古典リメイク『レッド・レンズマン』11章-4
11-4章 クリス
ライレーンへの航行には、戦闘部隊だけでなく、技術部の艦船も同行していた。ライレーンの科学技術を調べるためでもあるし、他のブラック・レンズが手に入ったら、それを分析するためでもある。
せっかくの機会、利用しない手はない。
わたしはベルとイロナ、その他のスタッフを連れ、リックの乗るドーントレス号に移乗した。そちらで作戦会議を開く、という体裁にしたからだ。多少の公私混同は、この際、いいことにする。
ブラック・レンズの分析は技術部の担当なので、中枢の研究者たちには真相が告げられていた。パトロール隊のレンズが、アリシアからもたらされたものだということが。
ライレーンのブラック・レンズは、レンズマンたちのレンズとはどう違うのか。複製は可能なのか。また、それを身につけた者の能力は。新型の思考スクリーンなら、本当に殺人的な精神攻撃を防げるのか。
色々な課題を検討した会議が終わった後、リックはさっさと自室に引き上げてしまったけれど、わたしはベルを連れて、リックの個室に向かった。
「リック、大事な話があるんだけど」
もし扉を閉ざして姉を入れまいとするのなら、こちらにも覚悟というものがある。
わたしの気迫を察したのだろう、リックは苦い顔をして扉を開けた。
「姉さん……」
「言い訳はなし。さあベル、しばらくリックと話しなさい」
そう言って、はにかみ屋の乙女の背中を押し、リックには厳しく宣言した。
「艦隊中のパトロール隊員は、みんなベルの味方ですからね。五分や十分でベルを追い出すような真似をしたら、反乱が起きるわよ。二人でじっくり、今後のことを話し合いなさい」
そして、その場を立ち去った。わたしも人のことは言えないが、任務に命を懸けていたって、私生活の幸福は求められる。むしろ、短い寿命かもしれないからこそ、余計、濃密な幸福が得られるのではないか。
少なくとも、わたしは、キムとの幸福な時間をあきらめるつもりは、全くない。会えないまま人生を終えるよりも、会えてから別離を迎える方が、まだましだ。
キムは遠い星区にいるけれど、それでもまだ精神感応はできた。
《いよいよですね。気をつけてくださいよ。ライレーンにどんな危険があるか……》
《大丈夫、リックもいるし、星系全体を封鎖できる艦隊が一緒よ。あなたの方が危険だわ。アイヒ族については、まだほとんど謎なんでしょ》
《こっちには、ウォーゼルとヴェラン号の仲間がいます。彼らは相当に強力ですよ》
キムはレンズに慣れ、かなり頼もしくなった。多くのレンズマンが探索に散っているのだし、そう心配しなくてもいいだろう……たぶん。
一方、同行したイロナは最初のうち、自分を捕虜か囚人のように感じていて(実質はそうかもしれないけれど、扱いはわたしの裁量のうちだ)、虚勢で強がり、取り澄ましていた。けれど、内心ではまだ不安に満ちていて、故郷で裏切者と呼ばれるのではないか、くよくよと思い悩んでいる。
わたしは彼女に雑用を言いつけ、会議室にコーヒーを運ばせたり、書類を整えさせたり、ちょっとした連絡で司令艦内を行き来させたりしていた。忙しくしていれば、落ち込む暇はあまりないだろう。
艦の乗員たちは彼女のことを〝ライレーン出身の工作員〟としか知らないので、
『わたしがライレーンの案内役を頼んだのよ』
という説明で納得してくれていた。銀河文明の素晴らしさを知って、こちらに寝返ったのだろう、というわけだ。
「やあ、イロナ、艦内でコンサートはしないのかい?」
「また、きみの歌を聞けたらなあ」
などと将兵たちに声をかけられ、黒髪の娘はきょとんとしていた。パトロール隊員の中にも、彼女の歌のファンは多いのだ。
もっとも、歌にかぶせて、好意を増すような精神波動を出していたようなので、それはもう禁じ手にしてある。元から精神感応力があるとはいえ、レンズなしの状態では、たいした効力はないだろうと、リックも歌手復帰を認めていた。
「あら、それはいいわね。みんなが非番の時に聞けるように、毎日、時間をずらしてミニ・コンサートを開けばいいわ」
艦隊旗艦にいるわたしが認めると、艦隊中が大喜びだった。他の艦には、放送を流せばいいのだ。ことによると、公共放送に放映権を認めてもいいかもしれない。それは、イロナの収入になる。今後、銀河市民として生きていくなら、職業生活は大切だ。
「歌ってもいいのか……?」
イロナは戸惑っていたが、内心では希望がふくらみだしたようだ。頬が赤く染まり、目が輝いている。元々、歌の才能が認められて、女王ヘレンに選抜されたらしい。銀河文明の人類社会で人気者になれば、それもまた工作員としての成功だから。
でも、これからは余計な重荷を捨て、純粋に歌い手として生きていけばいのだ。
四、五日もすると、イロナは艦内コンサートの成功でだいぶ安心し、自分の将来に明るい見通しを持つようになったらしい。こちらから問わなくても、ライレーンのことや自分のことを、ぽつぽつ語ってくれるようになった。
「ヘレンさまに会ったのは、十三歳で任務とレンズを授かった時、ただ一度きりだ。他の娘たちと並んで、訓戒を受けた。だから、どんな人なのか、本当にはわからない。でも……やはり怖かった。知能の高さと意志の強さは、ライレーン人の中でも別格だったから」
ライレーン人はテレパシー能力があるため、互いに互いの力量がわかってしまうという。だから、女王になる者は、前の女王が指名し、惑星中のライレーン人もそれを承認するのだと。
「それは便利ね。選挙をしなくていいのね」
イロナは、ぷうとむくれた顔をする。
「銀河文明の市民社会で思ったが、政治家の選挙はひどいぞ。彼らは内心、自分の権力を増すことばかり考えている。あれこそ、選挙民を洗脳しているようなものだ」
「それは、普通の惑星自治の場合ね」
わたしは笑って認めた。
「確かに、情けない政治家が当選することもあるわ。だから、全種族の代表から成る銀河評議会は、レンズマンだけで構成されるのよ。レンズマンは互いに考えを隠せないから、よこしまな者が銀河評議会に居座ることはないわ」
自前のレンズマンを持てない種族は、評議会の下の、委員会レベルにしか参加できない。それに文句が出ることもあるが、今はレンズマンの威信が、評議会の純粋さを守っている。
だからこそ、レンズへの信頼を揺るがす、ブラック・レンズが恐ろしいのだ。レンズマンのレンズより劣る、まがい物なのか。それとも、同格の〝本物〟なのか。
レンズそのものは、使い手の意志を反映するだけで、正でも邪でもないのかもしれないけれど。
「ライレーンだって、互いの考えや力量はわかるから、政府の役職者は悪いことはしない」
と胸をそらせてイロナは言う。
ライレーンでは、好きな女同士が家庭を作ることもあるが、大抵は、ある年齢になると子供だけを作り(もちろん女の子のみ)、養育施設に託すらしい。子供たちはそこで、集団保育を受けて育つ。
イロナは自分の育ち方に、何の疑問も持っていなかったそうだ。銀河文明の中の人類社会に出てきて、男女が作る家庭というものを見るまでは。銀河文明でも、男同士で築く家庭、女同士で築く家庭はあるが、多数を占めるのは男女の組み合わせだ。
「それは素晴らしいわ。女王にお目にかかって、色々と話し合いたいものね」
デッサやイロナたち、ブラック・レンズの所有者は、女王に選抜されたという。候補者を選ぶのは女王の部下たちだろうが、最終的には女王が候補者の心を読んで決めるのだと。
アリシア人が好きに選ぶレンズマンは、どのような基準で判定されるのだろう。もしかしたら、アリシア人に疑問を持たない、素直な精神の持ち主を選ぶのかもしれない。つまり、アリシア人が洗脳しやすい人物を。
わたしが密かに疑っているのは、アリシア人にも派閥があるのではないか、ということだった。
善きアリシア人は銀河パトロール隊を支援し、そうでないアリシア人は、ボスコーンを通じて宇宙を支配しようとしているのでは?
だとしたら、アイヒ族とやらは、悪しきアリシア人の代理人なのかもしれないだろう。
もっとも、レンズマンたちはみなアリシア人を崇めているから、わたしのような考えを知ったら、ショックを受けるだろう。だから、この考えはまだ、ヘインズ司令には黙っておく。
もちろん、リックやキムと精神感応すれば、彼らにはわたしの疑念を隠せないけれど、二人とも、それはわたしが、じかにアリシア人を知らないからだという。
彼らにとって、アリシア人は神にも等しいらしいけれど……さあ、どうなのだろう……
***
航行中、わたしはもう一つ、お節介をした。ヘンリー・ヘンダスンもまた、一隻を率いて艦隊中にいたからだ。既にイロナの洗脳からは立ち直り、艦長の任務に戻っている。
彼が会いたがっていると告げると、イロナは眉をひそめた。彼に取り入っていたことを責められる、と思ったのだろう。
「文句を言われても、わたしは、任務でしていたことだ。謝るつもりはない」
「向こうも、それはわかっているわよ。まあ、会ってみたら」
わたしはイロナの保護者として、隅に控えていることにする。けれどヘンリーは怒ってなどいず、むしろ、申し訳ないと思っているらしかった。
「すまなかった。きみに好かれていると思って、調子に乗っていたよ。きみは任務で、仕方なくぼくを誘惑していたのにな。ぼくをいい気分にさせておくのは、大変だったろう。もう、無理にデートに誘ったりしないから、安心してくれ」
そして、イロナが驚いているうちに、さっさと身を翻していた。
「きみの歌のファンなのは変わらないって、それだけ言いにきたんだ。じゃあな。クリスがついていれば、きみの身は安泰だよ」
そして、広い背中を見せて歩み去った。わたしとしては、ヘンリーを誉めてやりたい。これで、イロナの男性嫌悪も、少し薄れてくれるといいのだが。
***
惑星ライレーンに近付きながら、警告を発した。
「こちらは、銀河パトロール隊の公式外交団です。わたしは代表のクラリッサ・マクドゥガル将軍」
今日ばかりは、典礼用の華麗な制服に、ありったけの徽章や勲章をつけている。
「これからライレーン星に接近しますが、攻撃の意図はありません。外交団としての訪問です。ライレーン星に着陸の許可を求めます。上陸するのはわたしと、部下の女性数名だけです。艦隊そのものは、ライレーンの周回軌道で待機させます」
ライレーンを発見したレンズマンたちや、イロナの記憶から得た情報で、ライレーン星系の物質的な防備は薄いとわかっていた。彼女たちは遺伝子操作に重点を置いてきたため、新たな兵器の開発には熱心ではなかったらしいのだ。
それに、先に訪問したレンズマンたちが、技術力の差を見せつけている。彼らはライレーンの周囲を巡る複数の武装衛星から、ミサイルやビーム砲の攻撃を受けたが、防御スクリーンを張って、それらをあっさり無力化してみせたのだ。
わたしの乗る小型上陸艇は、何の妨害も受けず、ライレーン星に降下した。水の豊かな、地球型惑星である。雪を頂く山脈、緑の平原、流れる大河、青く深い海。人口は二億人ほどというから、初代の入植者たちが地球化して以来、健全な生態系が保たれていることだろう。
着陸先に指定されたのは、惑星首都の広場だった。広場を囲むようにして、ささやかな官庁街になっている。その中でも一際、大きな建物が宮殿だというが、見事な大理石を使ってはあるものの、デザインは簡素で、ちょっと立派な市役所という様子だ。
宮殿前には濃紺の制服を着た、屈強な短髪の女たちが整列していたが、とても軍隊とは思えなかった。頭にヘルメット、腰に小型の銃という、警察程度の武装にすぎない。女ばかりのライレーンでは、これまで、警察力以上の武力は必要なかったのだろう。
《それは、うらやましい話だわ》
わたしの思考に、ドーントレス号のリックが皮肉な返事を返す。
《男の暴力がない代わり、精神感応による支配があったんじゃないか?》
そして、いかつい女たちの中央に、背の高い、豊かな赤褐色の髪の女性がいた。
運動選手のような筋肉と、日に灼けた小麦色の肌、鋭い眼差し。髪はまるでライオンのたてがみのようで、着ているものは普段着のように見える。無用な贅沢はしない文化だと、イロナから聞いていた通り。背すじの伸びた、威厳のあるたたずまいは、イロナの記憶と一致した。女王ヘレンに間違いない。
女王の額には金細工の飾りが巻かれ、眉間の部分にレンズが埋め込まれている。レンズは丸みを帯びた逆三角で、黒に近い紫色の光を帯び、複雑な色彩に輝いていた。
これが、彼女の持つブラック・レンズなのだろうか。だとしたら、隠すつもりはないのだ。わたしたちを正面から迎え撃つつもりなのだとしたら、見上げた勇気ではないか。
『レッド・レンズマン』11章-5に続く
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