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責任を持つ覚悟を育てる

できれば、責任を持たず楽して生きたい・・とは思いません。
なぜなら、その緩すぎる生き方をしたツケが回ったから。

例えば、人が話しているとき。
良いと思う部分は集中して聞くけど、そうでもないと思う部分は適当に聞き流す。
また、聞いて良かったと思う部分は古い順から消え去っていく。

このいい加減なマインドが、生きづらさを助長させたのです。
(そう、自分から作るという選択をした・・)

責任とは、言い換えれば約束です。
自分と他人の両方に対して約束を交わすことで、良いと思えるものを形作るエネルギーを蓄えていく。

社会に溢れるモノやサービス、そして人に恵まれるのは、その動きをひとりひとりが態度で示しているために起こる結果です。

与えられた恵みを十分に受け取ったわたしは、それを何らかの方法で生かし、求めているであろう人に与える。
このギブの精神を持って、実際にやっているのがnoteの毎日更新。

ありがたいことに、フォロワー数が280人となった現在、責任を持って生きることの醍醐味というものを少しずつ実感しています。
(まだ甘いのかもしれませんが)

責任を持つことは時々痛みを伴うものの、
その痛みと向き合い必要な物事を続けることで、気づけば多くの人が集まるように。

この「人との繋がり」を自ら作り続けたことで、ようやく自分らしい人生を送れていると思ってます。

つまり、信頼関係を0から積み上げることで、幸せは次々量産されるということです。

この努力をしないと待ち受けるのは孤立。
以前のわたしが起こした数々の失敗を糧に、インプットとアウトプットの両立を継続させます。

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