よし、ボートだ!第9話
どちらかと言えば、麻雀の人である。
なんというか麻雀には不思議な流れがあって、些細なきっかけから運気がごっそりと移動することがある。
そういうのの後ろ髪をぎちっと掴み、一気呵成の勝負にする嗅覚というか本能というか・・不思議なほど負けない。
何度か背後で見学したが、打ち筋が読めない。3巡目に降りてしまったかと思うと、バラバラな手をほんの数巡後には立派な三面張の満貫に仕上げたりする。牌の裏側が見えているかのような、変幻自在としか言えない打ち手である。
じゃぁ常勝かと言えばそうでもなく、やる気になればやれるんだろうが、普段は大きい負けは無いというタイプの楽しい麻雀を心がけているようだった。
あだ名はリイチ、冗談ではない。確か名前のトシカズに誰かが当て字で“利一”とつけた。麻雀打ちとしては、これ以上ない命名に皆が唸った。
このリイチ、競艇についてはからっきしだった。読み過ぎるのかなんなのか、とにかく裏を打つ。一勝三敗ペースのジリ貧パターンが身についていた。
だが、しかし・・
ごく稀に、凄まじい千里眼を発揮する。
いつだったか当時艇王と呼ばれたトップレーサーが、何でもない午前中のレースで落水した。もちろん、艇は沈みエンジンにも水が入った。
当日のもう一番は12R、ドリーム戦か特選か、とにかく周りはA1ばかりの3コースだったと記憶している。
救命艇の上で、何度も頭を下げて観客に謝る姿と曳航されるボート。もうこれはないな、と判斷するのが常識だ。
当然、12Rのオッズから艇王は後退した。そもそもインは鉄壁だが他のコースの勝率はさほどでも無い。加えて落水でボートは代わりエンジンも水浸しとなった、到底整備が間に合うとは考えられない。
結果、単勝15倍の4番人気に落ち着いた。
リイチはこのレース、艇王の単勝にニ万円入れた。ちょっとギョッとしたが、度々こういうのをモノにしているのを知っている。
僕もこっそり一万円乗ってみた。
最終レースが始まった。
3号艇は流石のピット離れから、強引にインを狙うも1号艇の厳しい抵抗に会い、2コースに落ち着いた。頑張ったイン1号艇とともにとんでもない深インでスタートを待つ。
大時計が回る、12秒針がスタートタイミングを刻む中、ドンピシャはコースを譲った3コース2号艇。スタートを合わせられなかった1号艇は既に行き場が無く、突っ込んだ2号艇がわずかに膨らむその内を華麗に差しきったのは艇王の3号艇だった。
読めてたの?
「いやあ、ああなればいいなと思ってはいたけど。」
まぁ、プライドもあるしね。
「うん、かっこつかんしね、きちっと仕上げてきたし、インもとれたし。」
乗らしていただきました。
「あ、ぎりぎりに走ってたのは」
それです、ありがとう。
その晩の麻雀、リイチはヘラヘラしながらトップを3回程取って、さっさと帰っていった。
なにがあっても何も無くても、常にスタンスは変わらない。
リイチは今日も牌を絞っている。
(了)
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