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082. 時間の記憶が消えても、色彩の記憶はあせずに残り続ける|オーベルニュ編

bonsoir!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。Vic en Carladésヴィック・シュル・セールという美しい街の中心にある、古い教会の中に足を踏み入れたわたし達。時は2020年2月末。ちょうど世界が未曾有の例の感染症に飲み込まれる前のことだった。今日書くのはあの時感じた色彩の記憶。


娘が幼かったのもあって、わたしのフランス滞在中の記憶といえば、トイレを探して市街地を右往左往したりとか、イヤイヤ期対策でひたすら絵を書いてあげたりだとか、彼女のありあまる体力と好奇心を昇華させるべくバスやトラムに乗りまくったこととか、そんなことばっかりだ。

そんな中、夫が少しでも楽しい滞在経験になるようにと色々と企画をしてくれた。親子で楽しめそうな施設やマルシェを探したり、休日になればあれこれ連れて行ってくれて、教会建築好きなわたしのために美しい教会巡りをさせてくれたりした。写真だって、たくさん撮った。それなのに、色濃い育児の記憶に押されて、時が経つとそれらの淡く美しい瞬間の具体的な記憶はどんどん風化されて行ってしまう。悔しいからこうして滞在記を書いて消えつつある記憶達をもう一度呼び起こしてみる。

どんどん忘れていく。
忘れていって、時系列で辿れないことも多くなってきたのだけれど、ふとした瞬間に、あの時に焼きついた色彩の記憶が鮮明に蘇ってくることがある。

Vic en Carladésヴィック・シュル・セールの教会の中に漏れてくる色彩もそういった記憶のひとつだ。


Vic en Carladésヴィック・シュル・セールにある小さな街の中心に、ひっそりと佇んだ教会。ここは観光の名所らしく、観光案内が他言語対応されており、ツアーで来ているお客さんもいるが、時は2020年2月。例の感染症の影響なのか、閑散期なのか、それとも知る人ぞ知る観光地なのか、基本的には教会の静寂をさえぎることのないくらいの人気ひとけだ。

柔らかな風合いの真っ白な石で作られた教会内はひっそりと静まり返って、天窓から差してくる光がふんわりと乱反射している。時折交わされる会話の音や足音が天井で丸く広がってふり注いでくる。石の風合いのせいなのか、その音は他の教会よりもやさしく感じられた。

こういう作りをなんというのだろう。教会建築好きと言いながら詳しくはないのだけれど、この教会は十字型の構造になっていた。大きな祭壇がどどんとあって、そこにイエスキリストのモチーフがあるというわたしがここでよく目にしてきた教会のそれとはちょっと違った。十字の中心に立つと、ここで連綿とリチュアルな営みがあったことを肌で感じられる。まぁ、そもそも教会という場所がそういう場ではあるのだけれど、なんというか、十字の中心にこの空間のエネルギーの全てが集まってきて、そして放射されていくような、そんな感覚だ。

そして、四方八方を色とりどりの小さなステンドグラスが囲み、太陽の光をさまざまな色合いへと変えて室内の床や壁をほんのりと照らす。ここもマリア信仰の場所なのだろうか。雰囲気がちょっと女性的な感じがする。


小さなステンドグラスの窓の前を通って建物の中をぐるりと周遊する。色とりどりのドロップスのような光がゆく先を照らしては消え、まるで遊ばれているかのよう。歩くたびに光の粒々が頬を、腕を、胸を、足元を撫でていく。身体の周辺が洗われて、普段落とすことのできない疲れや雑念がはらわれていくようだった。

祈り+楽しみ=彩り

当時のFacebook投稿より


色でいつでも思い出すことができる。

きっと、自分がいつか記憶を失う時がきたとしても、こういう記憶は最後まで残り続ける。たとえ、時間の記憶が消えても、色彩の記憶はあせずに残り続けるだろう。




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