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カーリングのフェアネス!

来年2022年には、北京冬季オリンピック・パラリンピック競技大会が予定されている。その出場権に大きく影響する日本カーリング選手権の決勝戦が、2021年2月14日に行なわれた。

2018年の平昌冬季オリンピックで銅メダルを受賞した「ロコ・ソラーレ」と、近年、北海道選手権で何度も優勝している「北海道銀行フォルテウス」との対戦である。

その大事な試合中に、次のような場面があった。

このビデオを見ても、実際に「タッチストーン」があったのか否かは不明だが、ハッキリしているのは、近江谷杏菜選手が迷うことなくストーンを取り除いたという事実である。つまり、彼女は、もしブラシが当たったら、潔くストーンを自ら取り除くのは当然だと認識していたことがわかる。

とはいえ、その後の両チームの選手同士の話し合いがどういうものだったのか気になっていたのだが、次の「スポーツ見るもの語る者~フモフモコラム」の記事で、ようやく何が起こったのか、詳しい事情を理解することができた。

「それぞれが自分たちに不都合なフェアネスを追求」

この記事は、具体的な状況を次のように解説している。

ストーンがハウス中央に止まったところで、最後までスイープしていた北海道銀行の近江谷さんが「当たっちゃった」と言って自らストーンを取り除いたのです。カーリングでは動いている自分たちのストーンに触った場合は、そのストーンは試合から除かれる決まり。いわゆるタッチストーンの反則という認識で自らのストーンを取り除いたのでした。「ゴメン」とチームメイトに声を掛ける近江谷さん。

ただ、チームメイトからはほかの見立てが示されます。近江谷さんのブラシがティーラインより奥でスイープをしようとしたロコ・ソラーレの藤澤さんのブラシと接触しており、不可抗力だったのではないかという見立てです。自分たちのストーンについてはスイープする優先権がありますので、藤澤さんのブラシとの接触については何ら問題なく、逆に「藤澤さんによる妨害」と言い募ることもできなくはないような話です。

もし、このストーンが生きればロコ・ソラーレには難しいショットを最後にさせることができますが、ストーンが取り除かれればロコ・ソラーレは比較的イージーに2点を取れるという重要な場面です。「性悪説」で運営される競技なら、この揉め事はようよう決着するようなものではなかったでしょう。中継のスロー映像を見ても正直どの時点でストーンとの接触があったのかはわからないようなものでしたので、ビデオ判定でも遺恨を残すような裁定となったはず。

しかし、カーラーたちは互いを尊重しながら「対話」によって事態を収拾します。ロコ・ソラーレからはサードの吉田知那美さんが「(藤澤さんのブラシ)に当たって」という見立てが身振りで示され、藤澤さんは「あたしが入る前にコンって当たって」という見立てが示されます。当事者である近江谷さんが「(ビデオ判定は)やんないんでしたっけ」「映像ないんでしたっけ」と確認すると、吉田知那美さんは「NHKに(映像がある)!」と応じて、一同から笑いがこぼれます。

やり取りのなかで近江谷さんは「ゴメン、当たってなかった?」という言葉も発していましたので、本人のなかでの明確なタッチストーンの自覚まではなかったかもしれません。ストーンとの接触はスロー映像でもよくわからないものでしたが、ブラシとの接触は明白でしたので、「何かに当たったと思ったけれどブラシでした」「ブラシと当たったことによる不可抗力」で粘ることもできたかもしれないプレーでした。一般論で言えば「かなり揉める」ヤツです。

それが、笑顔交じりの談笑のなかで収拾されていくという尊さ。互いに正当性を主張して言い争うどころか、ロコ・ソラーレからは「戻してもらう?」「あたし(藤澤)が邪魔したのであれば戻す」という提案さえされていました。藤澤さんは先の言葉通りに「タッチストーンを見た」という認識のはずです。もしかしたらブラシの接触自体が「ストーンに当たったよ」という指摘だったかもしれない。それでもなお、自分の妨害だということであればそれでもいいと言う。

そこにはミスを責める者も、不服を漏らす者も、苛立つ者もいません。真実は現場でしかわからないものですが、実態としてはタッチストーンがあろうがなかろうが、ハウスの真ん中で石は止まっていたようなプレーです。だから「フェアな実態としては戻してもいい」であり、それでも「タッチストーンの影響が軽微でもフェアに取り除くべき」でもある。それぞれが自分たちに不都合なフェアネスを追求した美しい対話。最後は「すでにストーンを取り除いたあとなので戻せない」という審判員の説明に「オッケーです!」と応じて北海道銀行の確認は終わり、もとの状況のまま試合は進行されることになりましたが、両チームに拍手を送りたいような場面でした。

さて、一般に「公平性」(フェアネス)とは、哲学的にも非常に定義の難しい言葉である。というのは、政治家や官僚の日常的な発言を見てもよくわかるように、人は自分にとって都合のよい見解を(意識的にしても無意識的にしても)「公平」だとみなす傾向があるからだ。

したがって、実は、逆に「自分に不都合な提案ができる」状況こそが「公平性」の実現だという考え方もできる。この試合の両チームの選手たちは、まさにその「フェアネス」を具現化したといえる。

カーリング精神

「世界カーリング連盟」(World Curling Federation)の「カーリング精神」(The Spirit of Curling)には、次のように明文化された規定がある。

「真のカーラーは、決して相手のプレーをかき乱さず、相手が最善を尽くすことを妨げず、アンフェアに勝つくらいなら負けを選ぶ」(A true curler never attempts to distract opponents, nor to prevent them from playing their best, and would prefer to lose rather than to win unfairly)。

「カーラーが不注意によってルールに違反したことを認識した場合、それを最初に申告するのは、その本人でなければならない」(Should they become aware that this has been done inadvertently, they will be the first to divulge the breach.)。

これらの規定に基づく「フェアネス」を、毎日のようにニュースに登場する「自分に都合のよいフェアネスばかりを追求する人々」に、ほんの少しだけでも見習ってほしいものだ(笑)。

T H E  S P I R I T  O F  C U R L I N G

Curling is a game of skill and of tradition. A shot well executed is a delight
to see and it is also a fine thing to observe the time-honoured traditions of
curling being applied in the true spirit of the game.

 Curlers play to win, but never to humble their opponents. A true curler never attempts to distract opponents, nor to prevent them from playing their best, and would prefer to lose rather than to win unfairly.

Curlers never knowingly break a rule of the game, nor disrespect any of its
traditions. Should they become aware that this has been done inadvertently,
they will be the first to divulge the breach.

While the main object of the game of curling is to determine the relative skill
of the players, the spirit of curling demands good sportsmanship, kindly
feeling and honourable conduct.

This spirit should influence both the interpretation and the application of the
rules of the game and also the conduct of all participants on and off the ice.

カーリングには、「氷上のチェス」と称されるほどの高度な戦略の選択や、ショットとスイープが行われる度に一喜一憂するゲーム自体のおもしろさがある。しかし、それ以上に、何といっても見ていて実に清々しいのは、ゲームに参加するカーラーたちの根底に「カーリング精神」が流れているからに違いない!

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Thank you very much for your understanding and cooperation !!!