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学会遠征編ショート版 第15話

夜の徳島

 池谷駅は乗り換えができるので他の駅よりやや広いのだが、それでも無人の駅であり、僕の後に男子高校生が一人やってきたくらいだった。時間には余裕があるので読書の続きでもして待っていたら、電車の時刻になっていた。本に夢中ではあったが、音で電車が来たことが分かる。向かいのホームにだ。焦っていたので確認していないが、多分あれに乗らなければと思い、急いで歩道橋を渡った。さすが田舎の電車。見込み客がいれば若干待ってくれる親切さを持ち合わせている。これは地元の電車でもそうだった。利便性の代わりに、少しの温情があるのだ。都会のせわしない電車にはありえないことだろう。東京の電車なんか、逆に乗客が多すぎて駅員さんが無理やり降ろすことさえあり得るのに、ここはその点では気が楽だ。乗った電車は正解だった。これでまた徳島駅に帰れる。夕暮れ時なのでおそらく下校中の高校生も多かった。ちなみに、池谷駅から徳島駅までは12kmくらい。歩いていけるかも…と思ってしまった自分にはそろそろリミッターをかけようと思った。
 乗車した駅が無人駅だったので、改札を出るためには窓口で支払う必要がある。田舎といえど中心部の駅には行列というものだった見られる。少し時間がかかったが、駅を出ることができた。朝とは打って変わって暗くなってしまった街並みだが、まだまだ中心街は明るい。今回は少し違うルートを歩いてみることにした。商店街というよりかは住宅街に見える通り。本屋さんを見つけてしまったので、発作的に入店してしまった。僕には、本屋を見かけると無意識的に中に吸い込まれるという習性があるのだが、今日も例外ではなかった。入ってすぐに店員さんに用件を聞かれるが、そんなものはない。見ているだけである。自分が入店した少し後に、車から女子数人が降りてきて、発注した教科書を回収していた。そんなことはあまり気にせず本棚を見てみると、脳神経外科のノウハウや、看護食、精神病の解説など、どこを見ても医療系の本ばかりであった。それも、一般人向けではなく、かなり専門的で踏み込んだ内容である。そこでは何も買わずに外へ出た。去り際にお店の看板をよく見てみると、医療・看護系専門書と書いてあった。いろいろと納得した。僕が踏み込むべき場所ではないということだったが、それでも本が並んだ空間は個人的には好きである。行きとは違う橋を渡ったのだが、こちらはライトアップがきれいであった。船で川下りでもすれば映え映えなこと間違いなしだ。その川沿いに面白そうな店を見つけたので見てみようかと思ったが、ロープが張られて近づけなかった。門前払いのようだ。
 夕食はもう決めてある。徳島ラーメンだ。モドキ率いる先遣隊4人は既に徳島ラーメンを食べたようで、あまり美味しくないと言っていたが、それはおそらく外れくじをつかまされたのであろう。僕は偶然にも徳島の東大ラーメンの本店を見つけてしまったので、そこに行ってみることにした。いつ見つけたのかというと、昨日、夕食の会場へ行こうとして逆方向に歩いてしまったときに見つけたのである。昨日はそのラーメン屋に見覚えがなく、マップを確認してみたら逆方向だった気づいたのだが、今日になってその失敗を活かすことができたのである。この「東大」というのはおそらく地名だ。ちょうど泊っているホテルも東大と名前の付く店舗である。そういえば、高校生のとき、京都大学のオープンキャンパスに行った帰りに、京都駅の10階で東大ラーメンを食べたのを思い出した。京大なのか東大なのかはっきりしろというのはさておき、その店は生卵割り放題の醤油豚骨ベースだったことを思い出した。あれはすごくおいしかったので、マズいという感想は信じていなかったが、ネットでは意見が二分しているようだった。実際はどうだろうか。店は外の食券販売機で購入してから入るという方式で、幸い昨日ほどには混んでいなかったのですぐに入ることができた。店に入って紹介された席はカウンターのいちばん右端。地面が歪んでいて椅子がガタついていたが、あまり気にしない方針で行くことにした。注文したものがやってきた。ラーメンの通常サイズと、念のため餃子も付けておいた。お米ももらえた。この店も京都駅の店と同じく、各席に生卵の入った籠が置かれており、自由に割ってよいとなっていた。せっかくなので1つ割ってみた。徳島ラーメンは、卵を割ってこそ完成するのである。黄色い丸を残しながら食べた方が見栄えはよいのだろうが、個人的にはあまり好きではないのですぐに溶いてぐちゃぐちゃにした。味はすごくおいしいと思った。僕はちゃんとあたりを引いたのだ。そもそも、本店なので間違いはないはずである。食べている途中で、店に電話がかかってきて、店員さんが応対していた。「はい、当店は毎日午前4じまで、年中無休で営業しております。」と答えていた。お店に入る前に看板にそう書かれてあるのを見たので知っていたが、改めて営業時間の甚だしさに驚いた。きっとその電話をしたご新規さんも、まさかと思って電話で確認したのだろう。徳島らしい食べ物を食べたと言えるので大満足だ。
 食後はホテルへ一直線に戻ってもよかったのだが、もう少しだけふらつくことにした。一昨日寄ったバーの横にあった酒屋さんだ。買うわけではないが、知っている銘柄を見ると妙に興奮する。おしゃれなボトルもたくさんあるのでこういう店にもついつい入ってしまうのだ。この日はたまたまワインのセールを行っていた。そろそろワインについてもいろいろ学んでおきたいと思うようになった。

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