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学会遠征編ショート版 第35話 タイの夜遊び

バッポン通り

 ひときわぎらついた通りがこのバッポンだ。ソフトに言えば夜市を開く場所となるが、もっと踏み込めば夜の要素がふんだんに含まれた場所ともいえる。なんというか、はじめて歌舞伎町を見た時のような感じだ。激しい騒音と昼より眩しい光が夜の世界を構築している。ここはゴーゴーバーという夜のお店が有名であり、下半身に脳を支配された男たちが多数吸い込まれていく。どんな場所なのかというと、若い女の人がたくさん踊っていて、一緒にお酒を飲んだり、持ち帰ったりするのだ。お店がいかつすぎて、どれだけむしり取られるかわからなくて近寄れなかったが、今思えば中に入ってみてもよかったかもしれない。どちらかというと美女よりも美女に発情するおじさんたちを観察する方が面白い。三ノ宮から難波までの電車で見かけたあのパパ活疑惑男女※2を観察していた時のような面白さである。お店の前で看板を持った女性たちがズラッと並び、近くにいるおばさんが1発どうだいと言わんばかりに紹介してくる。これが所謂、「買う」ということなのだろう。夜遊びは経験がないので怖いもの見たさで気になる気持ちはあるものの、通りの奥まで見ていきたい気持ちを言い訳に、ここはいったんスルーした。
 奥へ向かって歩いていると、突然女性が2人ほど腕に抱きついてきた。ああ、やっちまったな、ゲームオーバーである。日本人なら金持ってるだろうとでも思ったのだろうか。男一人で歩いていたのが失敗だったかもしれない。オープンスペースの飲み屋に連れていかれたので、1杯だけ飲むことにした。2人とも一般人ではなく、お店の回し者だろうとはだいたいわかる。店員と何かしら喋っているが、その雰囲気からそう判断しやすい。となれば、奴らの作戦はこうだ。
① 客(僕)に飲み物を注文させる。
② ハニートラップを駆使して女の子の分のドリンク代も要求する。
③ ここから先は大人の世界
タイに来てからお酒を飲んでいなかったので、ビールを1杯注文した。徳島で吐いてしまったことをまだ反省していたが、もう許されるだろう。ここから先は駆け引きである。案の定女の子たちはドリンクを欲しがった。メニュー表を裏にすると女の子用のメニューが並んでいる。やはり黒色の組織だ。しかもそのドリンク代の方が少し高かった。なるほど、まずは酔わせて金銭感覚をマヒさせるのか。2人ともタイ語なのでよくわからないが、メニュー表に指をさしてねだってくるのでそういうことだろう。店員のおばちゃんも英語でこちらに話しかけてくる。
「この子達の喉が渇いているのが分からないの?」
しかし臆することはない。こちらにはあのCRAZYから伝授してもらった秘儀がある。
"I have no money!!!"
これで苦難は切り抜けられるのだ。もちろんおばさんはこんな奴に対していい顔をしないが、意外にも女の子2人は嫌がっていなかった。断られるのは鳴れているのだろうか。それとももう既にたくさん飲んでいて正直飲みたくないのだろうか。理由はともあれ不満げな店員を尻目に飲むビールは美味しい。こんなへんてこ日本人なので、女の子が簡単なボードゲームを持ってきた。先攻・後攻交互にそれぞれのチップをボードに入れていき、縦横斜めのいずれかに4つ並べたら勝ち、というルールの物である。とにかく時間を稼いでお金を払わせようという算段だろうか。面白そうなのでやってみることにした。会話は通じないので翻訳アプリを介して行っている。最初からこの国でのすべての会話はこれでよかったのではないかと思ったりもしたが、英語の練習もしたかったので全くこの手は使っていなかった。とはいえ彼女らは英語が通じなかったので仕方がない。特に興味がわかなかったので当たり障りのない会話でやり過ごした。途中で謎のおじさんがピーナッツのたくさん入った袋を渡してきた。僕はピーナッツアレルギーなのでどれだけ貰っても嬉しくないが、押し付けられたので受け取ってしまった。そうすると、横の女の子が翻訳アプリで
「そのピーナッツを受け取りましたか?」
と聞いてきたので、これはまずい、押し売りだと勘付き、すぐさまおじさんに押し返した。今もなおゲームは続いている。一緒にゲームしている女の子は1ゲーム終わるごとにすぐにチップの色分けをし、間髪入れずに次の対戦が始まる。もはやドリンクをおごってほしいとかではない。勝ちたくて熱中しているようだった。これが面白くなって僕もしばらくゲームに応じる。最初の1戦目はルールが分からず負けてしまったが、2戦目以降はコツをつかんだのか全勝してしまった。もはや申し訳なくて1戦くらい勝たせてあげてもよかったのではないかと思ったりもした。しかし横から定期的におばさんが次の飲み物を注文させようと水を差してくるのが鬱陶しくなってきたので、伝家の宝刀no moneyを乱発し、お会計に移った。自分の飲み代1杯分くらいは払ってもいい。女の子にもっと粘られるのかと覚悟していたが、意外にもここはあっさりしていた。金づるにならないのなら損切りは速いということだ。確かに、もっと財布のひもが緩い人を狙うのが得策である。結果的に、僕は美味しいビールをのむというサービスを受けて終わったので食い逃げ・飲み逃げよりかは優良客だ。おばさんからしたらそんなにお金を絞れなくて不服だっただろうが、次の獲物に期待してほしい。その場の勢いでおごったり持ち帰ろうとしたりしたら翌朝後悔することになっただろうから、むしろ僕の勝ちである。
 帰り道のついでに洗濯物を回収した。洗濯機を開けたら中身は服がたたまれたまま。ここに服を投入するときはたたんだ状態で放り込んだので、おそらく洗濯できていなかったということなのだろう。湿っているのも、汗の汚れである。気持ち悪いが、もうこれを着るしかない。少し後に女性が2人洗濯物を持ってやってきた。
「これどうやって使うんだろうね。」
聞こえてきたのは日本語だった。せっかく日本人に会ってしまったのなら伝えておこうということで、ボタンの各メニューが選択する水の温度を選べるということは教えた。2人とも日本人に出会ったことに驚いていたようだった。アドバイスしたとはいえ、自分の物は洗濯できていなかったので何の助けにもならなかったことだろう。

ホテルに戻って

 その後はビニールに入れた汚い服を抱え、物乞いたちを華麗にかわしながらホテルへと戻った。ガラス張りのシャワールームは期待以上に清い作りになっている。持ってきたシャンプーたちは使わなくて済んだ。パソコンとスマホ、モバイルバッテリーはしっかり充電し、明日に備えた。キングサイズのベッドはこんなにも広いのか。うっかり間違えて2人部屋でも取ったのかというくらいには広い。大の字ならぬ土の字になっても横が余る。とりあえず明日はカッターシャツなので洗濯できていない服は気にしなくていい。今日はもう寝るんだ。明日の学会頑張ろう。

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