「私は彼女の親友だったらしい」第17話

無事に学校を終え、家に帰ってきて郵便ポストを開けると、一枚の封筒が入っていた。

達海が後ろで

「どうした?」

と聞いてくる。私は無言でそれを差し出すと、彼はあからさまに嫌そうな顔をした。

それもそうだ。封筒には差し出し人が書いていない。しかしご丁寧に、私の名前が印刷されている。

「……どうする?」

問いかけても答えは、開けるか捨てるかしかないのだが、思わず聞いてしまった。

「……開けるしかないだろ」

怪しいと思ったが、母さんに見られて心配させるわけにもいかないと思った。開けようとして自分の手が震えていることに気が付いた。きっとこの中には私にとって不利益なことが書かれていて、それを読むことで自分の心が傷ついてしまうことは明らかだった。

どうしようかと考えていると

「貸せよ」

上からひょいと取られてびりびりと雑に破いていく。

中から出てきたのはB4の紙だった。

印刷されていたのは

「……これ、佳代子のアカウントだよな」

そう、甲斐田さんのツイッターの呟きをコピーしたものだった。

「そうみたいだけど……」

私たちはじっと紙を見る。アイコンも自己紹介の部分も私が昨日見たものと同じ。

呟きだって同じだ。

ただ、唯一ちがうもの。私はそれを黙って指さす。

『好きすぎるから死んでほしい』

『死ぬことであなたの心に残るのなら私はその方法をとる』

高校生とは思えない重い重い愛の言葉たち。

「この呟きは見たことなかった」

「なかったってことか?」

「そう……だと思うけど。これは消された呟きってことでいいのかな?」

「じゃないか?でも、佳代子が自分で消したのか?」

「私は……ちがうと思うな」

「俺もだ」

この言葉だけなら、愛の重い高校生が自殺したように見えるだろう。

私たちは一番上の呟きに視線を移す。

「こんな言葉……なかった」

「誰かが意図的に消したってことだろうな」

「そしてその犯人はわざわざこれを送りつけてきた」

「そうとう自信があるのか…見付からないと思っているのか」

『このままだと殺されるかもしれない』

甲斐田さんからの確かなSOSを私たちは目の当たりにした。

「俺、好きって言われたことないのにな」

沈黙を破ったのは達海だった。

あまりに拍子抜けしてしまう言葉に

「なにそれ」

と笑ってしまう。

「佳代子は誰かのこと、殺したいくらい好きだったんだなって思って。高橋はその気持ち分かる?」

殺したいくらい好きな気持ち?

わかるわけない、といいたかった。しかし、なんとなく理解できてしまう自分もいる。

好きでいる気持ちがうまく伝わらないときに、こんな苦しい思いをするなら出会わなければよかったと思うのだ。

それは気持ちを伝える勇気がなく、気が付いてほしいと自分勝手に思う我儘以外のなにものでもない思う、なんて話すと

「そんなに想えるくらい好きになれるのは幸せだよな」

と真面目に言われてしまった。

「達海は甲斐田さんにたいしてそうは思わなかったってこと?」

達海は困ったように眉を下げた。

当たり前だ、普通は好きな人を殺したいなんて思わない。

「……今なら殺したいと思うかな。もう殺せないけど」

吐き捨てた言葉は本心だった。

「これ、どうしたらいいと思う?」

「警察に届けるとか?」

たしかに、それが正解なのだろう。しかし、

「渡利先生に見せるのは?」

間瀬さんにこれ以上首をつっこむなと言われたことで、正直不信感を持っていた。渡利先生に見せる方が幾分かましだ。

達海は少し迷ったあげく、

「それでもいいけど、先生は危ないと思う」

と言う。

「なんで?」

「だって、これを送ってきたのは俺たちの家を知っていて、佳代子のアカウントを見たっていうのを知っている人ってことだろ?そうしたら必然的に犯人は近い人ってことになるじゃないか」

「まさか先生を怪しんでるの?」

「……」

「あの人は甲斐田さんが死んでから来たんだよ」

「そうだったな、すまん」

疑心案着になってしまう気持ちは分かる。どちらかと言うと村瀬さんの方が怪しいと思ってしまう。それでも彼の意見は理解できる。

ここまでやるということは学校関係者であるということは明らかだ。そして普段から私たちに近い存在の人であるということ。

だからその意見はわかるよ、警察に見せようと言って間瀬さんに電話した。

間瀬さんは別の事件で忙しいらしく、今日は会えないということだった。世間ではもう、甲斐田さんの事件は終了を迎えてしまったのだろうか。

「でも、これ甲斐田さんが自殺じゃない証拠になると思うんです!」

私が興奮していると思ったのか、間瀬さんは

「……わかった、わかったから落ち着いて。渡利先生に話を通しておくから明日向かうわ」

としぶしぶ言ってくれた。

次の日まで待つなんて悠長なことはできない。私たちに忘れさせないように犯人が仕向けているということは、犯人は次の手立てを考えているということだ。ここで私たちが何もしなければ、次はどんな手が出るか分かったもんじゃない。

そう言ったけれど

「あのね、高橋さん。この件からはもう離れなさいって言ったわよね?」

強めに言われてしまった。

電話を切った後、達海は俺が電話すればよかったなごめんと謝ってくれたけれど、別に彼が悪いわけじゃない。だから

「明日朝いちで渡利先生のところに行こう」

と言った。

その日は眠れなかった。

今までで一番甲斐田さんのことを考えた。今まで心のどこかで彼女は自分から死を望んだのだと思っていたけれど、そうではないと分かった。

彼女は誰かに殺されたのだ。

そして、その犯人は私たちが通う学校の中にいる。

今も、のうのうと学校生活を送っている。人を一人殺しておいて、そんなこと許されるのか。

考えれば考えるほど、目が覚めてしまった。

翌日、朝補習の前に渡利先生を訪ねると、意外にも部屋にいた。

「こんな朝早くに珍しい。それも二人で」

先生はとても驚いた顔をしていた。確かに最初にこの部屋に来た時も朝補習の始まる前の時間で、その時は先生に敵意むき出しだった。

「先生に見てほしいものがあって」

封筒をちらりと見せると、先生は

「入って」

と招き入れてくれた。

封筒を手渡し、紙を取り出す。中身を見て先生は顔をしかめた。

「これ、あいつにも見せていい?」

あいつというのは村瀬さんのことだとわかったから、頷いて答える。

記者の方が詳しくわかって調べてくれるかもしれない。警察では見つけられない事実が分かって都合がいいこともあるだろう。

隣に座っている達海は、よくねむれなかったのか、話の間ずっと欠伸をしていた。

「眠そうね」

先生はコーヒーを出してくれた。以前は飲まなかった達海も、今日は素直に

「ありがとうございます」

と言って飲んでいる。

「最近寝れてる?」

「……あんまり」

言われてみれば目の下のクマがひどい。

「寝ると佳代子の夢を見るんです」

なんで私だけ生きてるのって言われるんです…そう言って額を覆う手は骨張って大きくて、そして震えていた。

「甲斐田さんはそんなこと言わないよ」

言ったあとに、いや私が何を知っているんだと思い直した。でも、渡利先生は

「ええ、きっとね」

と笑ってくれた。

間瀬さんが来るまでにまだ時間がある。

「一時間目の授業は何?」

「現国です」

「堺先生の?」

「そうです」

授業には出るつもりだったが、朝補習はさぼるつもりだった。

授業が始まるまであと一時間はある。

時計を見ると、先生は達海に

「あいつがくるまで少しねたら?」

と部屋の隅にあるソファベッドを指さした。

達海は悩んでいるようだったが、私も

「そうした方がいいよ」

と言うと、

「すみません」

と頭を下げて、ベッドの方へと行った。物の数分で寝息が聞こえてきて

「やっぱり、そうとう寝不足みたいだったようね」

先生は困ったように笑った。

村瀬さんが来たのはそれから10分後だった。

「早いですね」

と驚くと、

「この事件を追うために近くに家を借りたからな」

さらっと言ってのけた。大人の財力はすごい。

「で、これが郵便ポストに入ってたって?」

「そうなんです」

達海を起こすのは悪かったので、結局私と先生で対応する。

村瀬さんは紙を見たとたん顔を思いっきりしかめて、それからパソコンとにらめっこしてしまった。

あまりに何も言わずに作業を始めてしまったので、不安になって渡利先生を見る。私の視線に気が付いた先生は、

「大丈夫、集中すると周りが見えなくなっちゃうタイプなのよ」

と言って、村瀬さんを見た。その目は懐かしいものを見ているような、大事なものを見守っているような瞳だった。

だから私も何も言わずに作業をしている村瀬さんを見る。パソコンのキーボードを打つ音と、達海の微かな寝息だけが響く静かな教室。

「ねえ、先生」

沈黙に耐えられなくなった私はゆっくりと口を開いた。

「なあに?」

「先生は、昔、先生やってたんでしょ?」

先生は怒ることはなく、ふうと小さなため息をついて、

「あいつが言ったのね?」

と呟いた。

「どうしてやめちゃったんですか?」

「……どうしてだと思う?」

「……つらかったから?」

何かにいっぱいいっぱいになってしまったということは聞いていた。しかし、それが何かは分からないし、村瀬さんもそこまで教えてくれなかった。

先生という仕事は想像以上に大変なのだと思う。私たちが普通に学校生活を送れるのは先生たちのおかげなのだと最近ようやく分かった。

「そうね……つらかったな」

「何があったか聞いてもいいですか?」

先生は言うかどうかしばらく悩んだ末、ようやく重い口を開いた。

「生徒が……亡くなってしまってね」

「甲斐田さんみたいに?」

「……そう。昔は中学の担任してたんだけど、夏休み開けの始業式の日にね、自殺してしまったの。いじめだって遺書をのこしてね」

視線を落としてコーヒーのカップを揺らす。黒い水面はゆっくりを円を描いて揺れる。私も目の前に出されたコーヒーを少しだけ回す。香ばしい匂いが鼻を通る。

「いじめがあったのは私の授業の時ではなくて、部活の時だったらしいの。だから私が見ているところではいじめは見つけることはできなかったし、いじめていた生徒も他のクラスの子たちだったから。受け持っていたクラスの生徒たちからは、先生のせいじゃないって言われたんだけどね……。それがどれほどのものだと思う?」

聞かれている意味がよく分からなくて、黙って首をかしげる。

「ほんとに私のせいじゃないと言えると思う?」

どうだろう、先生は実際にいじめの現場を見つけることはできなかったのだ。しかし、同じクラスの生徒の一人が死んでしまったというのは夢見が悪いに違いない。

「もしかしたら、担任の私だったら、普段の授業の中で彼女の異変に気が付くことができたかもしれないでしょ?だって担任なんだもの。他の先生よりも近い位置にいて、他の先生よりも長い時間関わっているのよ。私がもう少しよく見ていたら、異変に気が付くことができたんじゃないかって……思うのよね」

「それは……わからないですよ」

こう答えるので精一杯だった。

「そうよねぇ……今となっては分からないことなんだけどね。そうやって自分を一人でせめて、それで心が折れちゃった」

「でも、カウンセラーになったのはすごいと思います」

せめてもの慰めのつもりか、こんな言葉しか出てこなかった。先生はありがとう、と小さなで言った後、

「罪滅ぼしのつもりなんだろうね」

悲しそうに笑った。

「涼子は一人で背負いすぎなんだよ」

今までパソコンで作業をしていた村瀬さんがぽつりとつぶやいた。

「聞いてたんだ」

「そりゃ、同じ部屋にいれば聞こえるだろ」

呆れたような声。そしてパタンとパソコンを閉じた。

「何かわかりましたか?」

「まあな。でも、話は警察が来てからだ」

「間瀬さんはいつ来るんですか?」

「さあ……ごめんなさいね。私は何も聞いてないわ」

昨日は渡利先生に話を通しておくと言ってくれていたのにとがっかりしてしまう。

「でも、大丈夫よ、まだ早いからお昼までには連絡来ると思うからね。また放課後会いましょう」

私は無言で立ち上がり、達海を起こして部屋を出た。


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