ある懶惰なる一日の梗概あるいは合成着色料まみれのボンヤリズム宣言もしくはコートダジュールの性風俗的憂愁機械102号の宇宙論的企図とその課題(仮題)
一月七日
午前二時起床。ビビンバ。即席ラーメン。ラーメンには業務スーパーで買った乾燥サクラエビを豪快に投入。これはおもに深海に生息する節足動物門甲殻綱十脚目サクラエビ科に属するエビで、学名はSergia lucens。相模湾、駿河湾にしか生息が知られていないらしく、とくに後者からは大量に漁獲され煮干しや日干しにされる。甲が薄く膨大な数の色素胞のために淡紅色を呈する。一五五個の発光器を体側などに持ち光る。なんてステキなの。昼間は水深300メートルあたりの近低層にいるが、夜はどういうわけか泳ぎ上がってくる。とりわけ五月六月あたりは大群浮上し海面が光雲状を呈するとか。しかし夏であっても月明かりの夜は浮上してこないという由。ロマンティックなのかロマンティックじゃないのか分からん。学問的にはこういうのを「負の走光性」といい、だから漁期の十月から翌年の五月の暗夜に操業する由。産卵期はおおむね六月から八月の間で、卵は直径0.27メートルほどで浮遊性、その数は一回で約一五〇〇粒から二〇〇〇粒ほどであり、一年で成熟し、放卵後に死去する。
とブリタニカ国際大百科事典(小項目版)の記述をほとんどリライトしながら勉強しているとちゅうだがお立会い、いまやや心配になって冷蔵庫の「乾燥サクラエビ」の袋の原材料名を確認しましたらなんとこれがサクラエビでなくアキアミだったんだ。しかも「赤102」で染められてんだよ。なんともショック千万な話だがこれでひとつ雑談の持ちネタが増えたな。もっともそんなこと気にしなくとも人と話すネタなんかバーゲンセールしても有り余っているんだけど。
それよりなによりアキアミとはなんなんだという話ですわ。れいの調査本能がまた発動してしまう。こんな日記離れした雑文をいったいどこの誰が読むんだ。
アキアミとは節足動物門甲殻綱十脚目サクラエビ科に属する食用エビで、学名はAcetes japonicusとのことであります。漢字では秋醤蝦と書きます。「秋」に大量にとれる「アミ」のごとく小さな「エビ」という意味。新潟県では「赤ひげ」と呼ばれることが多い由。もちろん山本周五郎の小説は関係ないです。あの小説のモデルや小石川療養所のことを調べたくなる前にアキアミに戻ろう。
どうやら「アミ」という名のつく生物が他にいくつかあるようで、このあとも少し触れるけど、オキアミという、限りなくエビに似ている動物プランクトンもいる。
アキアミはアミとかいっているがその実は甲殻綱サクラエビ科に属するエビであり、生物分類学上はアミの仲間ではない。もう紛らわしいよ、お前ら。泣きたくなるよ。こう不条理なまでの紛らわしさは学問世界と生活世界の「乖離」を如実に示すものでもある。
アミというのは節足動物門甲殻綱アミ目に属する水生小動物の総称である。イサザとかコマセとよぶ地方もある。きほんてきに海水に棲む生物だが、海跡湖沼には汽水や淡水に適応している種も見つかるそう。ちなみに海跡湖沼(sea relic lake)とはかつて海だった場所が外海と切れ離され内陸に封じ込められ形成された湖もしくは沼沢。砂丘や砂嘴や砂州などと分類されるような「堆積現象」によって出来ることが多い。日本では北海道サロマ湖や静岡県浜名湖や島根県宍道湖(しんじこ)があり、世界ではカスピ海やアラル湖などがある。ロシアとトルクメニスタンとアゼルバイジャンとカザフスタンとイランに囲まれており、アゼルバイジャン方面には一九〇〇年代初めには世界一の産油量を誇ったバクー油田がある。カスピ海は世界最大の湖(塩湖)で、キャビアの世界的産地としても知られ、北部はおおむね浅いのに南部では最深部が約一〇〇〇メートルにも達する。話をアキアミに戻そうか。
このアキアミは沿岸だろが沖合だろうが浅瀬だろうが深海だろうが、あらゆる海洋環境にいて、だいたい七五〇種はいて、日本からは約一五〇種が確認されている。さいきんでも新種の記載が相次いでいるというのでまだ未発見の種が沢山いるんだね。アキアミとサクラエビは界門綱目科までは「同じ」だ(ちなみに界(kinddom)は動物界、植物界、菌界などに分けられる最上位分類群だがこのごろでは更にそのうえにドメインという分類群を置き、それは「古細菌(アーキバクテリア)」「真正細菌(ユークバクテリア)」「真核生物」という三つからなる)。
アキアミはサクラエビにいっけん似ているが、前者には第一胸脚にハサミがあり、発光器がない。なお死ぬと白色になる。だからわざわざ「赤色102」なんかで着色するのか。第二触覚が無駄に長くとちゅうで折れ曲がり毛が密生しているようだからいまからグーグル画像検索して見てみる。ちょっと待ってて、すぐ戻ってくる。なんかサクラエビの画像ばっかりで、アキアミの分かりやすい画像がなかったです。おおいに折れ曲がった触覚にしばらく惚れ惚れしたかったのに、残念(と思ったらあとで「ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑」というサイトで明瞭な折れ曲がりを画像みれました。ありがとう)。
もうかなりウンザリしてきただろうが、今しばらく僕のニワカ学問ごっこにお付き合いください。アミのなかまにはオキアミというのもいる。こいつはエビじゃない。節足動物門甲殻綱オキアミ目Euphausiaceaの「総称」だ。ぜんぶ海産で、ほとんどが外洋性。夜間に海面浮上するという日周鉛直移動の性質はサクラエビと同様。日本では9属45種が知られている。最新の記述じゃないのでいまはもっと増えているかも。ちなみに属は種より上位の分類階級。かいもんこうもくかぞくしゅ、と呪文のように覚えましょう。すいへーりーべーぼくのおふねななまがる、とか、ひとよひとよにひとみごろ、なんてのを覚えるノリで。
オキアミは動物プランクトンであり、魚やヒゲクジラ類や海鳥類に食われまくる「好餌料」として「ひそかに重要な役割を果たしている」。オキアミといえば趣味としての釣りにおける餌としても知られているが、これは南極海に生息するナンキョクオキアミを凍結させたものだ。ねんのためいうと、置き網漁とは関係ないです。
というわけで僕が乾燥サクラエビだと思っていたものは「赤色102」で着色された乾燥アキアミなのでした。この赤色102というのはニューコクシン(New Coccine)の通称で、タール系色素の合成着色料。アメリカやカナダやベルギーなどの国では食品への使用を禁止されていてイギリスでは自主規制の対象になっているなどと不穏なこと書かれているウェブサイトが散見されるためだんだん胃が不快になってきた(ネット検索すれば、「小樽分子模型の会」の斎藤一郎さんによるニューコクシンの分子模型作りがPDFで見れる。物好きに向けて推奨したい)。それにしてもまだ乾燥アキアミけっこう残っているんだがどうしましょう。まあこの種の「食べるな危険」系情報には虚偽も多いので気になればしかるべき文献や公式サイトで自らファクトチェックしたほうがいい。それにもともと僕は健康志向なんか糞喰らえと破滅街道をひた走ってきたので、たしょう「危ない添加物」でも平気です。じゃなきゃあんなイオンの廉価ウイスキーなんか呑まないよ。逆流性食道炎のせいでさいきんは呑む量を減らしていますけど。つらい。でもたまには呑んで暴れたいぜ。
ニック・ランド『暗黒の啓蒙書』を読む。香山リカと井上達夫の共著『憲法の裏側』も読む。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?