「私は彼女の親友だったらしい」第11話

その日は塾があった。甲斐田さんのことがあってから初めての塾だ。本当は休んでもよかったのだけれど、私の高校の時間がストップしても世の中の勉強は待ってはくれない。休んだ分だけ苦労するのは目に見えている。だから他の友達も塾にはちゃんと行っていると教えてくれた。

家から自転車で行ける距離にある塾は、進学塾として有名だ。同じ高校の人が多いので、学校の続きのような雰囲気だが、違う学校の人もちらほらいる。

塾に着くと、違う高校の人が私のことを見てくる気がした。そりゃ、ニュースになるほどの事件が起きたのだから、気になるのは分かるが、どうもそれだけではないような気がする。

「高橋さん」

話しかけてきたのは、同じ制服の子。塾は決まった席ではなく、好きな席に座ることになっていた。今日は隣に同じ学校の子がいた方がいろいろ安全かなと思ってその子の隣に座る。

座って、よく顔を見て見るとあの事件の日に私の教室に走り込んで来た子だった。確か……彼女のノートに書かれている名前を盗み見て、石倉さんだったと思い出した。

「なんか、みんなこっち見てくるよね」

石倉さんと話したのは初めてのはずだが、ずいぶんと距離が近い子だ。それでもこの環境で同じ学校というのは心強い。私は黙って頷くことで返事をした。

視線が集まってくることは気のせいではないらしい。

「なあなあ、お前の学校で自殺した子がいるってまじなん?」

話しかけられるとは思っていたが、まさかこんなにあけすけに聞かれるとは思っていなかった。

「ちょっと有岡、言い方ってもんがあるでしょ」

石倉さんが頬を膨らませて怒る仕草をした。違う学校の男子生徒だった。おそらく近くの付属高校の人だ。頭は良いくせに思いやる心は育っていないのなら、それは人間として欠陥ではないか。

「まあいいじゃん、知ってる人だった?」

石倉さんはあからさまに嫌な顔をした。

「どうせ誰が亡くなったのかは知ってるんでしょ」

「そりゃあ、ニュースで見たからね。でもその子が知り合いかどうかは知らない」

そう言いながら私の顔をちらりと見てきた。

石倉さんは暗い顔をして

「同じクラスの子だったよ」

とだけ言った。

「マジで?で、どんな子だったわけ?自殺しそうな子だった?」

有岡くんはずいぶんずけずけと聞いてくる。なんと答えるのだろうと様子をうかがっていると

「佳代子はそんな子じゃない!」

石倉さんの大きな声が教室に響いた。

思っていたよりも大きな声で私も有岡くんも驚いてしまう。

「ニュースは佳代子が自殺したとかいうけど、私はそうは思わない。だって、あんなに元気で優しくて、私が困った時には絶対助けてくれる子だったのよ?そんな子が自分から死を選ぶなんてありえない。私はあれは事件だと思ってる」

事件だと言い切ったことで、周りで聞いていた他の塾生たちには、

「自殺じゃなかったらしいよ」

「じゃあ殺人事件ってこと?」

「学校の中に犯人がいるとかやばくない?」

とこそこそ言い合っている。

まだ事件かどうかも知らされていないのに、勝手に噂が広まっては困ると思った私は

「石倉さん……気持ちは分かるけど憶測で言わない方が……」

といつもより大きめな声で言った。

そうすることで周りの誤解が解ければいいと思ったのだが

「でも、高橋さんって死んだ子の親友なんだろ?」

有岡くんのありえない言葉に事態は悪化する。

「なんでそれを知って……」

私と甲斐田さんの関係はニュースにはなっていないはずだ。もちろん同じ学校の人の中では知っている人もいるかもしれないが、他の学校にまで広がるほどだとは思っていなかった。

石倉さんは横でぽろぽろと涙とこぼしている。

「石倉さん……」

そっと背中に手を伸ばすと、

「高橋さんはなんで平気そうなの?」

目に涙をいっぱいにためた瞳で睨まれてしまった。

「佳代子のことで、なんとも思わないの?」

「そう言うわけじゃないけど……」

甲斐田さんと仲が良かったという点では、石倉さんには勝てないだろう。だから彼女に対しての思いも違って当然だ。そう言ってやりたかったけれど、世間から見たら私は甲斐田さんの小学校からの同級生で、親友で……。

そんな外から与えられた評価の中で、もう私は動けなくなってしまっていた。

「自殺じゃないっていうなら怪しい人がいるってことだろ?」

有岡くんは身を乗り出す。他の人達も私たちの輪の中に入って来ないだけで耳をそばだてているに違いない。有岡くんが聞いてくれたおかげで話の矛先は私から犯人へと移すことができた。それには感謝したけれど、怪しい人なんて……

「私は宮内先生だと思うんだよね」

きっぱりと言った石倉さんは、さらに私に同意を求めてきた。

「宮内先生っていう人やばいわけ?」

有岡くんが重ねて聞く。

どうだろう、全ては噂でしかないはずだ。けれど石倉さんは勢いづいて

「うちらの担任なんだけどさ、授業で当てられて正解できないと、ずっと立たせて座らせてくれなかったり、威圧的で机叩いて怒鳴ったりとか日常茶飯事なんだよ」

「そうなのか?」

私に聞いてきたので、

「私は担任の先生じゃないけど、立たされたことはあるな」

と答えた。これは本当のことだ。現国の授業の「作者が言いたいこと」なんていくらでも答えはあるはずなのに、宮内先生は1つの答えしか許さない。あらかじめ自分の考えてきた答えになるように質問を誘導して行き、違う答えを言うと分かるまで座らせてもらえなかった。

「高橋さんの担任はいいよねぇ、交換してほしいくらい」

たしかに堺先生は優しい。同じ国語、とはいえ堺先生は古典の担当なので授業のやり方がそもそも違うのだが。

「死んじゃった子はよく立たされてたのか?」

そんなこと聞かれても私はわからない。思わず石倉さんを見ると

「別に佳代子だけじゃなくてみんなそうだったよ。あんなやつさっさとやめちゃえばいいのに。他にもさ、うちらのスカートが短いって言って注意するだけじゃなくて下から覗き込んできたり、階段上ってるときに見えそうだぞー!ってわざわざ言ってきたりするの」

「それただのやばいやつじゃねえか」

「その通り、佳代子も先生のこと嫌ってたよね?」

急にこちらにふられた。

勢いでそうだね、と答えたが、本当のところはどうなのだろう。

なにもしらない私を親友にしたせいで、こんなに迷惑被っていること、甲斐田さんはわかっていたのだろうか。

私たちの話は周りも聞いていたようで、それからもこそこそと話し声が聞こえた。会ったこともない宮内先生はすっかり悪者で、他の教室にいる私と同じ高校の人にも聞いていたようで、

「やっぱり宮内っていう教師はやばいらしい」

と噂になっていた。

授業が始まっても上の空で、自分が渦中にいるのだということを嫌でも実感してしまった。

私たちは事件の被害者でもあり、野次馬でもある。

こんなに広まってしまえばもう取り返しがつかないだろうとは思っていたけれど、学生の拡散力をなめていた。

『やっぱり宮内先生が甲斐田さんのこといじめていたらしいね』

家に帰って携帯を見るとクラスラインが動いていた。

なぜ急にそんな展開になったのか。何か新しい情報が分かったのかと思っていると

『どうしてそう思うの?』

本郷さんが聞いてくれた。さすがは委員長。

『塾の人が教えてくれたんだ!』

と教えてくれた。

は?

そういえば、この子は私と同じ塾だ。だとしたら教えてくれた塾の人というのは私たちの会話のことを言っているのかもしれない。しかし、塾での教室は隣だから、その話を私たちがしていたとは知らないのだろう。灯台下暗し。

『やっぱり宮内先生だったかー、怪しかったもんね』

『宮内先生って盗撮してたんでしょ?』

普段の噂からどんどん広がって、それは確定事項になっていく。

『そうらしいね、学生の時に捕まったことあるらしいよ』

『うちは今日、塾で甲斐田さんの遺書に宮内先生への恨みが書いてあったって聞いた』

『それ、もう決定じゃん』

その場にいた私からすれば話に尾ひれがつきすぎている。さすがにそれではいけないと思って

『私も塾にいたけどそんな話聞いてないよ。違うんじゃない?』

と返事をした。クラスラインで私が返事をしたのは初めてだった。クラスのみんなは私が甲斐田さんの親友という立ち位置であることは知っている。そんな私から言えば、みんなは信じてくれると思っていた。

しかし

『え、じゃあ犯人知ってるの?』

と聞かれてしまった。

『知らないけど……』

『じゃあ、宮内先生が犯人じゃないって決まったわけじゃないよね』

一蹴。

自分のクラスでの立ち位置の低さに少し驚きつつ、いやいやきっとみんなそれよりも面白いことに飛びついているだけなんだと思い直すことにした。

中には『憶測で話さない方がいいよ』という子もいたけれど、誰も反応しなかった。それよりも宮内先生への普段の文句や不満、怪しいところを列挙されていくだけのライン。私たちが塾で話していたことがこんなに膨らんでしまったのかと恐ろしさを感じる。もう手の付けようがない。

『私、明日宮内先生の授業ボイコットしようかな』

誰かが言い出せば、

『わかる、そんなやばい先生の授業うけたくない』

『この前の授業とか、半分脅しみたいなことされたしね』

『それいいな!みんなでしようぜ』

『先生に向かってボイコットしますって言ってから教室出ていこう!』

『なにそれ面白そう』

『じゃあ明日の一時間目はみんなでボイコットな!』

数人の意見でことが決まってしまった。

きっと心のなかでそんなことやめようよと思っていた人もいたはずだが、誰も名乗り出てこなかった。

クラスラインがようやく落ち着いたころ、達海からラインが来た。クラスの方には一切返事をしなかった彼だ。

『電話していい?』

『いいよ』と返すとすぐに電話がかかってきた。達海と会ったのは数時間前、そう言えば別れ際に泣いていたなと思い出す。すでに泣き止んでいるとは思うが。

電話に出るとまさかの沈黙。話したい内容はわかっていたが、私から話し出せというのか?それとも急に気まずくなってしまったのだろうか。

「……大丈夫?」

そう尋ねてみたけれど

「……なにが?」

とかわされてしまった。これ以上は思い出させない方がいいだろうと踏んで、なんでもないよと言う。

「塾で何があったの?」

私は起こったことを話した。

ふうん、と言ったっきり彼は黙りこくる。

「高橋さんって意外に何も言わないんだね」

「どういう意味」

「違うことは違うって言えばいいのに」

「言ったよ、でも無理だったじゃん」

「でも、本当のことを知っているのは高橋さんだけだったのに、それの説明をしないのは無責任なんじゃないの?」

その通りでなにも言えなくなってしまった。

代わりに私が黙ってしまったことを悪いと思ったのか、彼は

「ごめんね、また明日」

とだけ呟いて、先に切った。

布団に入り込んで目をつぶった。眠れなかったので動画サイトから、好きな音楽を流し聞いて寝た。


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