キミが笑えば 一,雨の月曜ジョッキー



♯ 北橋中学

雨。
学校裏手の土手とフェンス。
運動部の部室棟。
木造校舎全景。

〈タイトル・雨の月曜ジョッキー〉

♯ 北橋中学・二年三組  

木造校舎一階の教室。
黒板の前に教師と転校生。
転校生に視線を集中させる生徒達。詰襟とセーラー服。
教師が黒板に転校生の名前を書く。
生徒達の間からくすくす笑い。
黒板の文字。『三上雨』。
教師が三上を紹介し、三上も挨拶するが、その声はほとんど雨に消されている。
北海道から…の件がかろうじて聞き取れる
三上、教師に指示されて窓際の一番後ろの席に着く。
国語の授業。
前方からプリントが配られてくる。
三上の列、一枚足りない。 
隣の列の少女のプリントが一枚多い。
少女、三上にプリントを渡す間際、三上の顔を見る。 

古崎   「私…貴方を知ってるわ」

三上もきょとんとして少女を見るが、少女は何事もなかったようにプリントに視線を落としている。
断髪の横顔。

教師    「…日本を代表する作家、国民的小説家、夏目漱石ですが、一生涯に残した小説は短いものを合わせても三十作くらいしかないんです。意外と短命だし、デビューも遅かったしね。今日はその中から何篇か紹介したいと思います。こないだの『坊っちゃん』も清との件なんかわたくしは大好きなのですが、このプリントも粗筋というよりは、いろいろな小説のさわりを載せてみました。まあ気に入ったのがあったら読んでみて下さい。今じゃなくても、十年後にでも思い出してね。漱石先生は絶対なくなんないから。それじゃ一個ずつ読んでもらおうかな…」

前列から順番に立ち上がって朗読していく。
『三四郎』『夢十夜』『吾輩は猫である』『こころ』『草枕』…
少女が立ち上がる。

古崎    「『凝る雲の底を抜いて、小一日空を傾けた雨は、大地の髄に浸み込むまで降って歇んだ。春はここに尽きる。梅に、桜に、桃に、李に、かつ散り、かつ散って、残る紅もまた夢の様に散ってしまった。春に誇るものは悉く亡ぶ。…』」  

三上、少女の閉じられた国語の教科書の裏表紙を見ている。
『古崎和歌』と名前が書かれている。

三上    「(モノローグ)古崎和歌…?」

♯ 北橋中学・二年三組(同日・昼休み)

三上、頬杖をついて窓の外を見ている。土砂降り。

三上    「(モノローグ)よく降るなあ…」

三上、教室内を見渡す。賑やかな生徒達。  

三上    「(モノローグ)箱舟みたいだ…」

三上、机の上のノートを開いて『箱舟』と書く。
ちらりと隣を見る。
古崎、教室内の喧騒と裏腹に静かに片肘を突いて座っている。

三上    「(モノローグ)古崎和歌…」

三上、顔を上げると目の前の席にクラスメートの石川賢人が後向きに座っている。

石川    「三上くんギター弾ける?」
三上    「(反射的に)うん」
石川    「テニス部入んない?」
三上    「(きょとんとして)テニス部?」
男子生徒  「石川さっそく勧誘してる」
男子生徒  「三上くんさ、前部活なんだったの」

いつのまにか、三上の周りを何人かの生徒達が囲んでいる。         女子生徒も参加し、さわさわ。こちらは北海道に興味がある様子。        気がつけば、教室の賑やかしさの中心。
石川、三上のノートの落書きを見て、鉛筆で『→虹』と書き加える。

石川    「『救済の舟・約束の虹』」

三上、もう一度古崎を見る。群衆に交わらず姿勢も変えずにいる。

♯ 北橋中学・二年三組(同日・放課後)

三上、学生鞄に荷物を詰め、カチンとふたを閉める。
座ったまま、古崎の方に顔を向けて。

三上    「ごめん。一日考えたんだけど、わかんない」
三上    「(モノローグ)おもしろそうな宿題だったけど。降参」
古崎    「(俯いたまま)『三上雨』ってペンネームだと思ってた」  三上    「(一瞬きょとんとした顔をするが、急に)えええ?」 
古崎    「(俯いたまま)」  
三上    「(ハイテンション)月曜ジョッキー。聴いてるんだ。及川曜子の。ここでも聴けるんだ。そーか。入るんだ。届くんだ。キミ、聴いてるんだ。ここで。キミも及川さんのファンなんだ」
古崎    「(俯いたまま)ファンなんかじゃないわ」
三上    「(静止)」 
古崎    「(俯いたまま)及川曜子なんか大キライ」
三上    「(即答)なんで?」

古崎、立ち上がる。三上を見おろす視線で。

古崎    「私は、雨が降ると必ず三上雨くんのハガキを読む、くだらない、及川曜子が、大キライ」

見上げる三上。降り注ぐ土砂降りの雨音。 




♯ 三上の部屋(同日・夜)

三上、勉強机の前でラジカセ相手に格闘している。アンテナを伸ばしたり縮めたり、握ったり放したり…。最終的にラジカセの周波数のところに油性マジックで印をつけている。したり顔。嬉しそう。
その光景にかぶせる様に、月曜ジョッキー(数日後)。

 DJ    (ナレーション)

「及川さんこんばんは.
これはボクがリアルタイムで出す最後のハガキです.転校するんです.だけど放送はトーベ(友人.プレッシャーかけた)に録音してもらって聴く.つもり.だけどいつか聴かなくなるかもしれない.そんなことまでして聴かなくなるかもしれない.でもこれはひとつのキッカケだけど.遠くになんか行かなくても及川さんの放送を聴かなくなる日はいつか来るんだろう.と思う.それはたとえば.精神的な余地がなくなったり.生活のペースが変わったり.それとも興味の対象が他のものに移ったり.そうして.何となくだったり.ばっさりだったりして.いつか全く聴かなくなるんだ.

でもね.3年たったらボクはたぶん高校2年.だけど5年たったらもう.何だかわかりゃしない.そんな5年後のある日.何にもなくてつまんなかったり.あるいは何かあってつまんなかったりする日曜日の夜.もうすぐ月曜日の午前0時って時に.急に及川さんのことを思い出す.そうしてなにげにチャンネルを合わせてみる.その時に及川さんのタイトルコールが聴こえたら.ボクはきっと幸せになるだろうと思う.それは顧みるのではなく希望みたく.だから.どうか.ずっと.番組続けて下さい.いつまでも.リクエスト.フキノトウ.アメフリ.三上雨。」

(一呼吸置いて) 

「ダケドとデモの多い手紙はどんな内容でもちょっとさみしい。」

 ♪【ふきのとう・雨降り】  

♯ 三上の家・廊下(放送終了後の深夜)

三上、毛布を被って電話している。防寒ではなく防音の体勢。  

電話の声・藤部 「すげーテンション高い手紙だった」  
三上    「うん」
電話の声・藤部 「(笑っている感じ)」
三上    「いつもとおんなじ様なの書いて、あとであれが最後だったんだ、そういえば…ってのがよいんでしょ。わかってんだけどなあ」
電話の声・藤部 「うん。でもホントはそっちの方がナルシストだな」  三上    「うん」
電話の声・藤部 「引っ張るぶんね」
三上    「うん。暖めるぶんね」
電話の声・藤部 「(笑っている感じ)」
三上    「なんかガランとした部屋でさ」  
電話の声・藤部 「(聞いている〉」
三上    「ハガキとマジックひっぱり出してさ」
電話の声・藤部 「(聞いている)」
三上    「床の上で書いてたらさ」 
電話の声・藤部 「(聞いている)」
三上    「視力検査みたいにだんだん字がちっちゃくなってっちゃってさ。最後の方はもうミクロ」
電話の声・藤部 「よかったじゃん。そっちでも聴けて」
三上    「うん」

♯ 向北中学・二年B組(回想)

朝、三上と藤部、立ち話をしている。

藤部    「オレ、手紙ってダメだ。書けない」
三上    「(藤部の顔を見ている)」 
藤部    「(早口で)電話もだめだ。会って話すのみだ。沈黙とシリキレトンボが許されるからだ。でも仕方ない、電話するよ、オレは、絶妙のタイミングでかけるぞ、朝しよう、日が昇る前に、オマエは夜しろ、そしたらもっと遠くに行った様な気になるなあ、時差があるみたいな」 
三上    「(ちょっと泣きそうな顔になる)」
三上    「(モノローグ・ナレーション)藤部はその後はもういつもと変わらなかった」

♯ 向北中学・二年B組(回想・数日後)

藤部が三上に小さな紙袋を渡している。

三上    「(モノローグ・ナレーション)せん別にキッチンタイマーをくれた。スヌーピーがウッドストックをhugしている」

藤部    「九十九分まで測れるが、身を持ち崩さないためには半熟卵くらいだ」
三上    「(モノローグ・ナレーション)ゲームのルールを説明するみたいに云った。」

♯ 三上の部屋

勉強机の上に置かれたキッチンタイマー。
頬杖をついて見ている三上。

三上    「(モノローグ)彼らが友情のオーソリティだと知っていたら藤部はこれを選んだだろうか」

勉強机の上に置かれたキッチンタイマー(アップ)。

三上    「(モノローグ)それとも―」

♯ 向北中学・二年B組(回想)

クラスメートを交えて談笑する三上と藤部。

三上    「(モノローグ・ナレーション)中学二年の三週間だけ一緒のクラスだった」


♯ 北橋中学・廊下(~校庭へ)(翌日・朝)

生徒たちがわらわらと校庭に向っている。
三上も何かわけがわからないまま、流れに身を任せている。
軽快な音楽。

三上    「(モノローグ)(流され乍ら)教えてもらうこと、自然に知ること、まちがった教え、思い込み、取捨選択、感化…」

少し前を古崎が歩いている。三上、追いつく。

三上    「なにがあるの?」
古崎    「定期朝礼」
三上    「(モノローグ)教えてもらった」
古崎    「月曜だけ」
三上    「古崎さんてずっとこっち?」
古崎    「うん」
三上    「放送聴いた?」
古崎    「(沈黙)」
三上    「(モノローグ)消滅しちゃうのかな」
古崎    「(前を向いて)すごいハイテンション」
三上    「(モノローグ)これって万人の評価か」
古崎    「(前を向いて)恥ずかしくないのかな」
三上    「次の日ラジオ聴いてるやつに会うとかないもん」
古崎    「(前を向いて)向うで聴いてるわ」
三上    「会わないし」
古崎    「(前を向いて)私が聴いてたわ」
三上    「一人なら言い訳できる」
古崎    「(前を向いて)機会を与えちゃったわ」

古崎、自分の立ち位置に向おうとする。
直前に三上の方を向いて。

古崎    「あれじゃ最終回だわ。貴方の。お別れの挨拶をしてからまた会うの?」

♯ 北橋中学・校庭

三上の立ち位置を決めるため、三上と生徒達と背中合わせになって背比べをしている。
男子も女子も巻き込んで楽しそう。
三上、真中より少し前の位置に落ち着く。
古崎は斜め前に静かにたたずむ風情。

三上    「(モノローグ)スキにもキライにも理由なんて要らない。大スキだってなんとなくでいい。でも―」

♯ フラッシュ

教室で三上に『大キライ』と云った時の古崎。

♯ 北橋中学・校庭

続き。
静かに佇む古橋。それを見ている三上。

三上    「(モノローグ)大キライには理由があっていいだろう」


♯ 北橋中学・音楽室(数日後)

掃除が終った後の音楽室。
背筋をピンと伸ばし戯れるように演奏する少女(横手朝子)。
ピアノに凭れ眠るような姿勢で古崎がそれをきいている。
二人向い合わせの位置だが、お互いは死角。

古崎    「いいなあ」
横手    「(演奏し乍ら)何?」
古崎    「朝ちゃんはいいなあ。ピアノが弾けて」

横手、軽快に演奏を続けている。

古崎    「何か、全てのコンプレックスを肩代りしてくれるような気がするわ」

町田周子、小柄の体で格闘するように木製のごみ箱を抱えて入ってくる。

町田    「当たってるかもしれない」
古崎    「あ、たのもしいな」
町田    「私もうらやましいもの。ずっとずっと一生」

横手立ち上がり、二人にソングブックを渡す。

横手    「何でもリクエストしなされ」

『とんぼちゃんソングブック』
古崎と町田、頭を突っつき合わせページをめくっている。
さわさわと楽しそう。
古崎がそのうちの一曲を選んで町田にうかがっている。
横手がソングブックを受取りスタンバイする。

町田    「古崎さんこないだ『虞美人草』朗読したよね」
古崎    「(なんだっけという表情)」
町田    「国語の授業」
古崎    「ああ…同じ花?」
町田    「うん」

♯ 北橋中学・廊下

三上と石川、肩を並べて歩いている。
音楽室からピアノの演奏が聞こえてくる。

三上    「とんぼちゃんの『ひなげし』だ」
石川    「ピアノでやる曲じゃないよな」
三上    「オレ、前の学校軽音でさ、これやった。すげーやった」
石川    「こっちじゃやんないの」
三上    「うん」
石川    「この沿線のさ、高架下にさ、ポピーの花畑があるんだ」  三上     「(聞いている)」
石川    「随分遠いなー。でも辿っていけば確実に着くぜ」
三上    「石川くん、ロマンチストだね」
石川    「エイエンノトモダチにしたくなったろう」
三上    「(モノローグ)なった」
三上    「一緒に軽音入んない?」
石川    「オレはさあ、好きな方を遊びにするんだ」

♯ 北橋中学・放課後のグラウンドの光景

クラブ活動の様子。石川と三上の姿も見える。

♯ 北橋中学・テニス部部室

三上と石川、座り込んで話している。
他の部員達は帰った様子。

石川    「グループ組んでたんだ」
三上    「うん」
石川    「名前とかあったの?」
三上    「ドロップ」
石川    「rain dropsか」
三上    「(びっくり)ああ、すごい」
石川    「(不思議そうな顔)」
三上    「絶対あめだまって云われる」
石川    「ダブルミーニングじゃないの」
三上    「ないの。トモダチがレイっていうの。共通項でつけたの。だから」

三上、軟式ボールを弄んでいる。

三上    「二年になったら新歓コンサートや文化祭に出られるからさ、そこで使うつもりだった。でも、日の目を見なかった」
石川    「お前が云うと駄洒落みたいだな」
三上    「(笑う)」

♯ 屋外(数日後・日曜日)

三上、自転車で散策している。
川沿の道を軽快に飛ばしている。

三上    「(独り言)平らな町…」

移り変わる風景。

三上    「(独り言)ののきたばし…ちどりばし…のぼりばし…」

移り変わる風景。

三上    「(独り言)お花畑は遠いんだっけ」

三上、はたと自転車をとめ思案。

♯ フラッシュ

石川    「この沿線のさ、高架下にさ―」

♯ 屋外

続き。
考え込む三上。
脳裏に北橋中学を中心に川と高架がクロスする簡易な図が浮ぶ。

三上    「(独り言)90度違う」

雲行きが怪しくなってきたのに気づく三上。
雨がぱらぱらと落ちてくる。
三上、自転車の向きを変え、アーケード街に潜り込む。


♯ 三上の部屋(同日・深夜)

三上、ベッドの上に寝ころがってラジオを聴いている。

DJ    (ナレーション・雨音からフェードイン)

「桜見ず寝る春ねずみ楽さ.桜を見損ねたねずみの捨て台詞です.リクエスト.カグヤヒメ.アビーロードノマチ.三上雨。」

 (一呼吸置いて) 

「たいへんよくできました。…桜の花びらいっぱい。です。」

 ♪【かぐや姫・アビーロードの街】

♯ 三上の家・廊下/藤部の部屋(放送終了後の深夜)

毛布にくるまって電話をしている三上。
同じく毛布にくるまって電話する藤部の姿。
藤部は自分の部屋に電話機を引っ張り込んで、布団の上で話している。

藤部    「たぶん個人的事情だ」
三上    「(聞いている)」
藤部    「放送が嫌なら聴かなきゃいい。でも排除できない」
三上    「知らない世界の話?」
藤部    「そう。その子と及川さんが住んでる。介入すると嫌なことあるかも。キミに」
三上    「(聞いている)」
藤部      「その子にもね」
三上    「じゃあなんで声かけてきたかなあ」

藤部、そうだねえって表情。

藤部    「オレも作った回文」
三上    「どぞ」
藤部    「猫と函館見てた子は何処ね」
三上    「返歌みたいだな」
藤部    「忘れないうちにね」
三上    「個人的事情ってどんなだ」     
藤部    「フルサキワカがオイカワヨウコなんだ」
三上     「(沈黙)」
藤部    「未来からタイムスリップしてきて帰れなくなったんだ」     
三上    「ホントに個人的事情だな」
藤部    「SFにおける未来は一九七〇年代だ」
三上    「その線も残しとくよ」


♯ 北橋中学・通学路(朝)

小降りの雨。
登校する三上。校門を抜ける。自転車置場を過ぎる。
目の前をキレイなオレンジ色のカサ。
三上、小走りに追いつく。

三上    「きれいな色のカサだねえ」

石川、振向く。二人肩を並べて歩き出す。

石川    「カサがステイタス・シンボルの社会だったら、(カサをくるくる回す)ま、たいていは晴れてるからさ。初対面の人に聞く。どのようなカサをお持ちですか。もしくは、雨の日に驚く。そのようなカサをお持ちとは」

三上    「オレのトモダチが同じ様なこと云ってたな。耳あてがステイタス・シンボル」
石川    「まあ実際、車とか、カバンとか、時計とか、有りだからな」

# 向北中学・通学路(回想)

三上歩いている。自転車の藤部、すうっと追いつく。
二人、グレーのスクールコート。
藤部、サーモンピンクの耳あてをしている。

三上    「どうしたの。それ」
藤部    「いつかオレが悪い方の魔法使いにヒキガエルに変えられた時の目印だ。沼の葉陰にいるから見つけてくれ」
三上    「冬にカエルに変えられたらソッコーで眠くなりそうだな」

♯ 向北中学・軽音楽部部室(回想)

三上と藤部、横並びにしゃがんで座っている。
藤部の手元にはサーモンピンクの耳あて。

 藤部    「(前を向いて)今は耳あての話をするだろう。でも十六になったら、二十になったら、人はオレに耳あてのことなんかきかないだろう。実際十二の今でさえウチやオヤだけがWHATの対象の人がいる。自分で何とかできる範囲のことならきかれてもオレは譲歩するだろうか。それは周りを納得させる能力ってことか?ああつまんないなあ。耳あてラビリンスだ」

♯ 北橋中学・下駄箱置場

続き。
三上と石川。

石川    「(上履きに履き替え乍ら)そいつ、優等生だろ」
三上    「ユートウセイ?」
三上    「(モノローグ)星の名前みたいだ」
石川    「(前を向いて)そうじゃなきゃカッコつかないだろ」
三上    「(石川の顔を見ている)」
石川    「(三上の方を向く)障害物競走でさ、難関をヒョイヒョイ越えてさ、ピカピカのゴールの前でぼーっとする。本当はここに来たかったんじゃないんだ、どうしようか、あたりを見まわす、わからない。うん、やっぱラビリンスか」
三上    「耳あては必要でしょ」
石川    「絶賛と羨望にか」
三上    「うん」
石川    「誘惑はアウトドロップだけじゃない。か」

♯ イメージ

鬱そうとした森。沼。
近づくとホテイアオイの葉の陰にサーモンピンクの耳あてをした灰色のカエルが眠っている。

三上    「(モノローグ・ナレーション)冬の王子さま。元に戻すのは母親?恋人?」


♯ 北橋中学・下校風景(数日後)

石川と別れる三上。
石川は自転車。軽快ななりで駆け抜けていく。
三上、校門を出たところでふと思い立ち、学校の外壁に沿って歩く。        学校裏手はこんもりとした土手になっており、その上にはフェンス。        三上、もう一度校門から学校に入り、土手とフェンスを学校側から見てみようとする。

♯ 北橋中学周辺・風景

校庭から、高架の上を鈍行電車が走っていくのが見える。        逆に、電車の窓から見える風景。
校庭の一辺の隣に土手があり、降りると川原。
女子生徒たちが何人か、土手に腰掛けたり、川原に降りたりしてはしゃいでいる。
校舎の裏手の背景は広大な工場地帯。

♯ 北橋中学・裏手

物珍しげに歩く三上。
日が傾き始め、フェンス裏の工場地帯に灯りがともり始めている。        三上、土手の上の人影に気づく。

三上    「(見上げて)何してんの」

フェンスに凭れ体操座りの古崎。
セーラー服の白いスカーフがない。

古崎    「クラブ」
三上    「何?」
古崎    「陶芸」
三上    「トーゲー?」
古崎    「うちの学校、窯があるのよ(軽く目線を美術室の方へ向ける)」
三上    「へー(感心)」
古崎    「もうすぐ焼きあがるって云うから待ってるの」

古崎、立ち上がり、スカートの周りをくるりと点検する。        降りてきてから、白いスカーフを手品の仕込の様に取り出し、拡げてぱんぱんと扇ぐ。
スカーフを装着してから、小走りに美術室に駆けていく。
後ろ姿を見送る三上。 

三上    「(モノローグ)天女の羽衣。白いスカーフ」

古崎の後姿。

三上    「(モノローグ)彼女は何故及川さんの放送を聴くのだろう」

♯ 向北中学・軽音楽部部室(回想)

三上と藤部。腰掛けて二人ギターを鳴らしている。

三上    「藤部はなんで及川さんの番組を聴くの?」
藤部    「(スコアブックに目線を落とし乍ら)三上くんが読まれるから」
三上    「(ちょっと不満そう)」
藤部    「(目線を落としたまま)ホントだよ。いつかすげーケンカした時にキミは及川さんにハガキ出してオレに秘密の暗号で謝るのさ。及川さんもラジオ聴いてる人も誰も気がつかない。オレだけ気づく。それを聴き逃したら一生仲直りはできない」
三上    「別の機会に謝るよ」
藤部    「(目線を三上に向ける)だめなんだ。時を逃すってそういうことだよ」
三上    「じゃあオマエが謝るのをきき逃さないようにする」

そのままギターを鳴らしている二人。
インストゥルメンタル。

三上    「(モノローグ・ナレーション)月曜ジョッキーの母体は北海道ローカルの深夜放送番組ミッドナイトジョッキーだ。後にこの枠に全国ネットの番組が導入されたのだが、ローカル枠が日曜から金曜までの深夜と変則だった為日曜深夜だけが残された。プリンをパワーショベルですくい取った様に。月曜ジョッキーは当時からの通称。一時間だった放送時間は四十五分に短縮された」

藤部    「(目線を落としたまま)昔、全国ネットの番組で苦境にいる子のハガキを紹介したのを聴いたことがある」
三上    「(聞いている)」
藤部    「(目線を落としたまま)それは波紋を呼んでね、全国から応援の声が寄せられてさ、他のメディアとかも巻き込んだ。オレは、何か、すごくメゲちゃった。それはオレが享楽的でさ、そんな世界垣間見たくなかったんだと思う。
何かしよう。何かできる。放送を通じて。力を合わせて。心を合わせて、か。何も間違っていないよね。ましてはヨケてるオレよりはね。存在するのは善意だけだしさ。無償の。でも、その元気づけられたか、救われたか、の子の話聴きながら、世の中に同じ様に苦しい目にあってる人がいたらどんな思いなのかな、自己投影して幸せになれるのかなって思う。オレは何かするなら完璧であってほしい。網の目からは何もこぼさないでほしい。
大きなことをしようとすればリスクって必ずあるじゃない。静かな何か、何処かを乱しているかもしれない。反動とか、犠牲とかじゃなく、もっと遠く。見えないところ。無理やり目覚めさせられたように。誰かが喜ぶ向うで、余計につらくなっちゃうこともあるかもしれない。えらいと思うよ。必要とさえいえる。わかるんだ。だけど、オレは何もできない。とても、こわい」

三上    「(演奏を止めて)だから及川さんなんだ」
藤部    「うん。(演奏し乍ら)意気地なしなんだな。欲しいのは、あったかいお茶…」
三上    「(聞いている)」 
藤部    「例えばキミのハガキが読まれる。キミのハガキと及川さん。及川さんと聴いてる人。キミのハガキと聴いてる人。トルネードは起こらないでしょう」
三上    「(再び演奏を始める)秘密の暗号が含まれているかもしれないけどね」
藤部    「うん(笑う)」
三上    「(モノローグ・ナレーション)それから二人、喧嘩をシュミレーションしてわくわくしていた。中学一年の秋の終わりのことだった。苦境を具体的に云うことさえできない藤部をおそろしいくらい繊細だと思った」


♯ 北橋中学・校庭(一週間後)

放課後のグラウンドの風景。

♯ 北橋中学・テニス部部室(同日)

帰り支度をしている三上と石川。   
部室の壁にギターが二本立てかけられている。
三上不思議そうな顔でそれを見ている。

石川    「たいていの部室にあるんだ」
三上    「(聞いている)」

石川、一本を手に取る。

石川    「何か音楽室にあった大量の中古ギターをばらまいたとか」

石川、最初軽くつまびいていたが、突然演奏。
チューリップの『銀の指輪』。
ワンコーラス歌って軽快に終る。

石川    「チューリップで、これが一番好き」

三上にギターを渡す。
ギターの裏側。白いマジックで『WE ARE river-side-kids』の文字。

♯ 北橋中学・裏手(同日)

土手に体操座りの古崎。見上げる三上。

古崎    「ろくろじゃなくて、手びねりなの」
三上    「へー(よくわからない)」
古崎    「あっ町田さんが五月の花びん作ってる」
三上    「五月の花びん?」
古崎    「一個ずつ作って十二個並べるんだって」 
三上    「(独り言みたく)文系の発想だな」

♯ 藤部の部屋/三上の家・廊下(同日・深夜)

毛布にくるまり電話している二人。

藤部    「随分軟化したなあ」
三上    「そうかしら」
電話の声・藤部 「そうさ」 
藤部    「たぶん待ってたんだな。軟化させてくれるのを」 
三上    「なんかこないだ云ってたのと百八十度違わないか」
藤部    「専門家じゃないもん。ケーススタディ」
三上    「エキスパートになる日が来るんじゃない?」 
藤部    「まさか」 
三上    「チューリップで何が一番好き?」
藤部    「『風車』」
電話の声・三上 「おお『君のために生まれかわろう』
藤部    「ごめん、やっぱり『青春の影』」
三上    「(聞いている)」
藤部    「でもね、禅問答みたいにきこえるんだ。歌詞が」
三上    「(聞いている)」
藤部    「解る日が来るのかしらね」
三上    「うん」
三上    「(モノローグ)エキスパートになったら解るだろうか」


♯ 北橋中学・美術室(一週間後)

古崎と町田、机を並べてまな板のような正方形の板の上で白い土をこねている。
二人ともセーラー服のスカーフがない。

古崎    「(こね乍ら)五月の花びんは出来た?」
町田    「(こね乍ら)うん」
古崎    「(こね乍ら)じゃあ六月に着手だ」
町田    「(こね乍ら)うん」
古崎    「(町田の方を向いて)フライング?」
町田    「(こね乍ら)うーん。どうしようかなって思って」
古崎    「(手を止めて町田を見ている)」
町田    「(こね乍ら)太宰治の小説にね」
古崎    「(ちょっとびっくり)」
町田    「(こね乍ら)『トカトントン』ていうのがあってね」
古崎    「(聞いている)」
町田    「(こね乍ら)よしっなんかしようて思うと、トカトントン、トカトントン、て音が聞こえてきて、やーめたって思っちゃうの。何かそんな感じ」  
古崎    「(聞いている)」
町田    「(こね乍ら)何か、今すごく大事にしてることとか、大事に思ってることってオトナになったら何の意味もなくなっちゃうんじゃないかな」」
古崎    「(こね乍ら)確かなものはピアノだけよ」
町田    「(古崎のほうを向いて・笑って)象徴的だね」」
古崎    「(こね乍ら)でもいいんじゃないかなあ。後からへーこんなこと一所懸命してたんだって思うのも」
町田    「(聞いている)」
古崎    「(町田の方を向いて)町田さんは大丈夫だよ。才気煥発だもん。いつか過去の自分を見たら、きっと未来の才能の開花の片鱗を感じるようになってるんだよ」
町田    「(とまどい)」
古崎    「(ちょっとあせる)すごい。私が町田さんを励ましてる」  町田    「(古崎の顔を見る)」
古崎    「(町田の顔を見る)え、あ、なんか、励まされる方かと思って…」
町田    「じゃんけんだ」
古崎    「じゃんけん?」
町田    「うん。ぐーとちょきとぱあ。古崎さんが私を励まして、私が誰かに発破かけて、誰かが古崎さんを元気付ける。きっと」
古崎    「(笑う)」
町田    「(笑う)」
古崎    「太宰治はすごいなあ」
町田    「読んだわけじゃないのよ」
古崎    「(ええーっていう顔)」 
町田    「国語去年も高田先生だったの。『走れメロス』の時にいろんな作品のプリント作ってきた」
古崎    「太宰は大人になっても待っていてくれるって云ってた?」  町田    「(笑って)云ってた」

♯ 北橋中学・裏手(同日)

古崎、裏手の土手に向ってとぼとぼと歩いている。

古崎    「(モノローグ)私が町田さんを元気づけ、三上くんが私をあやす。三上くんは誰に甘えるのかな。世の中はぐーとちょきとぱーだけじゃないから、ネックレスみたいな輪ができるわ。」

古崎、ゆっくりと土手に腰を降ろす。

古崎    「(モノローグ)(両膝を抱えて)ちゃんときれいな輪になったらいいけど、誰も救えなくてぷらんってぶら下がっちゃったらどうしよう。…それとも、いろんなとこ困らせて、くちゃくちゃに絡ませちゃうかもしれない…」

古崎、顎を膝にのっける。

古崎    「(モノローグ)あの日は釜で焼くの初めてで、心配で、楽しみで待っていたの。いつもここで待ってるわけじゃない。困ったやつだな。私は。話をきいてほしくて、でも話さないで、周りをぐるぐるまわって、捕まえてくれるの、待ってる」

三上の姿が見える。

古崎    「(モノローグ)いつか恋する日が来たら、それはきっと面倒くさいんだろうな」

♯ 北橋中学・裏手

三上と古崎。三上は立っている。

古崎    「三上くん記憶喪失の人って見たことある?」
三上    「(急にでびっくり)ない」
古崎    「ないよね」
三上    「(わけがわからないまま)」
古崎    「(膝の上で頬杖をつく)ドラマとかではよくあるのに」  三上    「(急に元気)ドカベンが記憶喪失になるんだ。フェンスに激突して記憶が戻るの」
古崎    「(頬杖をやめて)クリーンハイスクール戦」
三上    「(ますます元気)殿馬が喜んでさあ」

# イメージ

漫画の一場面。

♯ 北橋中学・裏手

続き。
楽しそうに話している二人。

三上    「よく知ってるな」
古崎    「お兄ちゃんがね、全巻持ってる」

空模様が怪しい。
紺色の雲がフェンスに届きそうなところまで降りてきている。

古崎    「ねえ、私よくわからないの、何を忘れるのかなあ、全部忘れちゃったらどうなるの、それでも言葉とかは覚えてるの、一部だけ忘れるの、イヤなことだけ忘れるの、お父さんもお母さんも忘れてもどうして言葉を覚えてたりするの、言葉よりもお母さんを先に覚えるじゃない」


♯ 街の風景(一週間後)

長く降り続ける雨。

♯ 北橋中学・テニス部部室前(同日)

各クラブの部室は長屋の様に棟続きになっている。
その前にカサをさして立っている三上と石川。
部室と平行して花壇が並んでいる。
それを見ている三上。

三上    「(石川の方を向いて、尋ねる様な表情)」
石川    「(花壇をの方を向いて)花とギターだ」
三上    「(石川の方を向いて)花とギター?」
石川    「生まれた時から支給されていたんだ」
三上    「(花壇を見ている)」
石川    「(三上の方を向いて)正しいだろ。この国は」  
三上    「(石川を見て)うん」

石川、花壇沿いに歩き出す。

石川    「(カサのない方の手を拡げて)ここまでが、バトミントン部だ。ラディッシュだ」  
三上    「(見ている)」
石川    「ここまでがバレー部(何もない)」
三上    「(見ている)」
石川    「ここがハンドボール部。ネムノキ」
三上    「ネムノキ」
石川    「うん。おじぎ草。かわいくて、強くて、面白い。晴れたら遊んでもらいな」

# イメージ

ネムノキを触って遊ぶ運動部員。

♯ 北橋中学・テニス部部室前

続き。
何人かのクラブの仲間が寄ってくる。先輩の様子。

男子生徒 「(石川に)俺たちもなんか蒔くか。次期部長」

♯ 北橋中学・下校風景(同日)

雨が降り続いている。
三上、自転車置場に向う石川を見送る。
しばらく思案しているが、裏手に向って歩き出す。

三上    「(モノローグ)もうすぐ中間考査。来週は部活は休み」

土手を見上げる。無人。

三上    「(モノローグ)冬の夜みたいだ」

三上、いるわけないなって表情で帰ろうとする。
真正面の美術室の方を見て、佇む古崎に気づく。
そばに釜があり、温度差のせいか古崎の周りの空気はゆらめいている。        三上、そばまで歩いていく。
三上が近づくと、古崎、正門に向って歩き出す。
三上、少し遅れて一緒に歩く。

古崎    「(俯いて)初めて及川曜子の放送を聴いた日、あの人はオープニングに貴方のハガキを読んだの」 
三上    「(聞いている)」
古崎    「(俯いて)内容は覚えていない。クラスの流行り物だったかなあ」
三上    「(聞いている)」
古崎    「(俯いて)リクエストがオフコースの『雨の降る日に』でね。こっちも雨が降っててイントロと雨音がぼんやりと重なった」
三上    「(聞いている)」

話し乍ら古崎の歩調はどんどん早くなる。

古崎    「(前を向いて)私は歌を聞き乍ら泣いちゃった。すごくすごく泣いた。悔しかったなあ」

古﨑の歩調はほとんど小走りになり、泥濘をぱちゃぱちゃいわせながらそのまま走り去る。
逆に三上の歩調はどんどん遅くなり、何もないところで立ち止まってしまう。

三上    「(モノローグ)何をしたらいいんだろう。話をきいてほしいだけなのか。違うんだろ?週に二度の授業の様に彼女のつぶやきと及川曜子の放送を聴き、そうして靄がかかった様な気分で何か特別な意味を捜している。それは存在するのかしら?気まぐれ?すごく、すごく、泣いたって?」

【♪オフコース・雨の降る日に】

(雨音からフェードイン・次の場面導入時にフェードアウト)


⑪              

♯ 北橋中学・二年三組(数日後)

席で片肘をつく古崎の横顔。
気になる三上。
黒板に『自習』の文字。
生徒達はおのおのグループに分かれ、机をくっつけて学習している。
教えっこの様な風景。
中間考査前の少し浮き足立った様子。
三上と古崎は隣同士のグループ。
古崎のグループには石川・町田・横手。

横手    「(机に片耳をくっつけた姿勢で)数学のない国に行きたいわ」  石川    「(ちゃんと勉強している体)避けられないだろ。この国では」三上    「(自分のグループでおとなしく自習しているが)(モノローグ)石川くんはよく『この国』って云い方をする。『日本』じゃなくて『北橋中学』ことだ」 
横手    「役に立つのかしら」
町田    「(横手と対照的にきちんとした姿勢)役に立つよ。そう思った方がはかどるよ」
石川    「なんだ。洗脳か。本末転倒してないか」
町田    「数学ってこういうもんだってことを知っとくのよ」
石川    「どんなもんなの」
町田    「情がない」
横手    「(笑う)」
石川    「ヤマかけてよ。町田さん」
町田    「(プリントの最後の方を指差し乍ら)これ出る」

グループのみんな、町田の指先に頭を寄せる。
古崎も気になる様子。

石川    「なんで?」
町田    「これって一見むつかしそうだけど、基本を抑えてれば、あとはひらめきでしょ。(指差し乍ら)これをここに持ってくっていう。こういう洒落た問題って教師は好きなのよ。数字を変えたバリエーションも作りやすいし。もうひらめきの部分はここで種明かししてくれてるから、それをちゃんと今頭に入れとけば解ける」
横手    「すごいな。心理戦じゃん」
町田    「人の子が作ってるからね」
石川    「なんかでも、さっきと云ってること矛盾してないか」

グループみんなでさわさわと笑っている。 
古崎も楽しそう。

三上    「(モノローグ)この国は、よい国だ」
男子生徒(三上のグループ) 「(三上に)地理の範囲北海道だ。フランチャイズだな」
三上    「(笑い乍ら、うーんでもなあっという仕草)」
女子生徒(三上のグループ) 「(少し古崎のグループに顔を向け乍ら)古崎さんのお兄さんって北海道だよね」

三上、覚醒の様子。ぴょこんと首を上げる。

三上    「(モノローグ)オレはサバンナの草食動物か」
横手    「そうなの?(うらやましそう)」
石川    「おれ南小でずっと一緒だったけど知らないぞ」
女子生徒  「歳離れてるから重なってないんだよ。(遠くから呼ぶように)大学生だよね」
古崎    「(片肘をついて、相手の方を向き)うん」

再び石川たちのグループ。さわさわと楽しげな雰囲気。
古崎は町田の方を向いて、勉強に戻ろうとする素振。
あちこちが賑やかな中、勉強する姿勢に戻る三上。

三上    「(モノローグ)藤部くん、タイムスリップの線はなくなったみたいだよ」


♯ 街の光景(翌日曜・深夜)

深夜の雨の光景。

DJ    (ナレーション)

「中間テストです.ボクは数学って好きです.最小限のヒントでたった一つの答えを導き出す.かっこいい.かくありなんって思います.判然としない問いかけをいくつも並べられて正答を見出さなきゃならないとしたら.それはゴウモンみたいなものだと思います.リクエスト.ニューサディスティックピンク.アメハニアワナイ.三上雨。(少し笑っている)」

(一呼吸置いて)

 「ごめんね。リクエストと合っていて少し笑ってしまいました。数学と終っちゃったこと以外はそんなことばかりかも。でもゴウモンばかりじゃないよ」

 ♪【NSP・雨は似合わない】

♯ 三上の部屋(同日・明け方)

目が覚める三上。まだ薄暗い。

三上    「(モノローグ)藤部からの電話は来なかった」

ベッドに転がったまま。机の上のキッチンタイマーを見る。

三上    「(モノローグ)随分長い間藤部のことをほったらかしにしている気がした」

部屋の隅に立てかけたギターを見る。

三上    「(モノローグ)アイツは新歓コンサート誰と組んだのだろう。オレが心配したらアイツは笑うんだろう。アイツと組みたいやつなんていくらでもいるだろう。オレを含めた誰もがそう思っているだろう」
三上    「(独り言)空想形が三つ。これじゃ安心が作れない」
三上    「(モノローグ)去年の秋の遠足」

♯ 向北中学・廊下(回想・中学一年)

なにやら楽しそうに話している三上と藤部。

三上    「(モノローグ・ナレーション)目的地に着いたら一緒に行動しようと約束した」     

♯ 遠足の風景・向北山(回想)

ジャージ姿で周りと談笑しながら山を登る三上。
緩やかで道も広く、山というよりは遊歩道。

三上    「(モノローグ・ナレーション)藤部はA組だったが、オレのクラスは最後尾だった」

三上、やっと頂上に到達する。他のクラスの生徒達はほとんどビニールシートを広げてくつろいでいる。三上はその中に藤部がいると思い、しばらくその光景を見渡している。それからふと、目線を反対側に移す。木の柵に凭れて前屈みに景色を眺めているトーベに気づく。

三上    「トーベ」

藤部、振向く。学校の廊下で会ったような顔。それから、ああ、座る場所捜さなきゃねという表情で、生徒達のいる方へ三上を導く。適当な場所を見つけビニールシートを広げる二人。

三上    「(モノローグ・ナレーション)出入りの多い客間みたいに人はたくさん来た」

他の生徒たちと談笑している二人。

三上    「(モノローグ・ナレーション)でも」

他の生徒たちとはしゃぐ藤部。

三上    「(モノローグ・ナレーション)どうしてだろう。その時思った」

他の生徒たちとはしゃぐ藤部。それを見ている三上。
ふと、藤部が気づき、どうしたのっていう表情。笑っている。

三上    「(モノローグ・ナレーション)これからも藤部とたくさん約束をしよう。そして、破るまい。と」

遠景。羊の放牧のような生徒達。夕暮れの向北山の風景。

♯ 三上の部屋

続き。
気がつけば、外がだんだん明るくなっている。

三上    「(モノローグ)水曜日にはテストが終る」

朝の陽射し。 

三上    「(モノローグ)地面がどんどん乾いていく」

♯ フラッシュ・夜の光景

DJ    「(ナレーション)判然としない問いかけをいくつも並べられて正答を見出さなきゃならないとしたら.それはゴウモンみたいなものだと思います.」

♯ 三上の部屋

続き。
三上、ベッドの上に手足を投げ出す。

三上    「(モノローグ)これは私信だ。あの雨の日帰って書いた彼女への手紙だ。藤部が電話をよこさないわけだ」


# 北橋中学(数日後)    

三上と古崎。
古崎は立っておなかの辺りで両手の指を組んでいる。独唱のよう。
三上は軽くからだを傾けて、何かに凭れているよう。
学校のどこかであるが、背景は薄暗く判別できない。
三上と古崎の位置、距離感もわからない。
回想以外はこの光景。
(会話というよりは独白。独白というよりはモノローグ)

古崎    「私、思ってたのよ。学校でノーシントーかなんかおこして倒れちゃうの。三上くんのせいでね。(三上、オレの?っていう顔)それでね、保健室に様子を見に来た三上くんに打明け話をするの。でもね。何もおこらないね。静かな国。(三上、ちょっとびっくりした表情)

そうだよ。私は三上くんに話したいの。三上くんは、私のクラスの、私の隣に来たんだもの。もっと別のパタンもあったかもしれない。別のクラスかもしれない。一学年下かもしれない。それくらいの時間や空間のひずみはあるかもしれない。
(三上、またびっくりした表情)
でも、そしたら私は、三上くんを探す。見つける。そうして云うの。

『ワタシ、アナタヲシッテルワ』」

# フラッシュ

初めて三上に声をかけた時の古崎。

♯ 北橋中学

古崎    「兄が高校の時にね、家庭教師に来た女の人がいてね。うん、それが及川さん」

♯ 古崎家(回想)

学生時代の及川曜子。キャンパス地のバックにたくさん冊子を入れてやってくる。

古崎    「(情景にかぶせて)たぶん地元の大学生で、センターか何かの紹介で、その頃私小学生で、両親働いててね、いつもお兄ちゃんにくっついてた。及川さんが来てる時もね、いっしょの机で宿題したり、いつもよりちょっと豪華なおやつを食べたり、そうでなければ部屋の隅で本読んでたり、及川さんはきっと私に話しかけたわ。でも覚えてない」

畳の部屋の飯台の上で、参考書とノートを拡げる及川と古崎兄(和之)。
二人とも雑談する様子もなく、熱心。飯台の上にはシュークリーム。
壁に凭れ、膝の上に本を置いて、ぼんやりとそれを見ている小学生の古崎。

♯ 古崎家(回想)

古崎    「(情景にかぶせて)ある日、すごくよく晴れたつんとくる様な天気の日にね、お兄ちゃんの学校が代休だか創立記念日だかでお休みだったのね」

古崎の家の前に車で乗り付ける及川。
それを見つけて笑顔で走ってくる和之。

古崎    「(情景にかぶせて)いつもは電車で来る及川さんが車でうちに来てた。何か約束してたんだと思う。ドライブ。午後だし、誰も知らなかったから、そんな遠出じゃなかったと思う。思う、思う、だね」

ランドセル姿で家に向って歩いてくる古崎。二人に気づく。
和之、助手席に乗り込む。

古崎    「(情景にかぶせて)私、ちょうど帰ってきた時に二人が出るのに出くわした。私、車の前に飛び出しちゃったの。とおせんぼするみたいに」

ぼんやりと車の前に出てくる古崎。それをよけようとする車。派手な音をたててコンクリート塀にぶつかる。ぼんやりと見ている古崎。終始無音。突然スイッチが入ったように、周りの様子も音も騒がしくなる。

古崎    「(情景にかぶせて)私は無傷。ぼーっとしてただけ。最初から、最後まで。知らない大人が私を守るようにどこかへ連れて行って、そのあともすごく大事に扱われた。お兄ちゃんはたいしたことなくてね、その日のうちに帰ってきた」

♯ 古崎家(回想)

ふとんにくるまって大きく目を開いている古崎。
そっと部屋に入ってきて、古崎の枕元に座る和之。

和之    「和歌、何も心配しなくていいよ、曜ちゃんはみんな忘れた、和歌も忘れな」

暗闇の中、そっと布団の中から外を伺う古崎。
古崎の目に飛び込む和之の手の白い包帯。

古崎    「(情景にかぶせて)暗い部屋の中にお兄ちゃんの手の包帯がぽっと白く浮んでた。そうしてお兄ちゃんの言葉は、悪い呪文の様に私の耳にいつまでも残った」


♯ 北橋中学

古崎    「タイムとラベルで過去に行き、君を殺す。現在に戻れば、君は存在しない。そんな風に扱われる人がいる。最初からいなかった。うちでは及川曜子がそうだった」


♯ イメージ

きちんとした制服姿で、快活そうな和之。

♯ 北橋中学

古崎    「お兄ちゃんは、すっと私のいいお兄ちゃんだったけど、高三になってからは目に見えて勉強して、東京とか大阪とかに行っちゃうんだなと思ってたら北海道に行っちゃった。どちらにしろ私には変らなかったけど。なにか解放した様な気持でいた」

♯ アーケード街(回想)

セーラー服姿の古崎。本屋の店先で音楽雑誌を見ている。
ふとそばにあるラジオ雑誌(『ランラジオ』)を手に取る。

古崎    「(情景にかぶせて)ある日、たまたま手にしたラジオ雑誌のー」

古崎、頁をめくると全国の放送局のタイムテーブル表が並んでいる。各放送局毎に一頁。巻頭の北海道×××ラジオの頁を熱心に見ている古崎。兄のことを思い出したのか楽しげな様子。が、突然固まる。

古崎    「(情景にかぶせて)タイムテーブルの番組の中に、及川曜子の名前を見つけたの」

開いた頁。ミッドナイトジョッキー。及川曜子。
欄外にもローカル番組のピックアップとして紹介され、小さな写真まで載せられているが、画像が荒くよくわからない。    

♯ 古崎家(回想)

古崎の部屋。
ラジオのダイヤルを合わせる古崎。
ラジオ雑誌と顔をつつき合わせている。

時間経過・夜。

古崎    「(情景にかぶせて)私はそれから日曜日の夜を待ってダイヤルを合わせ、貴方のリクエストした『アメノフルヒニ』を聴いて泣いたの」

机の前に座っている古崎の後姿。泣いているのはわからない。

♯ 北橋中学

古崎    「私は及川さんとお兄ちゃんに意地悪しようとしたわけじゃないの。ちょっとびっくりして覗き込んだだけなの。そうしてそのことはみんなわかってるの。私が云わなくても。あの時のこと知ってるすべての人が。新しくて柔らかい生き物みたい。傷がつきやすくて、でも、跡形もなく直ることが可能な。そんな風に私に接した。お兄ちゃんを筆頭に。お兄ちゃんに何がきける?」

♯ 北橋中学・二年三組

夕刻の教室。三上と古崎の二人だけ。 
古崎は教壇の側面に背中をつける形で出口の方を向いて立っている。
三上は教室の出口に首をかしげる形に凭れかけて立っている。

古崎    「(三上を見て)でも私は知りたいの。彼女のこと。どうしてるの。どうなったの。ただそれだけ。毎週四十五分。彼女は話す。そして、彼女は話さない。いらいらし乍ら、放送を聴くのよ」


# 三上の家(外観)(数日後)

日曜日の朝の風景。雨が降っている。

# 三上の部屋

雨音で目を覚ます三上。ぼんやりしている。  

三上    「(独り言)石川の天気予報は当たった」

♯ 北橋中学・部室前の花壇(回想)

三上、花壇の前にしゃがんで座っている。
石川、スコップで花壇を掘り起こしている。

石川    「週末は雨だ。六月の雨のように丹念な給水を、六月の雨がしてくれるだろう」
三上    「(手元の百日草の花の種の袋を見て)どうしてこれにしたの?」
石川    「(作業をし乍ら)明るくて悲しい歌。たくましくて可憐な花」
三上    「(手伝い乍ら、ほおーっていう表情)」
石川    「(笑って)なんてね。駅前で配ってたんだ」

♯ 三上の部屋

続き。
三上、伸び上がって枕元のラジオのスイッチを入れる。
ラジオの声 「九州四国地方の梅雨入りが発表され―」

♯ 北橋中学・部室前の花壇(回想)

丁寧に作業を続ける三上と石川。

三上    「梅雨はまだなの?」
石川    「北海道って梅雨ないんだっけ」
三上    「うん」
石川    「まだみたいだな」
三上    「(作業し乍ら聞いている)」
石川    「あやふやなんだよな。何か目印があればいいのにな。月がカサさすとかさ」
三上    「どうして梅雨の始まりと終わりを決めるの?」
石川    「終わりがなきゃ次にいけないだろ。夏に。それには始まりが必要。逆算。あとづさりだな」

♯ 三上の部屋

続き。
ラジオを切ってベッドの上に寝ころぶ三上。

三上    「(モノローグ)お兄さんの北海道行で及川曜子のことが終わっていないのを思い知らされちゃったんだな。周りに助けられて、守られて、終わったと自分自身でも信じ込ませて、でも自分の中ではずっと続いていて、そのことに気づいてもいて」

寝返り。

三上    「(独り言)忘却は人に与えられた最も有効な治癒機能なのに」

♯ 北橋中学・部室前の花壇(回想)

作業を続ける三上と石川。

三上    「(向うの花壇を見て)あのムラサキ色は何だろう?」
三上     「(モノローグ)聞きたいことだらけだ」
石川    「ワスレナグサ」
三上     「(石川の方を見て)有名な花なんだね」
石川    「ワスレグサってのもあるらしいぜ」
三上    「(尊敬の表情、作業の手は止まる)」
石川    「(作業をし乍ら)そっちの方が必要だと思わないか。そりゃたいていのことは忘却の方向へ向かってるんだけどさ。流れに逆らった感情ってのは強いもんだからさ。忘れられないことを忘れるって一番エネルギー要りそうじゃない」

♯ 三上の部屋 

続き。
ベッドの上に寝ころぶ三上。

三上    「(独り言)忘れないでってのはまちがってるんだ」

寝返り。

三上    「(モノローグ)人は忘れる。そして人は忘れない。他人の意志は関係ない。それなのに」

♯ フラッシュ 

古崎。

♯ 三上の部屋

続き。
ベッドの上に寝ころぶ三上。

三上    「(モノローグ)律儀だな、アイツは。及川曜子次第か。でも、及川曜子が忘れてたら不安になるんだろう?そうして覚えていたからってそれがなんになるっていうんだろう」

♯ フラッシュ 

白い包帯を巻いた古崎和之。

♯ 三上の部屋

続き。
ベッドの上に寝ころぶ三上。薄暗い部屋で天井を見ている
絶え間ない雨音。

三上    「(独り言)厄介な呪文だな。出口はあるのか?」


♯ 街の光景(日曜・深夜)

深夜の雨の光景。

DJ    (ナレーション)

「引越したんだけどハガキだけ前の住所で出そうかな.北海道に.変わらず放送を聴いて.変わらずハガキを出す.自分を置いておこうかな.そういい乍ら転居お知らせ用のハガキでかいてるけど.目立とうと思って」

(一呼吸置いて)

「キミの新しい住所を最初に見た時、私はその町の沿線の高架下に拡がるポピーのお花畑を思い出しました。実のところそのお花畑には行ったことなくて、ただとてもきれいだと伝えきいていて、行きたかったし行こうともしたのだけど行けずじまいでした。でもいつか行ける。思い出した。ぱああっとね。行きたかったことを。そういうのってなかなかよいものです。思いを馳せる場所にしたまえ。何か一曲プレゼントして下さいということなのでこの曲にしてみました。」

 ♪【井上陽水・FUN】

♯ イメージ

高架下。川沿に広がるポピーの花畑。

♯ 北橋中学・テニス部部室

帰り支度をする部員達。
三上、窓から外を覗く。眼下には花壇。

三上    「ケンちゃん、何か出てるよ」

石川、三上の隣に並ぶ。

石川    「(花壇を見下ろして)おお、縦列行進」    

♯ 北橋中学・下校風景

♯ 北橋中学・裏手

三上、遠目に土手の風景を見る。
土手一面に背の高い薄紫の花や背の低いピンクの花。
ところどころに月見草。
フェンス越しには夕焼。

三上    「(独り言)きれいだなー。放課後の名所だな」

古崎、土手に体操座り。夏服。白いカッターシャツにプリーツスカート。
三上、ゆっくりと古崎の方へ行き、真正面で止まる。

古崎    「(膝を抱えた姿勢で)センチメンタルな転校生」
三上    「(モノローグ)忘れてた。あの時の気持を。もう」
古崎    「私、お兄ちゃんに電話したの。『こないだの月曜ジョッキー聴いた?』って。そしたら云うの。『月曜ジョッキーって何?』。私きょとんとしちゃったわ。でも教えてあげたの。及川さんのこと。『すごいなー』ってお兄ちゃんは笑った。お兄ちゃんは及川さんとひなげしを見に行こうとしたのかな。わかんないね」

古崎、立ち上がり、プリーツのぐるりを点検。
土手を駆け降りる。
少し振り向いて土手の方を見る。
周囲が薄暗くなり、工場地帯にイルミネーションがぽつぽつ点り始める。         絶景化が加速。
古崎、美術室の方に小走りに駆け出す。
途中で振り向いて、三上にえへへって笑顔を見せた。
三上、ぼんやりとそれを見ている。

三上    「(モノローグ)忘却でも執着でもない記憶の未来形がある。特別ではない。平凡なもの」

♯ 三上の家・廊下/藤部の部屋(同日・深夜)

藤部、相変わらず毛布にくるまっている。三上はもう毛布はない。

三上    「今頃気づいた」
藤部    「(聞いている。穏やかな表情)」
三上    「オレ、及川さんが北海道の人なのかもしらない。結婚してるかどうかも。トシも」
三上    「(モノローグ)その人のことを何も知らない。でも、何でも知ってる」
藤部    「貴重な身の上話だったね」
三上    「そうだろー(得意気)」
藤部    「あのハガキいつ書いた?」

三上、ドキッとしたような表情。

三上    「(少しためらってから)こっちきてすぐ」
藤部    「(聞いている)」
三上    「わかるか」
藤部    「わかるさ」
電話の声・藤部 「あんな潔い別れの手紙出したのに、いきなりローテンションだもの」

♯ 道端(五月初め)

通りすがりのポストにハガキを入れる三上。
赤茶けたおんぼろポスト。これ集配来るのかなーって言う表情でポストのぐるりを見る三上。

♯ 三上の家・廊下/藤部の部屋

続き。

藤部    「及川さんが一生懸命キミをなぐさめてたのに気がつかなかった?」        

三上、参ったなという表情。
藤部、笑っている。

三上    「そっちは何か変わったことないの?」
藤部    「そうだな―」

  ♪【とんぼちゃん・生活】

   ~エンディング



        

 

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