっており、勝手に入っても何も誰も言わない。夕釣りをしている人が堤防の上でまばらに竿をたらしている。
海は南東側に広がり、西側には山があるため、サンセットは見ることができないのだけれども、それでもしっかりとゆっくりと空は暮れなずんでゆく。橙と薄い水色を上手くにじませた空は次第に暗くなり、日中は溶

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通過儀礼

またひとつ、年を取った。

毎年経験しているくせに、誕生日前日になると次の日に何かあるのではないかとそわそわして、朝を迎えて目が覚めて、期待をひも解いてみるものの、前日の気だるさが体に残っているだけで、新しい私、なぞにはついぞ出会えぬのである。
祝ってもらっても、どこか居心地が悪い。新しい私ではないから、だと思う。

それを私は、物心ついたころから同じように期待して、してしまうからこそ、誕生日の朝

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深海の底

体が鉛のように重い。頭痛がひどい。肩がギシギシと痛む。私は死体のように、はたまた胎児のように、小さくなってベッドに横たわっている。日中とは打って変わって冷たい風が、寝巻きのショートパンツからむき出しの足を撫でていく。長い丈のものを履いた方がいいのはわかっているが、せめて足だけは冷静に、冷えていなければいけないように思えてしまって、風が撫でるのに任せている。
今までのことが走馬灯のように駆け巡ってい

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朝が眩しいから

朝が明るくなった。朝の光、色、空気、音、全て、この間までの寒い空気や暗い色を払拭して、あっという間に明るい、夏のすべてを朝が背負って持って来た。夜は、まだ春が名残惜しいのか、夏の前の最後の悪あがきのように肌寒い風を窓から押し込む。
朝が眩しいと、起きたはなから少し悲しい。置いてきぼりにされたように思ってしまう。朝が眩しいと、力が全部持っていかれてしまうように思う。季節の変わり目に、どんどんついて行

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300日の命

姉が妊娠している。女の子。今月か来月には生まれるそうだ。
赤子は10か月間、母親の腹の中で大きくなる。その不可思議なこと。腹が大きくなった姉は姉だが、姉ではないように思う。私は女として生まれてきたものの、自分もあのように腹を大きくして、自分とは別の命を自分の命とともに体に宿すということが、全く理解できない。実は少し、妊婦は苦手だ。怖い。

昔、国語の授業で「I was born」という詩を読んだ。

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正気を保つ狂気

息がしづらいな、と思うともう遅くて、自分が見えない壁に囲まれていることに気付く。最初から、壁はあってその隙間をうまい具合に見つけたり隙間が広かったりして通り抜けていたはずが、ふと目を放した隙に呼吸の仕方を、壁の隙間を通る方法を忘れてしまう。忘れてしまうと、壁を呪うしかない。どうして私の前に立ちはだかるのですか。私が何か悪いことをしましたか。無機質な壁に、私は狂ったように向き合って問いかけ続けている

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エイプリルフール

四月はいろんなことがそわそわと落ち着きがなく、そんな空気に当てられて自分自身の、自分、も、自身、も、どこかここではない別の場所にあるようで落ち着かない。ずっと、心がここではない別の場所で転がり続けている。そんな気がする。そんなことを恋人につぶやいたら、彼は少しだけ困ったように笑って私の頭を優しくなでた。

新年度の慌ただしい空気の中で、すり減っていく心をどうにか守りたくて、私は仕事帰りの彼を連れて

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エナメルの靴

ひょんなことで地元の大きな病院に行った。日中、まだ新しい病院は混んでいて、いろんな年代の男女がみな呆然としたように待合室に並んでいる。まだ少し寒いからか、厚手のコートを羽織る人が多く、みな一様に暗く落ち着いた衣服を身につけていた。マスクをしてうつむいている。皆がみな、体のどこかに不調をかかえていたり、病魔におかされていたりするのだと思うと、気が滅入る。穏やかな気持ちになるようになのか、生成りのカー

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罪状は

会社の慰安旅行の風習がまだ残っていて、この土日に広島へ行ってきました。
そのことを、どうにか書き記したいのだけれど、どうしてだか言葉が一切でてこない。
出てくるのは、この土日に親も遠出していたために、誰もいない家に荷物をかかえて帰ってきた自分のむなしさだけだ。楽しかった記憶もあるのに、どうしても、真っ暗な家に帰りつき、荷物をとき、湯を沸かし、味の薄いほうじ茶をすする、肌寒さだけだ。ただ無気力に、テ

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Uncertainty

知り合いが、病気であまりよくないというので、病にご利益があるという寺へ行ってお参りをしてお札とお守りを買ってきた。奥まった場所にあるそこにいる人たちは、当たり前(なのか)に神妙な面持ちをしていた。私も例に倣って神妙な面持ちで賽銭を投げ、祈る。祈るが、何をどう祈っていいのかわからなくて、ぎこちなく、知り合いが平癒するようにと、文字を頭の中で並べたてた。祈る、というのは、不思議な行為だ。無欲で無垢なも

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見ている方は少ないと思いますが、このnoteで書き溜めた随想を三月にまとめて本にする予定です。
その際、書下ろしで新たに何か書きたいと思うのでテーマを募集しています。
よければコメントやメールで寄せていただけると嬉しいです。

walk in line

先日の雪の日、交通機関がダメになってしまったので職場まで歩いて行った。

前の日に雪が降るとキャスターたちがやかましくいうので、早起きをして厚手のズボンに厚手の靴下を履き、ムートンブーツを履き、タートルネックのセーターにウールのカーディガンを着てダウンコートまで羽織った。玄関の重い扉を開けると雪の匂いと冬の匂いが一緒にやってきて、収縮した毛穴がみっちりとなくなる。
視界に映るのはただただ白い雪だっ

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