短編SF『神の願い』
1章 神
神は存在する。
私がそうだ。
私の元へは、人間たちの祈りが届く。
だが、私は万能でもなければ、有能でもない。彼らの願いを叶えることが、できないからだ。
彼らの願いは、相互に矛盾する。
ある場所に雨を降らせれば、他の場所で雨が不足する。
誰かを金持ちにすれば、他の誰かが貧乏になる。
ある男と女を結婚させれば、他の者は彼らと結婚できない。
また、彼ら自身、自分の願いの本質が分かっていない。出世したいのは、金持ちになりたいからか。あるいは、それによって誰かを振り向かせたいからか。さもなければ、誰かに復讐したいのか。
混乱や矛盾に満ちた願いなど、叶えようがない。
ある日は出世を願っていても、次の日には健康優先になったり、世界平和に変わったりもする。
それらの願いを矛盾なく叶えようとすれば、無数の異世界を創造し続けることになってしまう。そうすれば、それぞれの世界で、また無数の願いが生まれてしまう……無限地獄に等しい。
人は、祈ることだけで、満足するべきだ。私は、人間世界に手を出さない。
彼らは、この世に生まれただけで、十分祝福されているのだから。
2章 悪魔
神は傲慢で、残酷だ。
人間に自由意志を与えたことを、恩寵だと思っている。その意志を使いこなせない愚か者が、圧倒的なのに。
神に失望した者は、俺の軍門に下る。自分では悪魔に魂を売ったとは理解していないが、結果として、そうなる。
愚か者たちは救いを求めて、逆に地獄に落ちるのだ。
その地獄は、地面の奥底などにあるのではない。彼らの暮らす世界そのものだ。人を妬み、ひきずり落とし、自分もまたひきずり落とされる地獄。劣等感で縮こまり、他人の目に怯え続ける地獄。栄華を求めて人を裏切り、報復や失墜に怯える地獄。
地獄を終わらせるには、死ぬことだ。死んでしまえば、喜びもない代わり、苦しみもなくなる。
永遠の魂なぞ、あるわけがない。生ききって消滅することが、救いなのだ。
そういう人間たちの苦しみを見続けて、俺は何が楽しいかって?
いや、別に。
ただ、こういう立場に陥ってしまったから、仕方なく悪魔をやっているだけさ。神に消滅させられるまで、俺たち悪魔は死ねないんだ。
苦しむ人間たちが死ねば、少しはほっとするよ。もう、惨めな面を見なくて済むからな。どうせまたすぐ、次の地獄落ちが誕生するけど。
3章 天使
私に祈られても、困るんです。
私はただの、神の僕ですから。
神が救えないものを、私なんかが救えるはず、ないでしょう? 天使仲間は大勢いますが、みんな、職務だから仕方なく人間に関わっているだけです。愚かで惨めな人間たちに。
神のなさりように不満を持つ天使は、悪魔界の方に行きますよ。転職は自由です。悪魔になって、人間を死に駆り立てる方が親切かもしれない、という考え方もできますからね。死ねば、あらゆる苦痛から解放されます。
私はなぜ、悪魔にならないか?
時たまですが、人間に感動することがあるからですよ。
ちっぽけでひ弱なくせに、途方もなく大きな夢を持ったり。仲間のために、命を投げ出したり。子供を育てるために、自分の身を削ったり。素晴らしい発明や芸術を生むこともあります。
人間には、希望がありますよ。
だから神は、人間を見守っておられるのです。
このまま何万年、何百万年、何千万年が過ぎれば、人間はより高い段階に到達するかもしれません。我々天使よりも、もっと高い段階に。
それは、神そのものに到達することかもしれません。
もちろん、期限が先に来るかもしれませんよ。この宇宙の寿命が尽きるまでが、人間に与えられた期限です。
我々はそれまで、見守りの業務を続けますよ。人間たちが迷った時に、ほんのちょっとだけ……木の葉を揺らすとか、幻を見せるとか、水面に光を反射させるとかして、手助けするだけですけどね。
それが我々の、この宇宙における使命なのです。
『神の願い』完
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『レディランサー』『ブルー・ギャラクシー』『ミッドナイト・ブルー』『レッド・レンズマン』『紫の姫の物語』などです。
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