小説家の連載 妊娠中の妻が家出しました 第1話

 少子化の現代において、子供を持つという選択肢を取るカップルはどんどん減ってきている。子供を持たないという選択をする人も増えたし、家族や夫婦のあり方も変化している。医療の発達で寿命が長くなった現代においては、昔のように離婚せず添い遂げる夫婦は減り、離婚率は高くなってきているのだ。
 それでも、時代が変わっても、夫婦が互いを思いやり愛し合う事は変わらない、ましてや、子供が生まれるというハッピーなライフイベントにおいて、離婚の選択をするのは良い事ではない、という認識は一般的ではなかろうか。
 それなのに、どうして・・・・・。

 浩介と華は、A県に住んでいる夫婦である。
 浩介はA県の右端の市であるB市出身で、学生時代に実家を出たものの、大学が同市内だったので、ずっと実家のあるB市で1人暮らしを続けているうちに、妻の華と出会った。
 華はA県の中央に位置するA市出身で、A市は県庁所在地であり、政令指定都市に所属する大きな市の出身だった。浩介とは婚活アプリで出会い交際、婚約、結婚してB市に嫁いできた。A市とB市は同じ県内でありながら、100キロ近く離れており、妻が地元に帰るには新幹線で30分の時間を要する。
 夫の実家はB市内で、夫の両親もきょうだいも穏やかな性格。
 一方A市内にある妻の実家の家族は、皆気性が荒く個性が強く、我も強い。
 喜怒哀楽がはっきりしている華を産んだだけはあると思えるぐらい、みんな癖の強い家族だった。
 30歳の華は、フリーのイラストレーターとして自宅で仕事をしている。子供が産まれても在宅仕事なら急な発熱にも対応できるだろうと見越しての事だった。彼女は華やかな顔立ちの美人で、言いたい事ははっきりというタイプ。名前の通り華のある人物だった。学生時代にパリに留学した経験もあり、フランス語が話せる。仕事の腕は確かで、クライアントからの評判は良かった。
 一方の浩介は、34歳のサラリーマン。それほど口数が多い訳では無いが、鼻の事を大切にしていた。学生時代から一人暮らししていた事や、飲食店でのアルバイト経験から料理上手で、家事スキルも高い。かと言って、妻に同程度の家事スキルを求めたり、反対に稼ぐ能力を求めたりはしない、まともな常識人。華と違って語学力や海外留学経験は無く、今まで一度も日本から出た事が無かった。新婚旅行で台湾に行ったのが初めての渡航経験である。同じ職場でこつこつとキャリアを積み、生まれてくる我が子のために少しでも稼ごうと頑張っている。愛妻家で、いつも妻の事を一番に考えている、見本のような夫だ。
 妻の華は妊娠7か月で、あと数か月後には新しい命が誕生する予定だった。二人にとっての第一子で、浩介は華を気遣いながらも、父親になる事を楽しみにしていたし、華も幸せそうに見えた。
浩介は多少ため込む性格ではあったものの、華は何でもずばずば言う性格だったので、彼女が内心不満を抱えているかもしれないという事に気が付く人間は何処にも居なかった。

 ・・・・この日までは。
 いつも通り浩介が定時で帰宅すると、家の中は真っ暗。
「ただいまー。華?散歩?」
 いつもならリビングの電気はついていて、妻が仕事をしているか、好きな事をしているか、もしくはお風呂に入っているか。食料の買い出しは夫の担当だったので、先にお風呂を済ませた妻が夕食を作ってくれる事が多かった。
 華は散歩するのが好きだったので、浩介が帰宅した後出かけていて居ないという事はたまにあった。でも妊娠7か月で俊敏に動けない妻が一人でどこかへ出かけるというのは少なくなっていたし、浩介も妻に一人での外出は控えて欲しいと伝えていた。華自身も、
「こんなお腹じゃ何処へも行けないね」
 と笑って流していたのに。
「華?」
 不審に思いつつ、リビングの電気をつけて妻を探そうとした時、テーブルの上に置いてある1枚の紙が目に入った。
「・・・え?」
 恐る恐る手に取ったそれは、何と、
「離婚届?!」
 浩介はびっくりして思わず叫ぶ。
「な、何で?」
 しかも妻の欄は既に全部埋まっている。離婚届の証人欄も1人分は記入が済んでいる。そこには見た事のない人物の名前が書かれてあった。少なくとも浩介の知っている妻の友人の名前ではない。
 何で離婚?華は不満をため込むタイプではない。浩介に言いたい事があれば、激しい怒りを露にして怒ってくる。だから浩介はもし万が一妻を傷つける事をしたとしても、すぐにそれで謝罪し、許してもらっていた。結婚記念日も妻の誕生日やホワイトデーも、一度も忘れた事が無いし、妻を実家に帰らせないという事も無い。妻は浩介の母とも大の仲良しだから嫁いびりという事も無いし。妻の体調が悪い時は浩介が家事を全部やっていたし、お腹の子の経過も順調で、特に妻もふさぎ込んでいる様子も無かった。
 浮気ももちろん無い。そもそも浩介はモテないし、夜の店も行かない、妻一筋の男である。どちらかと言えば華やかな美人である妻の方がモテてきたが・・・・でもお腹に子供が居るのに浮気するとは考えにくいし。
「と、とにかく連絡してみないと」
 浩介は焦って妻に連絡してみたが、電話には出ないしメッセージも一向に既読にならない。
「どうしてこんな事に・・・・」
 買ってきた食料品を冷蔵庫にしまう事もせず、彼は床にへたり込んでしまったのだった。
                             次回に続く

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?