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人なんか嫌いだ! 第8話

 それから1ヶ月も経っただろうか、あの彼女が現れた。彼女ひとりじゃなかった。テレビ局の人達も一緒だ。本当に面倒くさい。困ったもんだ。こんな夕方では、町まで連れていけないじゃん。ボクんちに泊まる気満々なんだろう。ずるいなあ。最近の夜は、熊がよく歩いている。ボクは知らんぞ。でも、そんなこと、言ってられないな。

「もう、いい加減にして下さい。」
ボクはいきなり、声をかけた。
「あ、やっぱり、来てくれた。うれしい。」
彼女はそう言ったけど、テレビ局の人たちはこれを待っていたようだった。
「また、会えましたね。」
「インタビューもテレビの撮影もだめです。それに、最近は熊が近くにいるんですよ。大怪我するかもしれないのに。」
「そう言わずに、お願いしますよ。」
「ねえ、いいじゃない。私からもお願い。」
「だめったら、だめ。私のひとり静かな生活が脅かされるので。」
「それに、今からどうするんですか?もうすぐ、夜になるんですよ。」
「また、あなたの家に連れて行って。お願い。」
なんてこった。もう、この山に住むのは無理かな。
「夜通し歩いて、町に連れていきます。それが嫌ならここでお別れです。どうしますか?」
「えっ、そんな。いつも泊めてくれるのに。」

 その時、熊の気配がした。
「しっ、静かに。」
「何よ。」
「熊だ。」
みんな、ぎょっとした。困ったのはボクだ。いつもは、離れてやり過ごす。でも、こいつらがいる。一人なら抱えて、離れていけるけど、それもできない。困ったなあ。とにかく、じっとしてもらった。どうしよう。じっと、熊の様子をうかがうことにした。かなり長いこと、緊迫した状態だったけど、なんとか、熊の方から離れていってくれた。周りの植物たちがもう安心だと言ってくれた。

「熊の方から去ってくれたから、もう大丈夫。」
「良かった~。」
「ここは危ないよ。早く町へ行きましょう。」
「インタビューできませんかね?」
「無理です。あきらめて下さい。」
「でわ、ボクの後について来て下さい。」
彼らは仕方なしについてきた。かなり夜更けまで歩いて、アスファルト道まで案内した。

「ここで、インタビューならいいでしょ?」
「まだ、あきらめてないんですか?」
「お願い、ちょっとでいいから、この人たちに協力してあげて。」
「やだ!」
「絶対、場所は明かしませんから、お願いです。」
ほんとうにしつこい。半ば、あきらめた。
「何を聞きたいのですか?」
「あ、なぜ、山に人がいるとわかるんですか?」
「それは、自然が教えてくれるから。」
「自然が?」
「自然はボクの友達だからね。」
「どうやって教えてくれるんですか?」
「ボクにささやいてくれるんです。」
「よくわからないな。どんなふうにですか?」
「ささやいてくれるとしか、いいようがないです。」
「なら、あなたが提供する野菜や果物はどうやって、育てているんですか?」
「それは・・・秘密です。」
「教えてくれないんですか?」
「はい。秘密です。」
「では、どうして、町までの道がわかるんですか?」
「自然が教えてくれるからです。」
「う~ん、わからないなぁ。」
「だって、それ以上、言いようがないですよ。」
「さあ、もういいでしょう。ボクのことは謎のままにしておいて下さい。」
「で、もう訪ねてきたりしないで下さいね。ボクは一人で暮らすのがいいんですから。」
そういうと、彼らの前から歩き出した。何か、言っているけど、もういいよね。

 ボクはもう人間には会いたくない。なんかいろいろと、詮索されるし、彼らの思いの通りにさせられることがとても嫌だ。もうちょっと、山奥へ引っ越すことにした。それに植物がささやいても応じないことにした。勝手にこの山に入ってくる人が悪いのだ。なんでボクが、それを助けないといけないのだ?毎回ではなく、気分が乗れば対応してもいいと思った。ボクに興味本位で近づいてくる人たちには絶対会いたくない。ボクに好意を持って会いに来る人にも会いたくない。彼らが危険動物に襲われようが、ボクの知ったことではない。でも、ちょっと良心が痛むけどね。あまり、植物のささやきは聞きたくない気がする。知らなければ、そんな気持ちになることはないと思うからね。

 久しぶりに駐在さんがやってきた。GPSで調べていたみたいだけど、私はすでに引っ越ししてるので、迷っていた。
「こんにちわ。お久しぶりですね。」
「ああ、会えてよかった。GPSで確認してたんだけど、わからなくなって・・・」
「すみません、引っ越ししたんで、今はここに住んでいません。」
「なんだ、そうでしたか。」
「最近、私を訪ねてくる人が多くなってきたので、引っ越しました。」
「それなら、GPSも新しく設定しなおさないと。」
「そのままで大丈夫ですよ。私がここに来ますから。」
「どういうことですか?」
「自然が教えてくれるので、おまわりさんが来てるよってね。」
「そんなことが分かるのですか?」
「はい、だから、ここらへんに来て頂いたら、私も来ますよ。」
「わかりました。」
「で、今日は何ですか?」
「あっ、そうそう、これを預かってきてたんだ。」

 そういうと、私に手紙らしきものを手渡した。ん?誰からなんだろう?そう思って、中をみると、お袋からだった。親父が亡くなったとのこと。でも、私にコンタクトをとることもないはずだったのに、やっぱり、こういうことは連絡しておきたいのだろう。でも、ボクはお金を持たない。だから、両親のところへ行くことができないのだ。

「そんなお金くらいは貸してあげれるよ。」
「えっ、そうなんですか?でも、お返しできないですよ。お金を稼ぐということをしていないので。」
「じゃあ、あなたが作る野菜や果物を頂けませんか?」
「えっ、それでいいんですか?」
「あなたがつくった野菜や果物がすごく好評なんですよ。一度、食べてみたいなぁ。」
ボクが作ったというより、植物が早く成長してくれて、おいしく実ってくれただけなのにね。
「じゃあ、ちょっと待ってもらえますか?」
そういうと、草薮の中に入って、トマトを実らせた。
「はい、どうぞ。」
「おお、これはきれいなトマトだ。いいんですか?」
「どうぞ、どうぞ。」
おまわりさんは一口食べた。
「すっごく甘い。これはすごい。」
「確かに評判になるだけありますね。私の家族にも食べさせてあげたいくらいだ。」
「いいですよ。何個くらいあればいいですか?」
「本当ですか?じゃあ、5個ほど頂けますか?その代わり、あなたのご両親の家までの往復代くらい出してあげますよ。あ、その恰好じゃ、困りますよね。身を整えるくらいは、家の服を使えばいいですよ。」
「本当にいいんですか?ありがとうございます。」

 ボクは、駐在さんについていくことになった。ひさしぶりの人間界だ。あんまり、行きたくないけど、仕方がない。親父に線香の一本でもあげてこよう。

(つづく)

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