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学会遠征編ショート版 第38話 タイでの発表本番

発表の順番

 やってきてしまった。自分の発表である。あれだけ緊張してないと言っておきながらも、いざ発表者の席に座ると迫力は全然違う。これからしばらくは英語しか通じないのか。そういった緊張感である。だがしかし、これは高揚感と捉えてもいい。昔の自分にこれができただろうか。今やろうとしていることを挑戦する気になれただろうか。自分のレベルアップには最適なイベントである。そう思って前向きに立ち向かうことにしたが、さっそくトラブルが起きた。USBの認識に時間がかかったのである。直前が休み時間だったので先にやっておいてもよかったのだが、まさかこんなしょうもないところでてこずるなんて思わないだろう。発表資料はすべて半角アルファベットで作ったので文字化けの心配はないが、データを自前のUSBから移し替えるときに他のデータがすべて化けてしまっていたのには恐怖を隠せなかった。
 そして僕はマイクを持って話し始めた。オンラインで参加している人もいるため、zoomに顔が映る位置に座り、画面も共有している。しかし、このzoomの顔画面の小窓がちょうどパワーポイント発表者ツールのカンペゾーンを邪魔し、僕のセリフがうまく読めなくなってしまっていた。これには慌てふためくのも無理はない。仕方がないので、紙に印刷しておいた方のカンペに切り替えて読み始めた。少し進んだところで違和感が沸き上がってきた。読んでいるところが違わないか、と。夢中に英語を音読しているだけなのでしばらく気が付かなかったが、1ページの切れる部分が違うのでおかしさを認めざるを得ない。パニックを起こしかけたが、zoomの小窓をドラッグで動かせることに気づき、そこからは平常通りパワポのカンペを見ることにした。なんという茶番に移っただろうか。こんなに大恥をかいたところだだが、たいていの人はあまり真剣に聞いていなかったので安心した。あとはオンラインで教授たちが参加していないことを願うばかりだ。
 致命傷を負いながらも、ひととおり発表は終わった。CRAZYは僕の顔を見ながらニヤニヤしていた。どうやら発表の様子を撮影していたらしい。37歳にもなりながら未だに悪ガキのままだ。続いて、何人か後にCRAZYの発表順が回ってきた。発表資料は順番ギリギリになってようやく完成していたようだった。もちろん原稿はほとんどない。勝手に撮られた仕返しに冒頭1分だけ撮影してあげることにした。初手から元気よく、そしてセリフはすべてアドリブなのでちょいちょい考える間をとりながら、愉快な発表をしばらく聞くことになった。半分眠たそうだった他の参加者たちも、突然声の大きい発表にびっくりしたのか、体を起きあげて面白そうに発表を聞いていた。発表の練習こそ積んでいないものの、注目を集めるという点では最高評価かもしれない。そんなアドリブの発表は、当然ながら発表時間を読むことができない。本来、15分程度でプレゼンし、残りの5分を質疑応答に回すのがこの学会の時間配分だが、CRAZYはしゃべっている途中で気分が乗ってしまったのか、19分くらい饒舌に語り続けていた。それでもまだまだ結論のページにたどり着きそうになかったので、司会者にあと1分だと忠告されていた。それでもなかなか締めなかったので、終わりはかなり端折り、質疑応答のところも司会者のコメント1つで終わっていた。なるほど、この手があったのか。たくさんしゃべれば尺の都合上質問が飛んでこないという作戦で乗り切ったということだ。彼はただただしゃべっているのが気持ちよくなっただけだろうが、いい作戦である。
 その後は2人リラックスしながら、お菓子を片手に残りの発表を聞き流した。

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