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ちょっと沖の方に行って、笑って、死にかけた話。

※はじめに。記事の公開日が、東北の震災と近い日となってしまった事を掲載した後になって気がつきました。心よりお詫びを申し上げます。今回の記事は、震災とは、全く関係なく、20数年前に僕が海水浴場で経験した個人的な体験談です。しかし、海で溺れる等の内容を含む為、中には、気分を害される方も居るかもしれません。可能性がある方は、閲覧を控えていただくか、時期をずらして読んでいただく等のご配慮をとっていただけたら幸いです。

こんにちは、皆様お元気でしょうか?徒歩です。
最近は、下の連載小説(と言えるのかな?)を中心に投稿していて、記事を書く事が少なくなっていたので、今回は、久しぶりに記事を投稿してみようと思います。

※僕の拙い文章ですが、宜しかったら、こちらもみていただけると嬉しいです。


 先日、昨年に、僕の友人が急逝して1年という事もあり、友人の1人と、その亡くなった友人の家にお線香をあげにいってきました。そして、お墓参りをした後に、その友人と久しぶりに、ご飯を食べに行って来ました。

 ご飯を食べに行った時に、色々、昔を振り返ったり、現状を報告したりしたのですが、その時に、思い出した話があったので、書いてみたいと思います。

皆さんは、”笑い”と、”死”が共存するという状態に陥った経験がおありでしょうか?

笑いすぎて、死ぬとか、死ぬほど笑った、とかいう話ではなく、文字通り、”笑い”と”死”が共存している状態です。

タイトルから、なんとなく想像がつくと思いますが、ご興味のある方は、ご一読していただけたら幸いです。

その昔、今から20年以上前の、僕が高校生の頃でしょうか。とある休日。情けない僕を含めた、うだつの上がらない友人4人と、うだつの上がらない日常を過ごしておりました。

あの頃は、携帯電話が普及するちょっと前で、友人の家がちょっとした溜まり場になっていました。

“明日、10時頃、行くわ。”

という曖昧な伝言で、その友人の家に行けば誰かしらが居るというような、今考えると、不思議な空間が出来上がっておりました。

あれは、真夏の少し前、初夏の頃でしょうか。木々が青々と芽吹き、雲は、まんまるの入道雲、蒸し暑い日差しと、蝉の声が遠くで聞こえ始めており、今にも夏が始まろうという気配が、そこはかとなく漂っておりました。

そして、蒸し暑いとある日、扇風機がブンブン回る部屋の中で、友人の1人が誰にともなく、こう言いました。

“暑ぃな〜。”

“暑ぃね。もうすぐ、夏だからね。”

”夏ね…。何か、夏らしい事ないかな?”

”夏…らしい事ねぇ…。”

”…。”

少し、沈黙があった後、友人の一人が、提案します。

“おい、ちょっと海にいってみねぇか?”と。

僕の地元にも海岸はあるのですが、そこではなく、もう少し小綺麗な、海水浴用の海岸へ。車で行くと、1時間以上もかかる所に、

”自転車で行ってみねぇか?“と。

お馬鹿な僕たちは、”いいね、いいね!”、”行こうぜ、行こうぜ!“等と、囃し立て、行ってみる事に。

一旦、各自の家に戻って、海パンや水中ゴーグル、タオル等、荷物を持って、再度集合し、自転車で海岸へ向かいました。

暑い中、汗だくで自転車を漕ぎ、数時間かかって、ヘトヘトになりながら、その海岸に着くと…。

初夏とはいっても、海水浴シーズンではない為、海水浴客はもちろん、監視員等もいません。

“おお、凄ぇ…。誰も居ねぇな…。”

”きれいなもんだね。”

人が居ない事に若干の不安を感じながらも、今でいう、プライベートな空間に来た的な感覚なのでしょうか。その開放感に少し興奮を覚えていました。

すぐに海パンに着替えて、海に飛び込むと、自転車をこぎ、汗をかいて火照った体に、まだ少し冷たかった海水が、ひんやりと心地よかったのを覚えています。

しばらく、はしゃいで泳いだ後、友人の1人が立ち泳ぎをしながら、誰にでもなく、また言います。

”おーい。”

”あー?”

“おい、ちょっと沖に行ってみねぇか?”と。

“おぉ、いいぜ。いいぜ。”
と僕ら。

今まで居た遊泳エリアと思われる方から、沖の方まで、泳いでみる事に。
平泳ぎをしながら、どんどん沖へ。

遠ざかる浜辺…。

だんだんと冷たくなってきているのが分かるつま先…。

“大分深いんだな…。”
と心の中で思う。

次第に大きくなってくる波…。

先を泳ぐ友人の背中を見ながら、内心、
“どこまで行くんだろ…?”と思う。

もう距離的に自分達の体力で戻るには、ギリギリだと考えられる所まで来ていました。

友人達も同じ事を思っていたのか、

先頭を行く友人の一人が、泳ぎを立ち泳ぎに変え、
後ろを振り返って、声をかけました。

”おーい、ちょっといい?”

”あー?”

声をかけた友人の方へ皆が集まって、円形の形を作り、立ち泳ぎを続けます。

“ねぇ、ちょっと疲れてきたし、大分遠くまで来たから、この辺で戻るか?”と。

内心ちょっと怖くなっていた僕らも同じ事を考えていました。

“戻ろう、戻ろう。”と賛同します。

向きを変え、浜辺へ向かって帰ろうと泳ぎ出したその時、
何を思ったのか、友人の一人が、

”ごめん、ちょっと、待って。”
と声をかけました。

”え?”

”ちょっと確認してくるわ。”

”は?”

そう言うと、その友人は、海に潜っていきました。

”…。”

しばらく、間をおいてから、潜っていった友人が海面から、ブハァと顔を出し、息も絶え絶えに、こう言いました。


”ハァ…ハァ…、おぃ、マナティいるぞ。”と。


”フハハハ…。”
また、バカなことやってんなぁと笑う僕ら。

マナティって分かります?

















※マナティ(ネットよりお借りしました)

※こんなやつです。絶滅危惧種で、フロリダとかにいるやつです。
日本の田舎の海には、絶対にいません。













笑っている僕らを見て、友人は満足している様でした。

すると、別の友人が、

”何バカな事いってんだよ。一応、俺もちょっと、確認してくるわ。”
と言い、海へ潜っていきました。

しばらく間をおいてから、その友人も、ブハァと顔を出し、息も絶え絶えにこう言います。

”ハァ…ハァ…、おぃ…、おぃ、信じられねぇ…、マナティいるぞ。”


”フハハハ…”
再び笑う僕ら。

すると、また別の友人が、

”ふざけんなよ。いるわけないだろ、そんなの。いい加減にしろよ。”
と言った後、
”ちょっと確認してくるわ。”
と言い、

海中で海パンを脱いだのか、足先~下半身~むき出しになった局部を、シンクロの選手の様に、海上に一回突き出してから、ゆっくり海中へ潜っていきました。

”フハハハ…。”

しばらく間をおいてから、ブハァと出てきた友人の顔は、海中でずらしたのか、水中ゴーグルが縦に近い斜めの状態で、顔にかかっており、そして、息も絶え絶えにこう言います。


”ハァ…ハァ…、おい、信じられねぇ…、マナテ…”


急に、バシャっと音がし、友人の言いかけた”マナティ”は、高波にかき消されてしまいました。

”…。”

バシャっと、また音がしました。

音のする方へ顔を向けると、友人の一人が、”フハハハ…”と笑いながら、手をバタつかせていました。

どうやら、最後の友人が入念に準備していたオチを、高波によってかき消され、台無しになってしまった事が、ツボに入ってしまったようです。

相変わらず、友人は、”フハハハ”と笑い続け、手をバタつかせ続けています。時折、顔が海に沈んでいるようにも見えます。
でも、笑っている。”フハハハ”と。

何が起きているのか分からない僕ら。

その時、またバシャっと音がしました。

別の友人が”フハハハ”と笑って、同じように手をバタつかせています。
時折、顔が沈んでいます。

”何?”
何か僕もだんだんおかしくなってきて、笑ってしまったその時です。
バシャっと、顔が海に沈んでしまいました。

必死に顔を海面上に出そうと手をバタつかせます。しかし、海面上に顔を出した所で、笑いは止まりません。
”フハハハ”
バシャっと、また沈んでしまいます。
苦しい…!
でも、笑いは止まりません。
”フハハハ”

皆さん、想像してください。人が本気で笑っているとき、地上に居るから立っていられるのです。足がつかない所で本気で笑った時、よほど訓練された人以外は、”泳ぐ”と”笑う”は、同時にはできないのです。

それを見た他の友人も、バシャっと音を立て、”フハハハ”と笑う同様の状態に。

全員溺れる寸前でした。

”やばい、やばいぞ!”

”戻る、戻ろう!”

”急げ!”

”フハハハ”

だいぶ沖の方まで来てしまいました。浜辺が遠くに小さく見えます。

波もあるので、なかなか前に進みません。

周りには、僕ら以外、人っ子一人居ません。

一気に怖くなりました。

戻る最中、皆、できるだけさっきの事を考えない様、気を付けていますが、
考えない様にする時点で、頭の片隅にはずっとあるわけで。

それが、時折、頭をよぎるのか、”フハハハ”と誰かが笑い、バシャっと顔が沈みます。

それを見た、他の全員が遅れてバシャっと沈みます。
”フハハハ”

苦しい!

死ぬかも!

”フハハハ”

途中、先を行く友人が、あまりの苦しさに、急ごうとして泳ぎを、平泳ぎから、クロールに切り替えましたが、バテてしまい、また平泳ぎに戻していました。

(何で一回、自由形を挟んだの?)

”フハハハ”
バシャ。

その他全員、
”フハハハ”
バシャ。

こんな感じを繰り返しながらも、何とか全員無事に、足の着く浅瀬までたどり着く事ができました。足に砂がついた瞬間、心の底から安堵しました。

僕らは、これに懲りて、シーズン以外は、海に(泳ぎに)行かなくなりました。

そして、冒頭の友人とごはんを食べに行った所に戻ります。

”そんな事もあったなぁ。”と懐かしむ一方で、

”あの時、もし、本当に溺れて、事故になってたら、事故の原因とか、どうなったんだろうな?”と友人。

”警察じゃ分からないだろうね。”

”だって、あんな馬鹿な理由で溺れたなんて、想像つかないもの。”と僕。

良くも悪くも、いまだに覚えている20数年前の思い出。

”笑い”と、”死”の共存。

皆さんも海に行く際には、ご注意を。

だいぶ長くなってしまいました。
この位にしておきます。

※本日もお疲れ様でした。
社会の片隅から。徒歩より。

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