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よし、ボートだ!

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かれこれ40年ほどの競艇人生(もちろん賭けるほう)で出逢った人々を記憶の底からサルベージしたよ。 ほんとにバカで、間抜けで、哀しく、愛おしい連中だ。よかったら読んでくれ。
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記事一覧

よし、ボートだ!最終話

トシユキくんとは電話の翌日、場ではなく市内のホテルの1階ラウンジで待ち合わせた。
「くまさん、僕、こんなとこ初めて。」
うん、それでどうしたの?
トシユキくんは、一通の招待状を取り出し、是非来てほしいと言う。
結婚式の案内状、だった。

おいおい、これはなんだ、大丈夫か?
「僕、友達が少なくて・・くまさんは友達でしょ?ぜひ着てくださいよ、来てほしいな」
いやしかし、親子ほど歳が・・
「大丈夫ですよ

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よし、ボートだ!第10話

いよいよトシユキくんだ。

彼は既に何度か登場しているが、ほんとうに不思議な青年だ。僕が知る限りこういう雰囲気のニンゲンは彼ひとりしかいない。

出会いは、もちろん競艇場だが客同士というわけではなかった。
彼は予想紙を売る売店の店員で20代半ばぐらいだったと思う。案外いいところをつく予想紙で、当時の僕は随分とお世話になった記憶がある。

ある日、帰りがけ不意に肩を叩かれた、トシユキくんだった。

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よし、ボートだ!第9話

どちらかと言えば、麻雀の人である。

なんというか麻雀には不思議な流れがあって、些細なきっかけから運気がごっそりと移動することがある。
そういうのの後ろ髪をぎちっと掴み、一気呵成の勝負にする嗅覚というか本能というか・・不思議なほど負けない。

何度か背後で見学したが、打ち筋が読めない。3巡目に降りてしまったかと思うと、バラバラな手をほんの数巡後には立派な三面張の満貫に仕上げたりする。牌の裏側が見え

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よし、ボートだ!題8話

たぶっちゃん。

デブのたぶっちゃんは、もちろん田渕という名字で、当然のように汗っかきだ。3月の半ばから半袖のシャツを着て、フゥフゥ言ったまま12月初頭まで大汗を掻いている。

彼とは本来仕事上の付き合いだった。彼が僕の会社に飛び込み営業してきたのだが、なんとなく既視感があり良くしてしまった、そうこうしている内に客先をお互い紹介しあうような関係になった。
たぶっちゃんはデカい体躯ながらなかなか小廻

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よし、ボートだ!第7話

ゆうじは、新聞配達をしている。

ゆうじは腕の良い旋盤工だった。
工業高校を卒業し、地元の町工場に勤めた。小さい工場だったが、世界的な大企業や海外の今で言うスタートアップとも取引する、山椒は小粒でピリリと辛い職場だった。

ある日、資材を山積みにした台車を押してきた同僚が誤ってそれをひっくり返す。下敷きにはならなかったが左腕を弾かれ、旋盤に持っていかれた。
「いや、一瞬で」
左手の小指、薬指、そし

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よし、ボートだ!第6話

馴れない社長業は「社長」を苦しめた。「こんなんやけどまぁナイーフな、あ、ナイーブ?」
かなりストレスを溜めたようで、いわゆる10円ハゲがいくつもできた。胃も壊した、初めて医者の世話にもなった。
そんなわけで会社の舵取りは古参の番頭にまかせ、自分は客先を訪問するいわゆる「トップ営業」に返り咲いた。
「やっぱり、気分がちゃうねぇ」と太っ腹な約束を重ね、現場担当にはかなりの負担をかけていたそうだ。

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よし、ボートだ!第5話

黒のサテン地のシャツはエジプトの神様も頬を赤らめそうな派手な縦基調のプリント。時計もバックルも金ピカだ。
黒黒とした頭髪は強い香りの整髪料で固められ、大ぶりの黒縁メガネには薄い紫色のレンズが入っている。
クロコだかオストだかのクラッチバッグに、よく磨き込まれた黒革のウィングチップ、ノッシノッシと近づいてくる。

「社長」だ。

どう見てもスジ違いの方にしか見えない。できることなら関わりたくないと皆

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よし、ボートだ!第4話

彼は、ヨッちゃんと呼ばれていた。

名前だか名字だか、とにかくヨッちゃんはいつもニコニコしていた。いつも腰に汚い手拭いを下げていた。
幾つぐらいだったのか・・多分50〜70代、いるでしょ、そばに、そういう年齢不詳な人。

ヨッちゃんは小柄だ、160cmは無かったと思う。尋常ではない日焼けで真っ黒な顔の上には、あの、なんだ、市場の競りで被っているキャップ、前に数字が書かれた札がついた、それのような青

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よし、ボートだ!第3話

その年も終わろうとしていた。

考えてもみたら、マキオさんと再会して僅か一年しか経っていなかった。
驚愕した。
あまりにも濃厚で強烈な毎日が続いていたので、何年も経っているような錯覺を覚えていた。

僕たちのホームは、3場。あと車でなければ厳しい2場も、開催次第ではよく詰めた。
この5場を知り尽くしていたとは言えないし、各支部に所属する選手を完璧に熟知していたわけでもない。とにかく情報をかき集め、

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よし、ボートだ!第2話

初めての競艇は、いろいろ教えられながらよくわからないまま、勝った、いや勝たせてもらった。

しばらくは休みも合わず、開催も合わずで競艇場に行くことはなかった。

何度目かの誘いに休みが合った。

今度の場は、大都会の真ん中にある。メッカとも呼ばれるそこは、異様な熱気の中にあった。
「今日は大きい賞金が掛かったシリーズの準優だ。」

「明日の優勝戦に乗る6人が決まるんだ。分かるか?ほぼ全ての開催は

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よし、ボートだ!第1話

まずはマキオさんの事から。

マキオさんは、簡単に言えば大学の2学年先輩だ。同じ寮に約1年間住んだ。僕が19歳、マキオさんは一浪だったので22歳の年だった。
僕は経済学部、彼は工学部だったが、入寮間もなく仲良くなった。馬が合うという仲だったと記憶している。

マキオさんはとにかく麻雀が強かった。残念だなぁ、学業については全く記憶がないよ。学生相手なら4人打ちでもサンマでもまず負けることは無かった。

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よし、ボートだ!

かれこれ40年ほど続いている唯一の趣味が「ボートレース」だ。
記憶に残る名レースや血湧き肉躍る大勝負は数えきれない。もちろん記録としていくらでも閲覧できる、いい時代だね。

しかしレースはレーサーだけでは成立しない。数多のファンという名の博徒に支えられている。
水上の格闘技、と呼ばれるこのプロスポーツは一方で完璧にバクチなのだ。

そんな賭場における博徒たちの悲喜こもごもを記録した媒体は記憶にない

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