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学会遠征編ショート版 第26話

タイの景色

 またタクシー地帯を通り抜け、空港の中に戻った。よく見れば電車の駅への道を示す看板があったのだ。なんだ、やっぱり地下にあるじゃないか。ということで地下に降りた。降りるときはエスカレーターというよりかは、長くて緩い坂のベルトコンベアだった。少しゆっくりできる。CRAZYは自分のスーツケースに腰かけてニヤニヤしていたので、「息子が見たらどう思うだろうな」と皮肉交じりに行っておいた。CRAZYはこれだけ周りを振り回すわんぱく小僧だが、それでも故郷に妻子がいるので立派な人の親である。いい年しているが、僕からしたらその息子と同じくらいの精神年齢の子どもの面倒を見ているかのようだった。
 駅を発見した。スワンナプーム国際空港駅だ。この駅は「エアポートレールリンク」という線にあり、目的地がシーロム周辺なので途中で乗り替える必要がある。改札の通り方が分からなかったのでCRAZYが駅員さんに尋ねた。ここで2人分の値段を払えば通過できるので、すぐに1人45バーツずつ払った。これは降りる駅によってどんどん値段が加算されていくシステムになっており、おそらく終点まで行く値段だろうなと思ったが途中で降りても問題ないだろうということで気にしなかった。もらったのは500円硬貨くらいの大きさの、黄色いコインだった。これが日本でいう切符のようなものだろう。改札のセンサーにかざすとゲートが空き、ホームへ行くことができた。ここが始発なので電車が止まっている。もう座る場所はすべて取られていたが、東京のようなおしくら饅頭にはならず、立ったままとはいえ快適な空間をキープできた。そして扉が閉じて出発だ。乗り心地は期待していたよりもよく、なめらかにレールの上を走っていった。徳島よりも快適だ。レールは出発して間もなく地上へと突き出した。空港の駅以外は地上、いや橋の上を通る路線のようである。空港の周りは比較的緑の多い土地が多かったが、ときおり住宅地も見受けられた。青い屋根ばかりの家の群れだったり、赤っぽい建物が多かったりと日本とは違う生活空間が展開されているように感じられた。もちろん生えている植物は熱帯系の濃いものばかりである。余ったところにクソデカ看板が設置されているのは地元の田舎と大して変わらないが、1つ目、2つ目の駅を過ぎたあたりから金ぴかに輝く寺院が存在し始めた。これがタイの景色だ。当たり前ではあるが冷房が完備されており、電車内破壊的すぎて眠くなりそうだった。とはいえ日本以外の国で社内で睡眠しようものなら何かしら掏られてもおかしくない。タイの治安はいかほどなのか計り知れないが、ここは頑張って目を覚ますことにした。A6と表記されたマッカサン駅で乗り替えだ。改札ゲートには自販機のような小銭を入れる部分があったので黄色いコインを入れてみたら無事通過できた。「MRTブルーライン」という線に乗り替えなのだが、ペッチャブリー駅というところまで歩いて再度改札を通る必要があるのでそこまで歩いた。そのペッチャブリー駅にはなんとコンビニのローソンがあった。海外旅行中に日本人に出くわしたかのようなテンションになった。君、こんなところにもいたのか、という具合にだ。でもどちらかというと隣のパン屋さんの方が気になったのでCRAZYに
「ここで少し食べたい」と言ったら、
「オカネガアリマセン」の一点張りで会えなくスルーすることとなった。
 次の改札はカードが出てきた。線によってコインだったリカードだったりとユニークで面白い。最後は必ずゲートに吸われるので持ち帰れないが、あったら面白い土産話になるのになぁと少し悔しかった。サムヤン駅で降り、ここからは歩いていける距離になった。僕のホテルの方が近いのでまずはそちらに2人とも行くことにした。主にGoogleマップを頼りにするのだが、太陽の方角から計算しても辿り着けそうだ。建物の文字はタイ語ばかりで全く読めないが、道は整備されていてわかりやすい。定期的に金ぴかの寺院が現れるので記念写真を撮りながら目的地へと向かった。金色のゾウさんもオブジェとして君臨している。マクドナルドやスターバックス、ケンタッキー・フライド・チキンといったおなじみの顔ぶれは当然ながら存在していた。しかもけっこうな頻度で出没している。どんな味なのか、日本とそんなに変わらないのかと気になったが、ここまで来て日本でも食べられるものを食べるのはもったいない気がしてパスした。その代わり面白そうな喫茶店があったので入ってみようとCRAZYに言ってみたが、必殺の呪文「オカネガアリマセン」でまたもやスルーとなった。どうやら昼食までは食事はお預けのようだ。それにしても暑い。1kmもない道のりが無限に遠くなる気がした。と思っていたらそれらしき建物を見つけた。中に入ってみたら一部の電灯がついていない、薄暗い廊下だった。何か店になっていそうな部屋はいくつかあったが、どれも閉まっていた。ここが本当に自分の泊まるところなのだろうかと迷っていたら、清掃員の方がいたので訪ねてみた。その人が言うには、この建物も合ってはいるが、エントランスは2階だということらしい。親切にもエレベーターで2Fまで案内してくれたのでエントランスまでたどり着けた。なんと涼しいことか。猛暑の照り輝く道に蒸し焼きにされてきた我々にとってここはまるで回復ポイントのようだった。ラウンジのような来客用ソファもいくつもある。ここまででけっこう疲れていたので腰かけることにした。なんと座り心地の良いことか。ふかふかすぎてこのまま安眠モードに移行しそうだったので深くは座らずにほどほどにしておいた。おそらく、自分のように汗だくで来た人たちが寝転がっているのであまり気良くないだろう。研究室にあるベッド12月と3月にある大掃除の時にしか洗濯をしないが、ここのソファも負けず劣らず汚いことだろう。汚れというのは、見えないところで湧き出てくることも多い。それ以外にも、このホテルはエントランスを見渡すだけで高級そうなところだった。レストランにバーまである。自分自身初めての海外旅行なのでホテルくらいは安心できるところに泊まりたいということと、どうせ宿泊費が研究費から出るならその最大額ギリギリで泊まれるところにしようということでここにしたのだ。朝食・夕食はつけていないプランだが、もうこの時点で最高評価である。涼しさと快適なソファのおかげで少し元気を取り戻せたので受付でチェックインを済ませた。この時点でまだ時刻は10:30頃だが13時になるまで部屋のカードキーはもらえないということだった。それでもデポジットまで払ったのでここのサービスは使えることになる。僕の荷物を預けておくことにした。その横でCRAZYはここで安く泊まれないか交渉をしているようだった。そんなことを尋ねても、予約の段階で高かったものが当日泊でもっと安くなることなどまずないだる。交渉はうまくいくはずもなかった。

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